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Case 01「〇殺」第六節「二つの部屋」

 また夕暮れだ。時刻は18時を回るころだろう。小学生の笑い声が響いている。

 懐かしくて少しノスタルジーに浸っていると扉の開く音がした。


「すみません。お待たせしました。」


 二階建ての現代的な造りの一軒家から出てきた依頼者――鳴川の母親はやや俯きながらそう言って扉を開ける。


「いえいえ、こちらこそお時間を頂きありがとうございます。」


 いつもの作り笑顔でそう定型文を述べながらふと横へ目をやると――いた。例の尾行者だ。


 ハンドサインで助手に合図を出して、場を離れさせ、それの対処に当たらせる。


「すみません。僕は少々用事があるのでここで失礼させていただきます。」


 そう一言残して助手は私のもとから離れた。


 残された私と彼女との間に短い沈黙が流れる。


 最初に口を開いたのは彼女のほうだった。


「すみません。こんな時間からになってしまって。」


「いえいえ、お気になさらないでください。私のほうこそ唐突な連絡にも関わらずご対応いただきありがとうございます。」


「息子の部屋は2階です。」

 

「……では失礼して。」


 家へ上がりながらそれとなく息子の部屋以外も見渡してみる。一人で住むにはかなり大きい家。まぁそれも当然だろう。二人亡くしているのだから。

 事故物件扱いで、売るにしても買い手は限られる。まぁなんとも哀れだ。

 ……しかしその割には整っている。


 階段を上りきると短い廊下へ出て、真ん中の扉を彼女は示す。


「ここが圭の部屋です。」

 

「わかりました。では失礼します。」


 扉を開いて中へ入る。



 さて、この部屋の状況を整理しよう。



 一見すれば、普通の男子高校生の部屋だ。


 雑誌、鞄、順番のそろっていない本棚。床にはいくつかの私物が転がっている。少し埃っぽく、やはりそのままにしていたのだろう。



 だが、勉強机だけが違う。


 綺麗というより、整いすぎている。参考書は科目ごとに積まれ、ノートは端をそろえて置かれている。

 机の端には学習予定表。日付ごとに小さな文字が並び、ところどころ蛍光ペンでなぞられている。



 この部屋は散らかっている。

 なのに、この机だけは乱れていない。



 本人の几帳面さと見るには、周囲との落差が大きすぎる。ここだけが、誰かの目にさらされる場所だったのだろうか。



 鞄のチャックが開いている。中には月曜日の時間割に合う教科書が入っていた。



 一限、現代文。二限、古典。三限、日本史。四限、英語論理表現。五限、数学B。六限、体育。



 鳴川圭が死亡したのも、おそらく月曜日。

 ならば彼は、その日も学校へ行こうとしていた。あるいは、一度学校へ行き、戻ってきた。


 重要なのは、朝から死ぬつもりだった人間の部屋ではないということだ。

 日常を続けようとした痕跡がある。


 学校が苦しければ、家へ逃げればいい。

 家が苦しければ、学校へ逃げればいい。

 だが彼は、そのどちらにも居場所を失っていた可能性がある。


 机の上にあった答案用紙を一枚取る。

 点数は悪くない。むしろ良い方だ。


 ただし、解き方が少し妙だった。

 途中式が必要以上に細かい。答えに至るまでの確認が多い。記述問題は、教科書の文言をなぞるように整っている。


 真面目、と言えばそれまでだ。

 だが、応用問題になると急に線が細くなる。考えて外したというより、覚えた形から外れた瞬間に手が止まっている。


 点を取るための答案ではある。

 しかし、考えるための答案ではない。


 この子は、間違えることに慣れていない。

 いや、違う。

 間違えることを許されていない。


 次に壁を見る。

 一部だけ、妙に綺麗な箇所がある。一面ではない。タイルのように、A4用紙ほどの範囲だけが浮いている。隅にはわずかにセロハンテープの跡。


 何かが貼られていた。

 そして、剥がされた。


 指先でなぞると、薄く埃がついた。つまり、剥がされたのは今日昨日ではない。だが事件当時からこの部屋が完全に手つかずだったなら、この差は生まれない。


 誰かが、必要なものだけを抜き取った。

 彼の部屋から、見られたくない紙を一枚。


 では、誰が。

 母親か。父親か。


 少なくとも、この家の誰かが、死後にこの部屋へ手を加えている。


 ならば見るべきは、息子の部屋ではない。

 親の部屋だ。


 部屋から出て、鳴川の母親へ声をかける。



「差し支えなければ、ご主人のお部屋も拝見させていただいてよろしいでしょうか。」


「ええ、かまいませんよ。こちらへどうぞ。」


 少し不思議そうに、しかし快く彼女は受け入れ、すぐ隣の父の部屋を開けた。

 軽く一礼してその部屋に入る。


 こちらもやはり同様に普通の部屋に見える。しかし様相はどちらかというと一人暮らしのそれであった。

 薄く積もった埃。しわの残ったシャツ。仕事用のスーツと鞄。その隣には本棚があった。

 


 本棚にあるのは法律関係、精神医学に加えて教育関係?

 しかしきれいだな。最近のもの、というよりは買って読んでいない感じだ。


 これは日記か?だが、つけているのは最初の3日。まさしく三日坊主だ。

 そこにはこう記述されている。


 1日目

「日記を始めた。主にあいつの愚痴を書くことになるか。今日もまた金をねだられた。だが正直断る体力なんてない。友達付き合い?しらねぇよ。」


 2日目

「いっそのこと殺してしまいたい。まぁ俺にそんな気概はない。一回怒鳴ればわかるか?」


 3日目

「俺はもうこの家に居たくない。……日記を書くと現実を突きつけられている感じがしていやだな。」



 なるほど?だいぶため込んでいるみたいだな。それもかなり追いつめられる形で。


 もう少し調べてみると机の上にノートパソコンが置いてあった。


 これは会社のノートパソコン?会社へ返していないのか。

 ……パスワードが付箋で貼られている。個人的な電子媒体はどうしても突破が難しいが、これならいけるか?


 よし、入れた。さすがに仕事用だから……。あ、これは機密案件じゃないか?見なかったことにしよう。

 検索履歴は……消されているな。自動的に消えるようになっていた。一方、連絡用のソフトは健在だが、ほとんどが仕事に関することだ。

 しかし、その中に一人、おそらく同僚と思われる相手がいた。主に仕事のファイルや情報の受け渡しだが、時折個人的なやり取りもみられる。



 父「俺、もうあいつにはうんざりや」


 同僚「そう? 外ではちゃんとしてるように見えるけどな」


 父「お前はあいつと一緒に暮らしてへんから分からへんねん。俺はもうごめんや。早よ終わらせたい」


 同僚「焦んなって。変なこと考えんなよ。まず話し合え」



 関西の友人かな?いや、インターネットのノリで話しているから……。というかここでも愚痴か。

 愚痴というにはやはりかなり危うい内容だな。


 もう少しスクロールしてみよう。



 おや?ここからは鳴川圭の死亡後か。


 同僚「休んでしまうのもわかる。せやけどおまえのせいやないって。社長も気持ち組んでくれて、無断欠勤については責めへんらしいから。せめてスマホ連絡取れるようにしときや。」


 

 「死んだ。ほんまに死んだ。

 俺ほんまなにしてんねんやろ。」


 そのメッセージは同僚へ送られていなかった。




 ……。



 そうこうしているとポケットの中の携帯が三回震える。助手からの合図だ。3回ということは……もう下にいるのか。

「奥様。一通り調べさせていただきました。万一警察から連絡がありましたらこちらへご連絡ください。」


 そう後ろを振り返って彼女へ言うと、うつむき気味だった視線を一気にこちらへ向ける。


「何かわかったんですか!」


 その声だけが、少し早かった。

 彼女はすぐに口元を押さえる。「……あ、すみません」と、ほとんど息のような声で言って、申し訳なさそうに目を伏せる。


「……ええ、ですがここですぐにはお答えできないので。」


「す、すみません。では、明日の九時で」


「く……九時ですね」


 助手がにらみを利かせているので半端なことは言えず承諾してしまった。

 ……まぁ起こしてくれるよね。



 助手が乗ってきた車の後部座席へ座る。助手がエンジンをかけてブレーキを離したあたりで私は口を開く。


「さて、情報交換だ。私の仮説は今二つある。」


「……ぜひお聞かせ願いたいものです。」


 車道に固定されていた助手の目線が、バックミラー越しに一瞬合う。


「だが勘違いしないでほしいのは、二つとも役割が違う。」


 バックミラーを見つめながら揺れる車内で私はそう言った。


「と、言いますと?」


「一つは私たちがこの事件の真相を知るため、その真相はこうなんじゃないかという仮説。」


「もう一つは?」


「商品だよ」








 


 

 





 

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