表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

Case 01「〇殺」第四節「侵入」

 外はまだ夏の夕方だというのに、すっかり暗くなってしまった。

 相変わらず、激しい雨が窓をノックしている。


 窓の隙間から聞こえる風の音。

 雨粒が硝子を叩く音。

 人の話し声も、車の走る音も、やがてその中に飲みこまれていく。


 すると、雨音と風の音だけが私の周りを支配した。

 それは激しくも、静かだった。


「今日は本当にいい天気だね」


 ぽつりと言ったその一言に、助手は大層怪訝な顔をして窓の外を見つめた。

 だから私は、補足するように持論を述べる。


「何も快晴だけがいい天気というわけでもないよ。少なくとも、私にとってはいい天気なんだ。……いろいろと都合もいいしね」


「……では、準備してきます」


 私の最後の一言を聞くなり、助手は書類整理の手を止めた。


 雨と風は、情緒的な好みだけではなく、侵入の際のカモフラージュにも向いている。

 もちろん、都合のいいことばかりではない。足跡も、繊維も、細かな痕跡も流れやすくなる。

 少なくとも私にとっては、一長一短といったところだろう。


 助手は壁際の鏡に手をかけた。

 見た目はただの姿見だが、奥には小さな保管室がある。事件資料や機材を表に出しておくわけにはいかない。

 違法なものはない。少なくとも、今ここで問題になるようなものは。


「今回の装備は……暗視ゴーグル、ピッキング道具、カメラですね」


「それでいい」


「護身用の道具は?」


「いらない。持っているだけで、見つかった時の意味が変わる。万が一の時は、ただの空き巣に見えた方がいい」


 気持ちはわかる。

 何か一つでも身を守るものがあれば安心する。だが、安心のために持ち込んだものが、あとでこちらの首を絞めることもある。


「では、どの情報が必要ですか?」


「ん?私も行くつもりだけど」


「勘弁してください。あなたを抱えて侵入、工作、退却までさせるつもりですか? ボディカメラをつけておきます」


 反論したかったが、できなかった。

 実際、その通りだった。


 私は不服そうな顔だけを、わかりやすく助手へ向けることにした。


 助手が準備をしている間、私は学校の防犯設備を洗い直した。


 便利な時代だ。

 守る側にも、破る側にも。


 校門の写真。体育館裏の動画。文化祭の集合写真。SNSに転がる何気ない画像。

 それらを拾い集め、カメラの位置、死角、契約している警備会社を洗い出す。


 ただ、完全ではない。

 体育館側の死角だけは、昼間の写真でしか確認できていなかった。


 結局、出発したのは二十二時を回ってからだった。


 辺りはすっかり静まり返っている。耳をすませば聞こえたであろう人の話し声も、機械音も、すべて雨音一色になっていた。

 それは単に雨音のせいではなく、そこが物静かな住宅地という性質を持っているからだろう。


 そんな中に学校はあった。


 つい数時間前にも来たばかりだというのに、全くの別物のように感じる。


 このあたりの駐車場というのは、看板は赤さびまみれのおんぼろで、しかしその実、最低限のシステムばかりは現代的だった。

 電子決済に対応しているとは、正直少し驚いた。


 そこへ車を止めると、雨具を着た助手が装備をリュックへ詰め込む。


「じゃあ、改めて作戦を説明しよう。情報は二種類ある。電子媒体と紙媒体だ」


「紙はカメラで撮影ですね?」


「そうだ。優先は成績表と出席簿」


「電子媒体は?」


「サブだ。キーボード内部に細工してある。接続した時点で、仕込んだ記録媒体も同時に認識される。ただ、正直期待値は高くない」


 ちょうど助手が手に持っていたキーボードを指さす。


「学校のセキュリティ次第ですね?」


 助手の言葉に、私は深くうなずいた。


「あとは君の判断で動いていい。私はドローンと君のボディカメラで先導と指示を出す。この雨なら、ドローンの音も紛れる。防水にしておいて正解だった」


「……了解」


 そう一言残して、助手は雨の中へ飛び出していった。


 私は車内に残り、ノートパソコンを開く。

 ボディカメラも、ドローンも、まだ沈黙している。


 ふと、キーボードに置いた手を見つめると、少し震えていた。

 冷房が効きすぎたのか。低血糖か。


 ……正直、慣れることはない。

 いくら平気な顔をしても、こういうことの前では身体の方が正直だった。


 誰もいなくなった車内に沈黙が落ちる。

 息が詰まるような、そんな沈黙が。


 それを最初に破ったのは、ドローンだった。


 映像が揺れる。

 雨粒がレンズを叩き、校舎の輪郭が滲んだ。


 視界はやや不良。

 だが、飛ばせる。


 助手はもう、学校の外周を回っているはずだ。雨具を着ているとはいえ、同じ場所を何度も歩けば通行人の目につく。急がなければならない。


 まずは人影。なし。

 校門北。防犯カメラが二台。

 校門南。一台。

 体育館側。予定通り、死角がある。


 大変結構。

 作戦開始だ。


「問題なし。予定通りだ。そこから入れる」


『了解』


 短い返答のあと、ボディカメラの映像が開いた。


 濡れた塀。

 黒い手袋。

 助手の呼吸。


 次の瞬間、画面が大きく跳ねた。

 塀を越えたのだ。


 気づけば、手の震えは止まっていた。


 頭の中を支配しているのは、いまだバラバラの事件の情報。

 どうつなげるべきか、勝手に錯綜する思考。

 そして恐怖は、好奇心に置き換わっていた。


 外周確認を終えたドローンは、死角に落として待機させた。

 私はボディカメラを通して、助手の動きを追う。


 この学校はどんな造りをしているのか。


 校舎の動線。掲示物。施錠の位置。古い設備と新しい設備の混在。

 そういう細部には、教師たちの管理意識や、生徒たちの扱われ方がにじむ。


 革新的か。

 慣習的か。

 管理的か。

 放任的か。


 そうこう思考を巡らせていると、助手はすでに扉の前にいた。


 小さな金属音がして、私は改めて意識を画面へ戻す。

 ボディカメラの視界が、暗い校内へ滑り込んだ。


 最初に入ったのは、教室だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ