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紙の町の魔女  作者: 倉沢トモエ


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薬包紙と金平糖(六)


 第六話 乙女の心臓


 見つめる。


 鳥の、ゆらゆらと炎のように揺れる翼の先は、いつも飽かずながめている、木々の梢が風に揺られる様子に似ていた。

(描いてみたい)

 その気持ちが少しだけ沸いてきた。

 ところが鳥の姿の大まかな形をとらえたところで、手が止まってしまう。

「そういえば……あなたの翼は、なにに使われるのかしら」

 木炭鉛筆を片手に持て余し、娘はおもわず口に出して、はっとした。

「ごめんなさい。あまりいい話じゃないわよね」

「いいさ。話しておこうと思っていたよ」

 ひそかにうぬぼれの強い赤い鳥は、自分の気に入りの姿勢を見せつけて崩さない。

「おそろしい話だよ」

「覚悟するわ」

「あたしの翼はね、」

 声をひそめた。

「あたしの翼を切り取って祭壇にささげ、……」

「……」

「次には初恋に破れた乙女の心臓を切り取って、しぼった血をふりかけると、恋敵に思うまま、呪いをかけることができるそうだよ」

「まあ」

 ひひひひ、とでも笑いそうな顔をして、鳥は娘を見た。

 だが、見れば娘は黙り込んでいる。おそろしげに話して驚かすだけのつもりだった鳥はあわてた。

「どうしたかね」

「私たち、危なかったわ。儀式に必要な二つが揃ってた」

「それは」

「画塾の先生に、あこがれていたの」

 これまでしまい込んでいたものが耐えられぬようになったのか、娘の言葉があふれた。


「でも、先生、やっと結婚できるんですって。

 婚約者の方がご病気で、何年も延びていたんだそうよ。その延びている長い間、先生はずっとその方のために働いて、ずっとその方を想っていて……

 この町の画塾を引き継いだのも、その方の身体が良くなったらこちらで暮らすことを考えてのことだったのですって」

 私はたったの十四で、ずっと子供で、ずっと絵を描いてきただけで、先生にあこがれていたのも、たったの一年足らずだっていうのに。

「描けなくなったというのは、そのせいなのかね」

「たぶん」

「今は、どうかね」

 今は。

 娘は、胸の内を吐き出してみると、あれだけ重かった心がいくらか整ったことに驚いた。

「……話したら、なんだかすっきりしたみたい。

 わかっているのよ。あんまり比べようがないじゃないの。病める時も苦しい時も、離れなかった同士なんですもの。

 先生は、もともと手が届かない人だったんだとわかったんだもの。自分があんまりちっぽけで、ちょっと寂しかっただけよ」

 鳥は、娘が流れる涙をどうにかするのを、黙って見守っていた。心が少し軽くなったと申しても、ひとつ言葉にするごとにまた、別の想いがあちこちに棘を出すのであろう。

「先生の婚約者の方ね、何年も沈んでいたのに、私の絵をとても喜んでくださっていたんですって。

 こんな素敵な森がある町に住むなんて、どれだけ嬉しいことでしょう、って」

 言葉はまだ止まらない。

「……呪いをかけたいと、考える人がいるということよね、こんな時。あなたを追いかける人がいるなんて。

 ……そんなふうに思うように、私もなるのかしら……この気持ちは……これから……」

 鳥は、娘の肩によじ登った。

 そうして。小さな嘴でのびあがり、優しい心臓を持つ乙女の、やわらかい髪をなぜたのである。


 ふと鳥は、遠い昔、この娘のような心で泣いたことを思い出していた。

 ただし、それからあとが、ぷっつりなくなっているのだった。

 さらにその先を思い出そうとすると、自分と同じ、炎の鳥の姿が浮かぶ。


 けれどそれは、自分の姿ではないのだった。


 * *


 夜の闇にまぎれて立つ、その者の手には、煙のたなびくマッチの一本があった。

(ツグミか)

 煙はすぐに消えてしまった。

「じき夜回りが来るよ」

 後ろに立っていたのは、かの魔女である。


 

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