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紙の町の魔女  作者: 倉沢トモエ


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鎖のついた書見台(九)


 第九話 お茶と魔術と


 小僧と親方は日暮れが近い、と、帰路を急いだ。

 栗毛も白も、充分休んだので足取りが軽かった。

 まこと、不思議なひとときだった。森の中というのは、何を秘めているか、わからぬものだ。

「そういえば、近ごろ眼鏡をしきりに勧められるんだが、」

 親方が、ふと言った。

「たしかになあ。あのくらいの遠さで、あの程度の文字、昔はわけもなかったんだがなあ」

 目の良さと、手際の速さの、〈活字拾いの親方〉である。

〈空〉、〈陸〉、〈水〉、めったに見ることを許されぬ書物の文字がぼやけていたのは、なるほど、惜しく思われよう。


 翌日、親方と小僧は魔女の店を訪れ、昨日思いがけず世話になった礼を述べた。

「ああ、あの家令が。

 いや、それは、かえってこちらがお世話になりました」

 かの家令は昔からあの調子で、魔術を学ぶ代々の者は、道に迷った彼を連れ戻すのが最初にあの屋敷で身につける仕事だ、と、冗談が伝わるほどなのだ、と、魔女は笑った。

「しかし、あの家令がいなければ、我らはあの書庫で迷ってしまうのです。

 不思議なことに、書物の森では、彼はとても頼もしいのですよ」

「その大切な書庫を拝見でき、我々の貸本屋を喜んでもいただけて嬉しく思いました」

「書見台の三冊は、意外に来客を喜ぶのです。

 自分たちの鎖につながれた境遇とは違う、皆に読まれる人気の書物もいっしょ、となれば、嬉しさもひとしおでしょう」

「言葉もかけてくれたんだよ」

「ほう」

 小僧の言葉に、魔女は驚いていた。

「あの書庫の書物について、ご承知かと思いますが、そう、魔術を学ぶ定めの者にのみ、その文字が開かれる書物が揃えられているのです。

 しかしあれらは、もうひとつの作用があるのです。つまり、言葉を強く願う者が書物の前に立ったとき、特にあの三冊は、その者に応じた答えをすることが時折あるということなのです」

「だから、おいらでも読める言葉だったのかね?」

「三冊の方でも、お前のようなこれからの子供に、なにかを伝えたかったのだろうね」

「ほら、だから勉強しろ」

 親方の説教がはじまる。

「俺がお前くらいの年の頃だったなら、昨日の三冊は、もっと難しい文句だったかもしれない」

「しょってらあ」

「こら」

 叱りながら、魔女も笑っているのだった。

 茶の二杯目が淹れられた。柑橘の香りがして、身体が暖まった。


「親方、支度はいいですか」

 慣れぬ眼鏡をかけ、親方が馭者台に乗り込んだ。

「では、参りますよ」

 栗毛と白も機嫌よく、貸本屋は本日も朝早く、紙の町を発っていった。

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