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上半身が半裸の疑惑の二人がモーテルの一室で一晩を過ごす。
これは誰にも言い訳が立たない事実であり、真実だ。
例え何もなかったと二人が主張したとて、それを信じられる者はどれくらい居るだろう。片やシャワーを浴びたてで、髪の毛を水に滴らせている男がいる。スカイの愛しい恋人は褐色の美しい肢体を白いシーツの上で惜しげも無く晒し、二日酔いから来る力の無さが儚げであった。
「…裸で二人…」
スカイは声に詰まる。
まさか、とは思った。先月もダーオはパーティのさなかで姿を消した。昨日もまた途中で居なくなり、心配になったスカイは何度もダーオに電話をかけるが繋がらない。会場を隈なく探したが見つからず、しかし現場責任者としてその場を放棄する訳にもいかず、歯痒い思いのままパーティの撤収を見届けた。
宿泊者をリゾートに送るバスを手配し、その足でダーオの家に向かった。深夜の時間帯にダーオの母を起こすのは気が引けたが、そうも言っていられない。ダーオが無事に帰宅している事を確かめなくてはいけなかった。寝ぼけ眼の母がダーオの所在をスカイに告げた場所はロムの家だった。
(…ロムの家…まさか、ダーオに限って)
半信半疑のまま訪ねたHotel heavenlyで、確定的な現場をまざまざと見せつけられた今、スカイの胸中に渦巻くのはダーオへの怒りとロムへの憤怒だった。
(…ロム、腰抜けのお前がこんな手段に出て来るのは予想外だったよ)
無言で踵を返したスカイは裸の二人をそのままにその場を立ち去ってしまった。
残された二人はこの事態に何から手を付けたら良いのか分からない。昨日は確かに何もなかった。二人の間に疚しい事は何一つ。
でも…本当に?
昨日は確かに何もなかったかもしれない。けれど、昨日以前の二人の出来事を疚しい事と言わずに何と言おう。二人は経緯はどうであれ、互いの体温を知る仲だ。
部屋に残された二人は何か話さなければと思うが、どうしても言葉が出て来なかった。
★
スカイは怒りの呼吸をなんとか宥める事に必死で、靴の音を鳴らしながらホテル受付の前まで辿り着く。強引にベルを鳴らして受付奥の事務所で寝ているガイを叩き起こすと、高圧的にガイを問い詰めた。これこそがホントンの本当の顔とでも言うように。
「空いている部屋は?」
ガイはかつて土地を売れと言ってきたホントンを追い返した威勢も何処へやら、卑屈な笑いを浮かべて応じる。
「あぁ…ホントンの…。生憎今夜はお陰様で満室でして…飛び入り客が多くてですね、皆パーティで出会ってやる事は一つです、ひひッ…」
裏ではホントンの悪口を言っても、ホントンのお蔭で儲けている手前突っぱねる事も出来ない。精神的に首根っこを掴まれた状態のガイに、心底侮蔑した表情でスカイは自分より遥か年上の小汚い男を見る。スカイの視線はこの時ばかりは取り繕えなかった。いつもは島民におもねるスカイの素の感情が発露してしまう。
この男の憎い息子が、自分の恋人にちょっかいをかけている。そればかりか昨日は疑惑の一夜を共にした。それを怒らずして何に怒ろう。
「ロムの部屋の鍵をくれ」
「ロムの?…いや、一応あすこもホテルの一室ですからスペアはありますけどね…」
ガイの差し出す予備の鍵を強引に奪ったスカイは、尻ポケットに入れていた財布から適当に入っていた分だけのバーツ札を受付に叩きつけると、またロムの部屋に戻って行った。
「…あわわ…エライこっちゃ…!」
ガイは慌ててピンクの寝ている部屋に駆け込む。スペアキーで勝手に部屋に入ると、ベッドで寝ているピンクと彼氏を遠慮なく叩き起こした。突然の闖入者に驚くピンクは悲鳴を上げ、それが父親であると分かると切れ気味に応答する。
「一体なんなのよ、父さん!!」
まだ空は暗い。
「ロ…ロロロローン!大変だ!!」
「大変なのは父さんの頭よ!!馬鹿じゃないの!?勝手に入って来ないでよ!!」
下着同然の出で立ちをしたピンクは尚も父親に食って掛かる。騒動に巻き込まれたピンクの彼氏が彼女を宥め、やっとガイは話始めた。
「たた…大変だ!大変なんだよ、ホントンの倅が来てロムの部屋の鍵を…!!偉く高圧的でなぁ…!!」
「はぁ…⁉︎なんでホントンの息子がウチなんかに…⁉︎」
肚の底では金儲けしか考えていないホントン一家だが、それでも島民との対立と言う図式だけは築きたく無いと見え、あくまで表向きは島民におもねるポーズを取って来たのがホントンである。
「あいつら、ついに本性を現したぞ…!!」
ガイは慌てふためく。あの若造の剣幕な態度は一体何事だ。ロムがホントンの倅に何かをしでかしたのだろう。
ホントンは気に入らないが、数十年前に土地を売れと言われた時には保てたガイの威厳も今となっては見る影もない。もう数十年前とは状況が違う。既にこの島にはなくてはならないホントン一家に睨まれたら、この先の生い先短い余生をこの島でどう生きて行けば良いのか…。今更都会でなんか暮らせない。
父の狼狽とは逆に、ピンクには何が起こったのか勘が働いた。
(ホントンの息子が用もなくウチなんかに来るはずがない。ロムの部屋の鍵を持って行ったって…まさか…今、部屋にはダーオが…あっ…!)
ダーオに長く片想いを引き摺る弟が今宵の満月に触発されてきっと何かをしでかした。自分の想いのままに生きろとは言ったが問題を起こせとは言っていない。やるなら正攻法で奪い取るのが恋路という物だ。卑怯な手段は誰も同情できないものだ。
「…あンのバカ…!」
カーディガンを羽織ったピンクは慌ててロムの部屋に向かう。その後を彼氏がついて行き、最後にガイがくっついて走る。
ロムの部屋を視界に認めたピンクは緊張感でびりびりと電気の様に肌を刺激する空気を感じる。
ガタンッ‼︎と言う唐突な衝撃音と共に、ピンクの目の前で部屋の扉から投げ出されたロムは廊下の壁に背中を強かに打ち付けられた。
「キャっ…!!」
ピンクの悲鳴が静かな廊下に響く。ロムは苦しそうな呼吸をしてその場に蹲った。
駆け寄るピンクはロムの背中を擦りながら扉の奥に広がる部屋を見た。そこには今しがたロムを投げ捨てたスカイが興奮気味な呼吸で鬣を戦慄かせ、ロムを殺さんとする視線を投げかけていた。
「…坊…ちゃん…」
ピンクはスカイの気迫に気圧される。
ただでさえ背が高く、筋肉隆々の白人がその金髪を逆立てて牙を剥く。ブルートパーズにも似た瞳はその怒りで少しだけ色を濃くして居る様に見えた。
蹲るロムに近づいて尚も危害を加えようとするスカイから咄嗟にピンクは弟を庇った。目を閉じてどんな衝撃にも耐えられる姿勢を取る。
(こんな成りしてるけど元は男よ…!弟の為になら殴られても蹴られてもいい…‼︎)
しかしなかなか来ない衝撃にピンクが恐る恐る目を開けると同時に、ロムの部屋の扉が勢いよく閉まった。扉の向こうでは施錠する音が聴こえる。
バネの様に立ちあがったロムは脇腹の痛みを無視し、扉をこじ開けようと体当たりをするのをピンクが慌てて止めた。
「ッ…ロム!!」
それでも尚、ロムはダーオと己を隔てるこの扉を蹴破りたい。ピンクの制止を無視して扉に体当たりをするが鉄骨の扉はびくともしない。
「クソ!!…ダーオ!!スカイ…ッ!!ダーオッ!!ダーオッ!!!!」
ロムは怒気を含めて叫びながら扉に何度も体当たりする。こんな激情を露にした弟をピンクは初めて見た。両親が離婚した時も弟はその運命を受け入れるが如く落ち着いていたと言うのに。
ピンクは暫くの間ロムの怒気にあっけに取られていたが、ふと我に返る。
「…ぁ、アンタ、やめなって…!ケガするから…!」
ピンクの細腕ではとても止められない。
もう一撃を扉に与えるロムだったが、突如扉の向こうから聴こえてくるダーオのスタッカート調の呻き声にロムの身体はぎくりと錆び付く。途端に金縛りの様に動かなくなってしまった。
「ロム…!アンタ、ちょっと冷静になりな…!」
ピンクは修羅場の興奮でわなわなと身体が震える。ピンクにも聞こえるダーオの声は決して快楽が混じってはいなかったけれど、確かにセックスの時に発露する抑えられぬ声だった。
(…何て地獄よ…‼︎)
ピンクはそう思わずにはいられない。今、こここそがロムにとっての地獄である。
想い人とその恋人が扉一枚隔ててセックスをする。それを止めることが出来ない、止める権利が無い部外者が負け犬のロムなのだ。
「あ…アンタ…唇…!」
ロムは悔しさのあまり唇を噛み締めていた。ピンクがロムの唇から伝う血を指で拭ってやる。ロムの握り拳は怒りで震え、爪が掌に食い込んでいた。
「…だから言ったじゃない…!拗らせたからこうなったのよ…」
ピンクは憐みと慈愛でもってロムを抱き締めてやる。弟の報われない恋が哀れだった。まして相手はホントンの倅だ。逆立ちしたって敵いっこない。
「可哀想なロム…アンタ、ホントに可哀想…」
ピンクは弟の気持ちを慮ると涙が出て来る。
優しいだけでは駄目なのだ。時として人は勝負に出なければ勝ち取れない。弱肉強食のこの世界で、島ののんびりとした空気で育ったロムには荷が重い。資本主義の波に揉まれるスカイを敵に回したとて勝ち目など無い。
世の中は愛だけで立ち回れるか?そんな事は無い。愛だけでいいならば両親は離婚しなくて済んだはずだ。
ピンクはそれがわかるからこそやるせない。
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【善き人間だけが弾劾せよ】
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スカイとダーオの辛い行為です。
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