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【オリジナルタイBL小説】HOTEL HEAVENLY  作者: ノブナガ・トーキョー
【第五話 優しい嘘】
34/74

5-1スカイロムダーオ

【第五話 優しい嘘】



  1


酷く気分の悪い朝だった。

潮風がダーオの頬を撫でるが、ダーオは出来る事なら夢の中にしがみ付いていたい。もしくは昨日の記憶が全て無くなればいい。そんな心境だった。


「…はぁ…」


しかし、どんなに足掻いたところで昨日の事は忘れたくても忘れられない。あんな強烈な体験は忘れろと言う方が無理だ。


(アイツは…なんで俺を)


ロムの行動のトリガーが何だったのかは分からない。ただ、喧嘩をした。互いの激高した感情が誘い水となり、収拾のつかない喧嘩になるところで先に手を出してきたのはロムだった。


(手…と言うか…)


昨日のロムの顔はどこか悲痛だった。何かをダーオに訴えかける様な、そんな声だった。


『…ッ逃げられなかったから俺に助けられたんだ!!お前は…!!』


ロムの言う通りだ。助けてくれた事は確かに感謝している。

爆音で流れる音楽とフラッシュライトに煽られて、いつも以上に飲み過ぎてしまっていたのはダーオの反省点だ。激しく踊ったのもいけなかった。酒の回りが早く、足元はふら付いていた。

しかし記憶はそれなりにしっかりと残っている。

喧嘩中、自分が最後に言ったセリフをダーオは反芻した。


『男だよ、俺だって…そんなまんまとヤられる様な真似は』


そう言い終わる前にロムに襲われた。


(なんなんだよ…ロム、お前…訳わかんねーよ…)


潮騒に慰められるダーオだが、階下のリビングでは慌ただしい母の気配が俄かに感じられた。

ダーオは耳を澄まして階下の状況を把握しようと努めるが…。


「…と!ちょっとダーオ!」


階段下から叫ぶ母に、ダーオは渋々起き上がり降りてゆく。そろそろ母は仕事に行く時間だ。いつもは何も言わずに家を出る母が一体何の用だろう。来客だろうか。ダーオはセルフォンを手に取って階段を一段降り、下半身の痛みを自覚する。

暫く悶絶した後で呼吸を整え、痛みを庇いながら降りた。


「何?母さ…」


リビングに降りたダーオは、はっとして言葉を飲んでしまった。

そこには、今一番会うと気まずい相手であるスカイが居たからだ。


「あ…」


金髪碧眼の恋人の手には庭先で拾ったであろうプルメリアの花が一つ、抓まれていた。


「坊ちゃんが今日プーケットに帰るから送って差し上げて!頼んだわよ!」


そう言うと、母はスカイに合掌をして家を出てしまった。

母の乗る原付バイクの音が遠くに聴こえ、取り残された二人は無言でリビングに佇んでいる。気まずい沈黙だ。少なくともダーオにとっては未だかつて、スカイと過ごす時間の中にこんな疚しい朝は無かった。


「…セルフォン、あるね」


スカイはダーオが持つセルフォンを見つめながらゆっくりと喋り出す。感情を押し殺し、なんとか冷静で居ようとする。ブルートパーズの瞳の奥が冷ややかに揺れた。


「…そりゃ、持ってるよ。いつもお前とこれで連絡を」

「失くしたかと思った」

「…っ」

「…連絡が無かったからさ」


間髪入れずに言葉を投げるスカイにダーオは気付く。スカイは静かに怒っている。

冷静に考えればすぐに分かりそうな事だ。昨日一晩はスカイの電話にも出られず、メッセージすら返信しなかった。少し考えればスカイが怒ってしまうのも理解できたと言うのに、ダーオは自分の犯した罪を前に視野はいささか狭窄していた。

暫く続く無言には、スカイの静かな怒りがたっぷりと込められていた。ダーオはそれをひしひしと感じる。その身に受けるプレッシャーに圧し潰されそうになりながら、疚しい思いに目を逸らして生唾を飲む。


(…何が正解かわかんねぇ…)


ダーオは昨日の事を白状するべきか決心がつかないでいた。

ただでさえ最近は遠距離恋愛で二人だけの時間が取れないままだ。微妙に噛み合わない二人の歯車に昨日の事実を述べてしまえば、確実にこの関係は悪い方向へと向かうだろう。けれど何もなかった風を装って自分はこれからもスカイと付き合って行けるのだろうか?


(…ロムと関係を持ったこの身体を、スカイが抱く…。その罪悪感に果たして自分は耐えきれるだろうか…)


ダーオの褐色の肌に嫌な汗が滲む。ロムはとんでもない事をしてくれた。


(…それ以上に問題なのは、俺がロムに対して嫌悪感を抱けなかった事だ…)


腹は立った。でも、一生許さないだとか、二度と顔も見たくないだとか、そういう質の怒りじゃない。


(もう二度とすんなよ!と一喝して終わらせてやりたいと思ってしまった。…これがキッカケでロムとの縁が切れてしまう事の方が嫌だと思ってしまった…)


これこそがスカイへの裏切りだ。

波打ち際での秘密の出来事は、月と星達だけが目撃者だ。

ダーオは自身のこの感情がどこに起因するものなのか判断がつかない。普通ならば絶縁案件だ。もっと怒っていい事をロムにされた筈なのに、優先すべきは友人関係の継続だった。


「…昨日は急に居なくなっちゃったから、焦ったよ。どこも怪我は無い?」


スカイはダーオの身体を隅々と確認した。心配から来る行為の中に少しの疑惑を持って、スカイは証拠となる「何か」をダーオの中に探してしまう。恋人の首筋に残る跡が心無しか濃いのは気のせいだろうか。疑心暗鬼になってしまう。


(ダーオと一晩も連絡が取れないなんて、ロムが何かしたのかも…いや、でもロムに限ってそんな度胸がある筈ない…)


否定したい心と肯定したい心がスカイの胸中でせめぎ合う。


(でもさ、ダーオ。…僕が例えば今、タンクトップやパンツの中身までを確認しようとしたら、きっとダーオは嫌がるんだ…)


ベッドの上でのダーオは時に淫猥であるけれど、殊、実家でそう言った行為に及ぼうとするとダーオはやんわりと拒否をするのだ。


(ダーオに嫌われたくない…。ダーオにだけは…)


スカイはこれ以上の追及が出来ない。愛しい人に抱く疑念の心は、きっと自己の中にこそ疾しい事実があるからだ。

なぜ人間は矛盾を抱えて飄々と生きていられるのだろう。スカイは島民も、ロムも、信じられない。己すら信じられない。信じられるのはただ一人、ダーオだけだ。


「…なっ…なぁ、スカイ…!」





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