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【オリジナルタイBL小説】HOTEL HEAVENLY  作者: ノブナガ・トーキョー
【第一話 秘密の砂浜】
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1-3 ロムダーオ

「…おい、早い」


口数が少なく無愛想なロムが言う一言は重い。眼の前ではたかが魚一匹を焼こうとしているだけなのに、どこか

深刻で重要な出来事を告げている風を醸す。

ロムは表情のパターンも数える程だ。幼馴染のダーオとジョジョはロムをそう言うやつだと思っているし、ロムとより付き合いの深いダーオはロムの目を見るだけで、この不器用な幼馴染が何を考えているのかおおよその見当がつく。

ロムと初対面の人間は、きっと彼の涼しい一重の目元が冷たい印象を与えてなかなか馴染めないだろう。

けれどロムの事をよく知ってさえいれば、彼がそこまでシリアスな人間ではない事がわかるはずだ。

ロムは悪いやつじゃない。


七輪に置かれた網の上に魚を置こうとするダーオは、ロムに掴まれた自身の手首とロムの瞳を交互に見つめた。


「えぇ~?べっつに、置いときゃいいじゃん?いずれ焼けるっしょ」


ロムに比べるといささか大らかなダーオは悪びれもせず、ビールを一口含んで肩を竦めた。ダーオのこんなところは典型的な島の人間だ。

例えばダーオが内心で、(ロムのやつ、細かい事をネチネチと取り沙汰しやがって。魚なんて火の上に置いておけば勝手に焼ける)と悪態をつく事を、ロムは口に出さずともすぐに察せる。

何せダーオとロムは幼馴染だ。

互いの持つ空気感を察し合うのは昔からの二人のコミュニケーション方法の一つである。

ロムはおおらかな幼馴染みを前にため息をつく。


「…はぁ…この考え無し。魚の表面が焦げるだろうが」

「出た、ロムのこだわり!お前ね、あんまり喋らない癖にこだわりが強いってヘブンっ子らしくねぇからな!どこの子だお前は!」


ダーオの言う通りだ。

相互扶助精神が根付くこの島では大抵の事が何とかなってしまう。この島はこだわって工夫しなければ生き残れない風土ではない。

腹が減ればそこらへんに色づく季節の果物を食べれば良いのだし、たんぱく質を食べたければ海に行けば良い。魚を獲る腕が無ければ貝がある。岩礁には都会で一つ数十から数百バーツはする様な高級食材が無料で取れる。鶏を飼う家を訪ねれば、卵くらいなら分けて貰える。


「…火加減は美味しく食べる為の労力だ」


ロムはムッとした顔でダーオに盾突く。ロムの性格に一言付け加えるとするなら、見た目に反して意外と子供だ。外見は精悍な青年に成長したが、すぐムキになる辺りは昔から変わらない。


「はいはい、わかったよ。じゃ、火の管理はお前に任せたぞ、Nongロム」


そう言うとダーオは別の卓に呼ばれて行ってしまった。


「おい、Nongって…!」


ロムの抗議はダーオには届かない。

二人は同い年だが、数ヶ月ばかり早く生まれたダーオはロムに兄貴風を吹かせたがるのだ。

去り際にダーオはロムにウインクをすると職務に戻る。一応店員として雇われている手前、ずっと幼馴染の卓にばかり居られる訳では無い。

プーケットの人間からは驚かれる様な薄給であっても、賃金を貰っている以上は働かねばなるまい。ダーオにとって居心地の良いここに居られなくなったら辛い。

別卓の常連客と談笑するダーオの笑顔は照明に照らされてきらきらと眩しかった。ロムはそんなダーオから視線が外せない。店の照明に照らされて艶めくダーオの緩い髪の毛は、彼が動く度にふわふわと揺れ動いた。


(前髪が目に掛かってる…)


ロムが髪を切れと言ってもダーオはなかなか無精で髪を切らないので、定期的にロムが切ってやっていた。そろそろまた髪を切る時期が近付いてきたようだ。


(…俺の仕事が無い時に切ってやろう)


ロムは島内の運送を担う。

特に会社を興している訳では無く、成り行きでそうなった。あれもこれもと請負っている内に、気付けばプーケットとヘブン島を往復する生活を送っている。島内に仕事と言う程の仕事は漁師以外に存在しないので、ロムにとっては貨幣を稼ぐ願ったりの状況であった。

この島で唯一安定して潤沢に賃金が得られる仕事と言えば、島の北部に位置するリゾートホテルの従業員になる事くらいだろうか。もしくはリゾート周辺のインフラ整備の仕事だ。この島に水道がひかれたのはリゾートのお陰である。

ともかく、そんなことよりロムはダーオの長くて目に掛かる髪の毛が気になって仕方がない。


(ダーオの予定を…って、アイツは特に予定は無いな)


ダーオの予定と言えば、時折プーケットに行く他はカオムーで働く以外に無い。島には学校がないので、島の子供達は皆船でプーケットまで通学する。高校卒業後、ダーオは毎週末プーケットに行くものだとロムは思っていた。しかし予想に反してダーオはなかなかプーケットに渡らないまま、早一ヶ月が過ぎようとしている。


ロムはふと、ダーオの零れる白い歯に目が奪われる。

そんなのはいつもの事だ。ダーオの褐色の肌に際立つ白い歯のコントラストは、健康的なエロスを内包していた。引き締まった肢体に、ロムとほぼ変わらぬ背丈のダーオ。筋肉質なのは海でよく泳いでいるからだ。その屈託のない笑顔はどんな人間の心の隙間にも入り込む。人懐っこい島の人間の気質に乗算されるダーオの笑顔は、無自覚に見る者の心を掴むとロムは思う。


「……」


ロムはダーオを遠くから眺める時、決まってつい無言になってしまうのだった。見惚れていると言う言葉はロムの感情を表現する上で適切ではない。心配しているとも違う。

ただ、ロムはダーオの存在を感じる事で心底安心するのだ。

ダーオのくるくると変わる表情を眺めるロムは、人知れずふと柔らかい笑みを浮かべる。無表情のロムの表情筋を動かせるのはダーオしかいない。ロムはダーオを見た後、いつも気持ちが柔らかくなる。


卓上の七輪が蒸し暑い夜を更に助長した。

火力が安定した七輪に魚を乗せて、香ばしい匂いと共に徐々に逆立つ魚の鱗を見つめながら、ロムはダーオを想う。仕事を終えた夜、気心知れたこの場所で、ダーオを近くに感じながら酒を飲む。ロムにとってはこの時間が何より幸せだった。

卓の向かいでは酒に酔ってご機嫌のジョジョが、「ダーオを首にするべきだ!鱗を取らずに焼くから見た目がクソキモイじゃねーか!」と笑いながら悪態をついていた。


「…タレ、貰ってくる」


つい先程ダーオを眺めていたときとは打って変わり、愛想笑いすらしないロムはジョジョにそう言い残すと、厨房でテレビを観ているオーナーの元に向かった。

その途中ロムはセルフォンでカメラを起動させると、こっそりダーオを隠し撮りした。少しブレてしまった映像を見つめ、被写体のダーオを指でなぞりながら溜息を付く。

むっつりスケベと呼ばれても仕方がない。

島の人間の特徴はどこか刹那的である。その時が楽しければあと先はあまり考えない。思うままに行動するのがヘブン島の人間の良い所である。女を口説く時もヘブン島の男は後先考えずにとりあえず求愛して見る。駄目だったらその時考えればいい。

しかしロムは生粋の島の人間である筈なのに、他の男がするような求愛方法を取れないでいた。

その場のテンションに身を任せて、想いのままに愛を伝えられたらどんなに楽だろう。愛とは時に自分本位であるべきだ。遠慮ばかりでは愛は育たない。

頭ではそう分かっているが、ロムにはそれがどうしても出来ない。いや、出来ないのではなく、しないのだ。ロムにとってダーオが笑顔でいられるならばそれ以上は求めない。…求められない。


「…はぁ…」


何度溜息をついただろう。

ダーオに関して、ロムの想いは根が深い。それを差し引いても一筋縄ではいかない事情がダーオにはある。この想いをダーオにぶつけた先にあるのは、ダーオの困惑の顔だけだ。ダーオの事情や心情を無視して迫るなど、到底ロムには出来る訳が無い。


(…あいつには笑顔で居てほしい)


気を取り直したロムは厨房のオーナーに声を掛ける。


「すみません、オーナー。チリとナンプラーと砂糖を下さい、それにマナオも…」


腰の曲がったオーナーはじっとロムを見つめた後、鬱蒼と茂る店脇の庭先を指さした。シダ植物が熱帯夜に青い香りを放つ。先程ジョジョが棄てたマンゴーの種は既に緑に飲み込まれ、どこにあるか皆目見当がつかない。


「マナオは勝手にもいでくれ。これ、刃物ね」


ロムはオーナーに合掌をして包丁を受け取ると、庭先に出向きマナオを一つもいだ。切り口から青っぽい匂いを鼻の奥に拾ったロムの胸の内は、ツキンと痛む。

人の気も知れず常連客と談笑するダーオの声が遠くに響く。ロムがその声を聴くだけで胸がぎゅっと収縮するのを、当のダーオは知る由もない。


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