有罪判決
敵陣営のクズがノコノコこちらの陣地で仲良く採取作業などしていたので、二人仲良く蜂の巣にしてやりました。
裁判になりました。
「有罪」
大仰な裁判長椅子に、ちみっこい体を収めた幼女が無駄に透きとおった声で告げます。
裁判所は静まり返っていました。
当然です。
まだ、裁判は開廷さえしていないのです。
「冒頭陳述も済んでいませんが!?」
私は叫びました。理不尽には声を上げて抵抗するべきなのです。
「めんどい」
幼女裁判長は一言で切って捨てました。理不尽でした。
そのまま彼女は私を見据えて、溜息を吐きます。
「これでいったい何回目? 今日だけで君の顔、三回くらい見てるけど」
幼女がいかにも辟易したと言いたげな表情を作ります。いくらでも美形に作り込める世界の中において美醜の概念は美の一極化が進み、その象徴とでもいうべき幼女はもはや人の手が作り出したとは思えない程の美貌を湛えていました。
「冤罪です……! 私はやっていません」
それは私も同じでした。私も美少女です。
精一杯の美貌を歪めつつ冤罪であることを訴えるために、隠れながら素早くスポイトで垂らした涙を強調します。
「嘘だ!」
「そうよ! 貴方の顔見たのよ!」
目の前でカップルが喚きたてます。私はさめざめ泣きました。
「あの方たちがぁ……私の領地に居座って……!」
「ふぅん?」
私は証言を変更しました。
この世界は仮想現実で、死んでもまたリスポーンするので、殺人事件でも被害者の証言が有効です。
目撃情報が出てしまったので実はやっていない路線は難しいと感じた私はすぐさまあれは正当な理由があった路線へと舵を切り直しました。
そしてこれに幼女が食いつきます。
ちょろい。
この幼女は疑うより信じるという信念を遥か昔に取得したので、とりあえず人の話は聞くというスタンスを取るのです。
そして私は涙ながらに訴えました。
目の前の二人が私の陣地で採取をしていたこと。その土地は私に所有権があり、採取場は一般公開していないこと。二人が不法侵入をしていたこと。
敵陣営が絶句しました。あまりの正論に、声も出ないようです。
「陣営っていつの時代だよ!」
「もう七派閥も五代王朝もない時代よ」
「そもそも領地ってあそこ公共ダンジョンの」
パララララ、といっそ清々しい音と共に構えたマシンガンが銃弾を吐き、対面の敵陣営を蜂の巣にしました。
被害者と巻き込まれた検事の三人が血を流す肉袋に変わりながら地面に倒れ伏せます。
やがて分解されることでしょう。
「レプカ」
幼女裁判長が名前を告げました。私の名前です。
「現行犯」
現行犯でした。
* * *
有罪判決を受けてしまったために仕方なくダンジョンに出かけています。
何しろ、お金を稼がなければなりません。
有罪を受けて、課された罰は罰金と敵陣営が採取していたアイテムの補填だけでした。
この世界で殺人は案外軽いものです。蘇るからですね。
とはいえ罰金はそれなりの額を計上し、嘘か真か敵陣営の証言では採取場から出るレアドロップアイテムをロストしたと言い張るので、仕方なくそれをマーケットから購入する分が加算されます。
ちっ、敵陣営め。
どうせなら徹底的に殺しておけば、二度と来ないと思わせられたかもしれないのに、中途半端で終わらせてしまったのは無念極まりません。
「いや、その理屈はおかしい」
私の言い分を聞いていたパーティーメンバーの南空が神妙な顔をして首を振りました。
「どう考えてもお前が悪い」
「どう考えてもというのはおかしくないですか? 私の考えでは私は悪くありませんから」
「常識的に考えてお前が悪い」
ゴブリンを切り裂き返り血を浴びながら南空は言います。この女は戦闘狂で、脳内が戦いと血で汚染されている存在なので常識というものが決定的に欠けているのです。
ダンジョンだというのに、普段着であるフリルとレースを欲張ったゴスロリ服に身を包んだ南空が、血に濡れた刀を掲げました。
私達を取り囲んでいたゴブリン達はそれだけで身の危険を感じたのか、我先にとダンジョンの奥へと引っ込んでいきました。
「いつ来ても手ごたえがないな、ここは」
南空は最前線でバチバチやりあっている戦闘狂なので、序盤も序盤のダンジョン如きでは殺害衝動を抑えきれないようでした。
刀を鞘に納めた今も、鯉口を切っては戻して、カチャカチャうるさく周りを威嚇しています。
「その調子で虐殺してください」
「いいのか?」
一も二もなく食いつきました。常識ある人間は虐殺命令に歓喜しません。やっぱり頭がおかしいのでした。
「いつまでも有罪の誹りを受けたままではいられません。ダンジョン踏破報酬で罰金は払えますからね」
「だがレアドロップがあるだろう? あれは取得率が低いし、今でも装備素材に使えるからマーケット値段も高くて、踏破報酬だけじゃ払いきれない。地道に採取するのか?」
「いいえ」
私は前を見据えました。
このダンジョンは洞窟です。薄暗い一本道が続き、途中でいくつか分岐し、やがては一つのボス部屋に辿り着く、あみだくじのような典型的なダンジョンです。
そんな薄暗さに紛れて、私たち以外にもダンジョンに潜り込んでいるプレイヤーがいます。
「周回して踏破報酬を何度か受け取る手段もありますが」
表示されるネームプレートの色は、青。
敵陣営め……。
「目の前に、素材を貯めこんだ袋が落ちています。拾いましょう」
素早くマシンガンを構えて撃ちました。
銃声が洞内に響き、敵陣営を死体へと変えていきます。
モノ言わなくなったそれの懐を漁り、インベントリとなるバッグを取り出して中身を見ます。そこには敵陣営が装備していた武器、防具、消耗品に、集めていた素材たちがあるではありませんか。
まるで宝箱です。
「おお、偶然にも、ぐ・う・ぜ・ん・に・も! 死んでしまったプレイヤーがいらっしゃいます。このまま放っておいてアイテムロストの憂き目にあうのは、プレイヤーとしてもアイテムとしても本懐ではないでしょう。たまたま近くにいた私達が有効活用していかなければ」
全てを私のバッグに移動させました。こんなダンジョンに潜る初心者、それは些末なものですが、しかし所持金に素材売却すれば多少はレアドロップの購入資金にもなることでしょう。
南空はそれを見て、再度顔を強張らせました。
「常識がない」
「宝箱を拾うのはゲームの常識ですよ」
強張らせはしたものの、咎めることはしないようです。
南空はカチャカチャ威嚇していた刀を完全に抜き、その刀身に赤い光を纏わせました。
そして、固くしていた表情にうっすら笑みを浮かべています。
この女は戦闘狂ですが、実力差ゆえ戦闘にならないような虐殺でも楽しめるという、ギリギリの戦闘などなんのその、戦っているという事実で高揚する変態なのでした。
まったく、私に向かって常識がないとはどの口が言うことでしょうか。
「では」
告げます。手を振り上げ、下ろしました。
「虐殺です」
私達は駆けだしました。
その後、洞窟内は血の臭いと銃声と悲鳴が跋扈する阿鼻叫喚の地獄絵図が広がり、それはボス部屋の直前、たまたま初心者パーティーに付き添ってサポートをしていた幼女裁判長に見つかるまで続きました。
「レプカ。南空」
私達を取り押さえた幼女裁判長が、相も変わらず透きとおった声で言います。
「現行犯」
現行犯でした。