31. 居場所の歌
ウィルが言ったこと、リューが言ったこと。
頭の中がごちゃごちゃで何も考えられない。
『信じろ』
誰を。何を。どうやって。
『もう分かっているだろう?』
そんなふうに、クレイなら言うだろうか。
もしもリューの力を受け入れて愛し子になると決めたなら、私の隣にはきっと―――。
リューの風の癒しが身体に吸い込まれ、両腕に広がって紋様が少し薄れていく。
それを見届けたかのようにウィルが歩き出したので、慌てて肩を掴む。
「盟主!……もう下ろしてください。」
「……」
「盟主!」
何の返事もないままドアへと向かうウィル。
精霊にあんなこと言って。
自分にもしものことがあったらどうするの。
どうして自分が消えるだなんて言うの。
―――どうして返事してくれないの。
何故か面白くない気持ちが溢れる。
この気持ち……前にどこかで……。
そう考えていたはずなのに、口が勝手に言葉をこぼしてしまった。
「ウィルのばか」
「……えっ?」
「冷酷人間、極悪人、たらし。」
「ぶふっ!」
耐えきれずアル兄様が吹き出す。
「アル!誰のせいだと……ったく。フィオ、早くそんな言葉忘れろって子供の頃に言っただろう?」
「……。」
「フィオ?」
ようやく私のことを見てくれたウィルに、つい恨み言をこぼしてしまう。
「精霊にあんなこと言うなんて。その気になれば人なんて簡単にこの世から消し去ってしまえるのに。」
「……自分が消えるよりもフィオがいなくなる方が嫌だ。」
「え?」
あまりにまっすぐな言葉に、時が止まった。
「俺はフィオの側にいる。フィオが許してくれる限りずっと。そう約束しただろう?フィオを守りたい。その結果、精霊の加護で国が維持されるならそれでいい。そうじゃないなら、国なんていらないだろ。」
「ウィル!なんてことを」
「いいか、フィオ。愛し子を守るために王が立ち、そこに民が集って国が出来るんだ。国や民が先に在るんじゃない。」
「でも、その愛し子が皆を苦しめた原因の血筋だったら」
「フィーオ?そうじゃない。俺たち民は精霊と愛し子が存在して初めてこの場にいられるんだ。その愛し子をこんなにも傷つけ、自分を損なうような考えを植えつけた……それこそ万死に値する。」
不意にウィルのまとう空気が変わった。
その冷たくビリビリとするオーラに身体が震えてしまう。
「おいウィル!殺気を出すな。フィオを怖がらせる。」
「……っ。すまない。」
アル兄様から言われ慌てたように振る舞うウィル。
ドキドキする心臓を抑えながら、もしかして……という気持ちが芽生える。
『もしかして、私のことで、怒ってくれているの……?』
いつもより近いウィルの目を見て、そう尋ねようとしたその時―――。
「いつまで抱き上げている。」
突然盟主の腕の中から離れ、違う温もりに抱えられる。
顔を上げると父様の顔が見えて更に思考が停止する。
「あ……」
「ジル」
「なんだ、うちの娘だ。連れ帰って何が悪い。」
責めるように名を呼ぶ盟主に、父様は不機嫌そうに言い放つ。
こんな時なのに、昔、一度だけ父様に抱き抱えられた時のことをふと思い出した。
「帰るぞ、フィオナ」
「帰ろう、フィオ」
父様と近寄ってきたアル兄様に、今の名を呼ばれ、勝手に目から涙が流れてくる。
まるで水の精霊が勝手に溢れさせているようだった。
帰る、どこに、私の居場所は。
「でも……私は……」
「余計な気を回して無茶をするなと昔から言っている。馬鹿者が。」
いつもの父上からの叱責が、優しい温もりに変わっていく。
いいのかな、ちょっとだけ、ほんの少しだけ、考えることをやめても。
「……はぁ。仕方ないから今日は譲ろう。宝物が戻ってきたのだから。」
ウィルのちょっと不貞腐れた笑顔を見て、アル兄様の珍しく潤んだ目を見て、アリアナ様の泣き笑いを見て、父様の温もりに包まれて。
そのまま目を閉じた。
悪夢ではない、懐かしい夢を見た気がした。




