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第八話 全てが上手く行くとは限らない。

夕飯の席で竜子に酒を飲まされてしまった獅子雄。

朝になりベッドで目を覚ますとなんと全裸で寝ていた。

それだけではなく、ベッドの中にはもう一人眠っており。

 あああああっ…やっちまった、ついにやっちまった。

 間違いだ!きっと何かの間違いに決まってる!

 だって俺はノーマルのはずだ!男色家になった覚えなんてない!

 でもこの状況は…誰がどう見たって、一夜過ごした後になってる。

 俺と亜紗妃ちゃんが、裸の二人がベッド寝てる…どう考えても否定が出来ない状況。

 問題なのは、俺自身に記憶がないと言うところだ。

 確か酔っ払った竜子さんに絡まれて、無理矢理酒を一気飲みさせられた所までは覚えてる。

 その先の記憶が一切ない…完全に記憶が飛んでる。


「んんっ…お兄さん」


 起きたのかと思い焦ったが、熟睡してくれているようだ。

 しっかりと寝てくれているのなら、静かに移動すればいいのだろうが…俺が壁側か。

 ベッドから起き上がった後は、静かにしたの方へ移動した後に、ゆっくりと降りる。

 一番早いのは亜紗妃ちゃんの上をまたいで行く事が出来れば良いが、きっと目を覚ましてしまうだろう。

 ここは絶対に起こさない様にして、服を着ないと。


「ゆっくりだ…ゆっくりと、物音を立てずに下に移動する。なんでこういう時に限って俺が壁側に寝てんだ?」


 ベッドから出る為に、そっとシーツを捲ると同時に、視界へと男の象徴が写り込んできた。

 過去に一度は見た…夜には飽き果てる程見たのかもしれない物。

 常に自分にも付いてるからあまり見ても嬉しくはないが、そこの部分以外を除けば美少女と一夜を共にしたのと同じか。

 神はなんて無情なんだ。


「お兄さんは…立派です…はい」


 寝言とはいえ、立派と言われるのも凄く嬉しい。

 なんだか嬉しくなってくるな…ヤクザ顔でも、立派と言われると。


「とても…立派なんです…覚醒した時のお○○○は…」


 前言撤回だよ!?

 可愛い寝顔に一気に絶望に落とされたよ!

 もう寝言と夢での発言なのか、リアルで確認しての事なのか分らないんだよ!?

 …まさか、これはドッキリとかじゃないか?

 どこかにカメラとかが仕掛けられていて、あとからドッキリでした!とかやるんじゃないのか?

 俺的にはその方が助かるのだが、俺の部屋にカメラなんて隠せる場所がない。

 机の上も綺麗にしてある、もちろん本棚も綺麗に整頓してる。

 普段から帽子とかも被らないから、タンスの上とかに隠す事も不可能だ。


「おっ、おはようございます…おお、お兄さん」


 振り返るとシーツを被りながら、顔を赤くしている涙目の亜紗妃ちゃんが、こちらを見上げていた。

 起こさないように色々と考え様と思っていたのだが、失敗に終わった。

 つかこの状況がマジでヤバい…窓を突き破って飛び出したい。

 アロワナが水槽から飛び出すように、思いっきりの屋根を突き破りたい。


「昨日は…その…なんて言えばいいんでしょうか。私…始めてだったので…すごく、よかったです」


 もう否定すら出来ないんだけど!

 何一つ覚えてないとか言えない状況なんですけど!?

 ここはひとまず、話を合わせた方がよさそうだ。


「ああー…それはよかった」

「は…はい」


 今までの中で一番気まずい空気なんだけど!?

 何!?やっぱり超えたの!?俺達一線越えちゃったの!?

 明らかに既成事実ありありの部屋の中で、素っ裸の二人っきりてのは、もう全てが証拠です以外ありえない!

 もしこの状態を竜子さんに見られたりしたら、本当にブチ殺される!!


「本当に覚えてますか?昨日はお酒に酔っていたみたいだったんですが」

「覚えてるよ、覚えて…すいません!何も思い出せません!」


 だめだ…罪悪感に耐えられそうにない。

 年下にこうして土下座をする日が早くも来るなんて、ずっと未来の可能性だと思っていた。

 よりにもよって仕事上のミスとかではなく、デリケートna

 問題でこうなってしまったわけだ。

 本当に俺は一夜を過ごしたのか?いまだに信じることが出来ない。

 こうして土下座している間も、体が震えている。

 自分が男相手でも行けたというのが現実なのか、あるいはこれも夢なのかという境目で迷っている証拠だ。


「やっぱり…覚えてないですよね。実際のところ、殆ど何もしてませんでしたから」

「え?何もって…本当に何も?俺達裸で寝てたのに?」


 亜紗妃ちゃんの話によると、酒を飲まされてしまった俺はかなりおかしかったらしく、異常な程にテンションが高かったそうだ。

 日頃の鬱憤が溜っていたのか、酔っ払いながら喧嘩を吹っかけてくる竜子さんを制圧しながら、セクハラ発言等もしたらしい。

 最後には俺が法律がどうとか叫んで、暴れる竜子さんを担ぎ上げたままで、金魚たちに餌をヤリに行ってしまったとのこと。

 もう下に行くことは出来ないな…というか行ったら殺される。


「でも…夜のお兄さんはワイルドで格好良かったです。激しく乱暴に服を脱がされた時は…龍先生の作品で一番好きな展開を体験出来ました」


 しっかりとアウトラインまで行っちゃってるよ。


「残念だったのは…お兄さんが途中で、眠ってしまった事です。押した後に、乱暴に服を脱がして…私に顔を近づけようとした時に、急に倒れ込んだのでびっくりしました」

「ごめん…俺、竜子さんに酒を飲まされた所までしか記憶がなくて。もしかして怪我とかしてない?まさか酒でそんな酔うなんて思ってもみなかったよ」


 ここで気づいたのだが、お互いに服を着ていない。

 出雲の事だから、こういうタイミングで部屋に突撃してくる習性がある。

 というよりは、我が家の女共は皆が似た習性を持つから、悠長にしている暇がない。

 刻々と時間が進む中で確実に、その時は近づいてきている。


「服を…急いで服を着よう」


 額から汗が流れ、その汗が顎から落ちると同時に俺達は服を探し始めた。

 俺の方は新しい服を取り出すだけでいいのだが、亜紗妃ちゃんの方で問題が発生していた。


「パンツがありません!私のパンツが何処にもないんです!」

「何!?どこかそこら辺に…俺の昨日来てた服もないぞ!?」


 よく見てみると、俺達二人の服が全部消えている。

 多分脱ぎ散らかされていたのであろうが、全てが綺麗さっぱりと消え去っている。

 服が全て消えていると言う事は、誰かがこの部屋に侵入したと言う事で間違いない。

 問題は誰がこの部屋に侵入して服を持ち去ったか。

 犯人の目星は大体付いているのだが、我が家には二名ほどいるから難しいところだ。

 候補としては出雲と母の二人。

 まず出雲なら面白がって何処かに隠す可能性は高い。

 対して我が家の母も似た様な事をするから、犯人としての可能性は捨てきれない。

 あの二人なら本当にやる!真面目にやる!


「と、とりあえず適当に服を渡すから着てくれ!」


 困ったぞ…服を探すにしても尋問するのにもかなりのリスクがある。

 もしここで尋問をしに行く相手を間違えた場合には、現在の状況がバレてしまう事になる。

 特に母に知られたとなれば、辺り構わずに言いふらされて、俺は竜子さんに半殺しの上で浴槽たっぷりの人工海水に鎮められるだろう。

 ここはしっかりと考えて…やはり口止めがしやすい出雲から聞いてみるとするか。


「あの…ありがとうございます。ちょっと大きい気もしますが」


 振り返ると俺のTシャツを着た亜紗妃ちゃんが、照れくさそうにベッドでこちらを見上げていた。

 なんだろうか…妙にエロさを感じてしまう。

 確かに渡したTシャツは俺の着ている物だから、どうしても大きさが3Lほどになってしまう。

 それを亜紗妃ちゃんが着ることによって、大きすぎる服に身を包まれた少女にも見えてくる。

 あと首元が大きいから、妙に白い肌によるチラリズムが発生するのも原因だな。


「私達って…あそこまで行ってしまったら、やっぱり恋人として接した方が良いと思いますか?服を脱がされて、体も触られたので…でも、お酒に酔っていたから」


 た、確かに酒に酔っていたが原因なのは本当だ。

 だとしても…そこまでやってしまったのなら、やはり責任を取るべきなのではないだろうか?

 いやしかしだ!相手は男であって…捉え方次第では男子同士の悪ノリというのもあるのかもしれない。

 だけども本人は自分を男と言う認識よりも、女の子としての認識が強いから絶対に傷つけてしまう。

 完全に逃げ場と言う物が存在しなくなってしまった。


「だけど…あれはきっとお酒の力ですよね。お兄さんが私なんか、本気で好きとか思ったりしてくれないと思います」


 後ろの方でネガティブ状態に入ってしまったが、今は後回しだ。

 やはり出雲の所に行って、問い詰めてみるのが先か。


「馬鹿ですよね…私って…性別は男なのに、男の人を好きになるなんて。漫画とかでありえますけど…たかがお酒で酔った人に口説かれて、本気にするなんて…気持ち悪いですよね?私、今日は帰りま」

「いつ誰が気持ち悪いなんて言った?今回の件は全部悪いのは俺だ。酒に酔ったと言っても、相手を傷つける為の免罪符にするつもりなんてない!」


 俺は本当に馬鹿な事をしたと、ここで酷く後悔し始めていた。

 いや…もっと早くに後悔していたのに、後回しにしようなどと最低な事を考えていた。

 二人の保身と考えておきながら、内心は自分の身だけの事を考えていた。

 これなら竜子さんに半殺しにされる方がずっと良い。

 自分のプライドや家族評価以上にまず、大切にしないといけない事を、すっかりと忘れてしまっていた自分が恥ずかしい。


「自分を過小評価し過ぎだ…もっと自身を持ってくれよ。例え酒に酔っていたとしてもだ、俺にそこまでさせる魅力があったってことだけでも、凄い事じゃないか?それに俺は亜紗妃ちゃんが気持ち悪いなんて思った事なんて、一度もないよ」


 俺の口からこんな言葉が出てくるなんて驚きだ。


「本当…ですか?男なのに…こんな女の子みたいな私が…気持ち悪くないんですか?」

「俺みたいな男がやってたら流石に気持ち悪いと思うけどさ、亜紗妃ちゃんは誰が見ても女の子だから違和感がないん」


 最後まで言いきる前に、突然抱きつかれてしまった。

 耳元には静かに声を噛み殺しながら泣いている声が聞こえ、体は声を現すかのように動いていた。

 これが正かったのか、本当に亜紗妃ちゃんの求めた答えだったのかは分らない。

 だけども、俺の言ったことは全てが本心だ。

 掛けてあげられる言葉は全てを掛けたつもりだ。

 本人が落ち着いてくれるまで、俺は何もする事は出来ない。

 頭の中がいまだに動転しているのもあるせいで、これ以上の何かをする事が出来そうにないからだ。

 対して亜紗妃ちゃんの力は少しずつ強くなり、こちら側へと倒れ掛かり始めて来ている。


「重い…あと興奮して頭叩かないで」

「これを見て興奮するなって言う方が無理でしょ?生の男の子でしょ?しかも息子とそういう関係になるとか、超激レア映像だからね」


 扉の方へ視線を向けると、少しだけ開いている。

 隙間から出雲の顔半分があり、その頭の上へ乗っかる形で母の顔があり、またその上にビデオカメラが設置されていた。

 テレビとかで芸人が頭とかに着けているカメラを、いつ何の為に買ったのか知らないが、我が家の三人目の腐女子が判明してしまった。

 そして二人は小声で話しているつもりなのだろうが、こっちまでちゃんと聞こえてくる声量で話してるからな…特に母よ。

 アンタも相当驚いてる状況だろうが、こっちもこっちで複雑と驚愕が混ざってるよ。


「ヤべッ、バレた…あれ?出雲?先に逃げたな馬鹿娘!?」


 よし…あとで二人をどう始末するか考えよう。

 亜紗妃ちゃんの方も今ので落ち着いた様子だしな。


「ごめんなさい…いつも泣いてばかりで…だけど嬉しくて、私嬉しくて…どこか気持ち悪いと思われてるんじゃないかって…ずっと思ってて…それが怖くて」

「大丈夫、周りからすればBL同人誌とかの手伝いをしてる俺の方が断然気持ち悪いから。あと少し部屋で待っててくれるかな?洋服のありかが大体分った気がするんだ」


 俺は真っ先に出雲の部屋へと向かい、枕に顔を埋めて笑いを堪えているのを抱え上げた。

 抵抗されても下ろさずに、一回で出雲と同じ姿勢になりながら、クッションに顔を埋めている母目掛けて出雲を下ろす。

 顔を見上げてくる出雲は青ざめて始めたかことから、俺がどれだけ怒っているのかが伝わったのだろう。

 腰を押さえながらこちらを見上げる母も同様に青ざめていた。

 幸いな事に竜子さんが居なかった事で、無事に説教はなしが出来そうだ。



 俺の十年以上愛用してきたゲームが壊れたので、新しい物を買うことにしたので大型デパートまで来た。

 途中で一度ネットで確認をして高かったので、中古で良いと言ってみるも新品の方が良いと熱弁された…主に出雲がメインで。

 少しでも安くなるなら浮かせた分で新しいソフトを買いたかった。

 しかし出雲に絶対にダメと言われ、亜紗妃ちゃんからも念の為に新品の方が良いと押し切られてしまった。

 予定外すぎる出費がかなり痛いな…今日だけで数万も飛ぶのか。

 一日で数万は以前にイベントで一匹数万の蘭鋳と土佐錦を買った時以来か。


「ねぇねぇ、やっぱり痛いとかあった?どんな気分だったの?白目剥いた?どっちが受けでどっちが攻め?」

「だ、だからしてないってば。お兄さんは直ぐに寝ちゃったし…私も少し安心したら直ぐに寝ちゃって」

「出雲…あんまりしつこいと泣くまで後頭部をどつき回すからなー」



 頭にそっと手を乗せながら言ってみると、一瞬だけビクッと反応するのが面白い。

 やはり朝の説教が相当効いたようだ。

 どつき回すと言ったが、本当にやるわけじゃない。

 親が子どもを叱る時に拳骨を落とす宣言と同じだ。

 家を出ても亜紗妃ちゃんにしつこく質問ばかりしてたからな…結局何もなかったのに疑いを解かれる事はなかった。

 母もまさかの腐女子という事実にも驚かされた上で、今回の洋服紛失事件も二人の共犯だったと言うから驚きだ。

 龍子姉さんのBL同人活動への理解と、俺がバイトとして手伝っている事、出雲も腐女子なのも全て見抜いていたそうだ。

 亜紗妃ちゃんが実は男子と言う事も知っていた。


「じょ、冗談だよ!?本気で聞いてると思った!?でも昨日のお兄ってば凄かったよね!?竜子姉に勝っちゃうんだから!お母さん達もびっくりしてたよ!」

「らしいな…全然覚えてないんだよ。だから出来る事なら竜子さんにはしばらく会いたくない」


 話題を逸らす作戦に出るようだな…やはり効果は絶大か。


「あそこにあるお店ですよ。結構品揃えが良いので、お兄さんの欲しいソフトがあるかもしれません」

「ここって来るの久々だよね?小さい頃に皆でゲーム買いに来た覚えあるよ!お兄と竜子姉で意見分かれて、殴られたんだよね」


 昔そういう事件もあったかもしれないな。

 俺がピンクの吸引ボールのゲームが良くて、竜子さんがヒゲのオヤジのゲームで喧嘩になったんだ。

 結果的に言い合いに発展して、ぶん殴られて何も買わずに帰って来た。

 俺だけ殴られ損という…酷い話だ。


「これにしようよ!あとテレビも一緒に買ってこ!私4Kが良い!」

「俺の財布が餓死するだろ!?今日はゲーム本体とソフトだけだ。それ以外は買わないからな、今月はこれ以上買えない」


 さてと…やっぱり結構な値段してるな。

 一番良いモデルで軽く四万越えで、下のモデルで三万ちょいくらいか。

 今日持ってきている金額は五万程。

 元々は金魚を買うために溜めておいた金だが…娯楽がないのもまたかなり辛い。

 やはりここは安いモデルで良いか。


「待った!なんで安いモデルにしようとしてるの!?普通買うならこの高い方でしょ!?4K対応だよ!?どう考えてもこっちでしょ!?」

「ウチに4Kのテレビなんてないだろ!?どう考えても持てあますだろ!?そんなに欲しいなら自分の小遣いで買いなさい!」

「我が儘言ったらダメだよ出雲ちゃん。あとお兄さんも最後にお母さんみたいになってますよ」


 今回は俺の買い物であって、出雲の買い物じゃない。

 なにより4Kテレビなんて買う余裕もなければ、我が家で使う事なんてあるのか?


「もういい!私自分で買うから!こんな時の為に、ベタで溜めたお金持ってきてたんだよね!遊びたいって言っても、貸してあげないから!あっかんべーのお兄のヤクザ!」


 持ってきてるのかよ…しかも皮製の財布。

 こいつ、いつのまにここまで良い財布を買っていたんだ?

 竜子さんが買い与えた可能性もありえるが、俺がとやかく言うと五月蠅いから何も言わない。

 隣では亜紗妃ちゃんがびっくり顔で財布に釘付けになってる。

 そりゃ本革の財布を見たらびっくりするよな…俺も出雲が持ってる事を初めて知った。

 反応からして学校にまでは持っていっていないと分るから安心だ。


「…ねぇ、提案なんだけど良い?」


 突然真面目な顔になる出雲。

 この場合の出雲は何か企んでいる場合が多い。


「私は思ったんだけど、これって私とお兄で半分ずつ出し合って買えば良くない?そうすればお互いに欲しいゲームが買える上でのウィンウィンだよ?」

「お前がそれで良いなら別に良いが、後から文句とか言い出さないか?」


 二人でしっかりと話あった結果、お互いに半分ずつ出して買うこととなった。

 俺の欲しいゲームは元々が古い物をHD化したものの為に、新品でさえ五千円以下で買うことが出来た。

 対して出雲の方は欲しいソフトが幾つかあったらしく、数本で三万近くも超える金額まで達した。

 合計金額を見て亜紗妃ちゃんがあわあわとしていたのは、見ていて可愛いと思ってしまった俺は、やはりそっち系に目覚めつつあるのかもしれない。


「ついでにテレビも買おうよ!お兄まだ結構余ってるでしょ?私が多く出すから!」

「まだ買うの!?流石に使い過ぎだよ!怒られちゃうよ!?」

「亜紗妃ちゃんの言うとおりだ。帰りの事も考えてみろ、俺が全部運ぶ羽目になるんだ」


 フードコートで休憩をしながら、そんな会話をしていると龍子姉さんから電話が入った。

 内容は主にネタ切れ起きそうだからプリンとカフェオレのストック購入、あと適当にBL小説を二人に選ばせて買ってくるようとのこと。

 今日はもう帰れると思っていたのだが、また予定外の出費が出てくる。

 まぁ龍子姉さんはあとから金は返してくれる上で、手間賃という名目で多めに渡してくれる。


「誰だった?もしかして竜子姉?」

「龍子姉さんからで、買い出しと一緒に二人に任務があるってよ。BL小説を選んで買って来てくれとのことだ」

「それってつまり…私達が龍先生のお手伝いをするって事ですか!?」


 龍子姉さんの手伝いが出来ると言う事で、騒ぎ始める二人。

 そのせいで周りから視線が集まるも、お構いなしにお互いの手を合わせながら飛びはね出した。

 テンションがおかしくなり始めた二人を連れて、早速書店の中へと入った瞬間に、出雲と亜紗妃ちゃんが姿を消した。

 本当に一瞬目を離しただけで、あの二人はどこぞのバトル漫画の様にまるで瞬間移動でもしたのではないかと言いたくなるほどに、綺麗に姿形がない。

 適当に歩き回りながら探してみると、既に一人の腕の中には五冊ほどの本が抱えられている。

 選ぶのが早すぎると思いつつも、憧れの先生から頼られるというのがかなり嬉しかったらしい。

 次々と本を手に取っては棚に戻して、気になる作品は買う予定の品の上へと重ねていく。


「買い込みすぎると帰りが辛くなるからな」

「大丈夫だって。だって私達の選抜で次回作の内容に影響が出るんだよ?しっかりと選ばないとダメじゃん」

「そうです、私達がしっかりと選んで龍先生の信用を得るんです。そしていつか、お兄さんみたいにアシスタントとして雇って貰えるように頑張るんです」


 目が真剣過ぎて、もう話掛けても聞こえてはいなさそうだ。

 持ち帰るのに苦労しそうな量は勘弁してくれよ…ゲーム機だけで結構大変だから。

 明日は学校が休みで助かった。

 こういうときに竜子さんの車とかがあると便利なんだがな。


「お兄!買う本決まったからレジ運ぶの手伝って!」


 見るからに一人だけでも十冊、二人合わせて二十冊ほどあるんだけど?

 完全にあとの事を考えてないよね?本でも二冊とか三冊なら分るけど、一人十冊は流石に多すぎるだろ。

 満面の笑みで本を運んでるけど、一応読むのは龍子姉さんでもあるんだからな?

 いや…龍子姉さんはあくまで買ってくるよう言っていただけで、読むとは言っていなかったな。

 元々漫画とかを読んでる姿は見ていたりはしたが、小説を読んでいる姿はあまり見た事がない。

 もしかすると、新たにネタの参考にするために、小説を読んで展開を探す気なのかもしれないな。


「いや~結構買ったね!これで私達が役に立てたら、凄い名誉じゃん!」

「そうだね~私達もついい龍先生のお手伝いって、まだ信じられない。お兄さんもアシスタントをしてるのも凄いです」

「ただ弟だったからってだけだよ。最初は手伝いって感じだったんだが…今じゃ完全にアシスタントになっちゃったけどな」


 当時は好きな漫画家に憧れて、龍子姉さんに絵の描き方を習い始めたのが切っ掛けだった。

 絵の描き方を学んでいくうちにある提案をされた。

 仕事の手伝いをしてくれたらお小遣いを上げるから、それで漫画を買うと良い。

 あの頃の俺は金魚で頻繁に金が飛んで行き、漫画等を買う余裕もあまりなかった。

 だからこそ凄く嬉しい提案であったから、直ぐに乗っかったのが運の尽き。

 まさかBLの同人誌を描いているとは知らなかった俺は、元気よく頷いた。

 最初は過激な部分などは任されなかったりしたが、年齢が上がる度に緩くなり始め、最後にはベタ塗りやトーン貼りなどを任されるようになった。


「今日は忙しかったから、明日はゆっくりと休もっと」

「出雲…親父達が旅行に行くのって、明日からだぞ?」


 人が少ない電車の中で起る沈黙のあと、笑顔の状態で振り向く我が妹。

 今日が楽しすぎたせいか、明日が両親に旅行へ出る事をすっかりと忘れてしまっていた様子だ。

 笑顔から徐々に目が開き初めて、夕日の光で目元が輝いたと思えば涙が溜り、口元がプルプルと震えている。

 姉の存在を忘れていただけでなく、両親が昨晩話していた事すらも忘れていたか。


「うそぉ!?明日!?明日だっけ!?嘘とか言ってないよね!?ええ明日…私疲れたから店番とかしたくないんだけどぉ。もうマジで最悪…お兄のバカチン、なんで教えんのよ」

「ゲーム買ったんだから良いだろ。一週間の辛抱だから、ちゃんと座ってろ」

「熱帯魚屋さんってやっぱり大変なんですか?私のイメージだと、結構楽しそうな感じなんですが」


 幻想を打ち砕こうと魚の世話から包装、入荷商品の品だしにお客さんへの対応を説明する出雲だったが、亜紗妃ちゃんも結構熱心に聞いている。


「んでね、肉食魚の水槽は危ないから基本的にお兄と竜子姉が担当してるの。私は主に小魚とか分る範囲を説明してしたりとか」

「凄いね!私には多分無理な話だよね。出雲ちゃん、私尊敬するよ!もちろんお兄さんも凄いですよ!」

「難しい程の事でもないよ、あれは単に慣れが必要なだけだからね。俺も最初は戸惑ってかなり怒られたけど、結構直ぐに覚えられたよ」


 家に着くまでの間、店で何をしたりするのかを説明したり、話していると、直ぐに降りる駅へと着いてしまった。

 片手に巨大な紙袋を下げたヤクザと、本でいっぱいになった紙袋を持つ少女二人。

 いつも思うが俺達の光景を見て、周りは何を思うのだろうか。

 親子か、それとも危ない橋を渡っている者か。

 最近の学校では兄妹と言うよりも、似てない親子にしか思えないと言われている。

 変な所では義理の兄妹疑惑すらも持ち上がってるが、俺と出雲はしっかりと血が繋がっているというのに。

 まぁ出雲は何故か上の姉二人に似てるとはよく言われている。

 それが妙に謎なんだよなぁ。


「今回の旅行ってどれくらいだっけ?」

「確かいつもと同じ一週間だったはずだ。だがあの二人の事だからな…急遽伸ばす可能性もあるな」


 両親の旅行内容変更はいつもの事であるが、本当に突然言い出すからな。

 酷い時は半年も旅行に出かけていた事もあった。

 あの時は相当に荒れてたな…特に竜子さんの金髪で特攻服姿で店番とかやったから、お客さんが来ても怖がって直ぐに帰ってしまった前科がある。

 その後もしばらくは店に客があまり来なくなり、更に竜子さんの暴走は拍車を掛けて行った。


「だけどこれって超嬉しいんだけど。ずっとやりたいゲームも買えた上で、龍子姉のお手伝いでしょ?マジ最高!」

「私…興奮してきちゃった。これって夢?やっぱり夢かな!?今からまた龍先生の部屋に行けるんだよね!?」


 行けても部屋の中に入れるかどうかは本人次第だから、あまり期待はしない方が良いと思うが、言っても聞こえてないだろう。


「龍子姉!頼まれてた物買って来たよって死んでる!?」


 机の上でペンタブのペンを持ちながら、硬直している姿を見る限り、完全にガス欠状態だな。

 エネルギー源であるプリンとカフェオレが切れてるせいで、頭がついにオーバーヒートを起こしたということだ。

 この状態に入った時の対処方は一つしかない。

 頭の先に開けたプリンとストローを刺したカフェオレを設置して、ペンの代わりにスプーンを握らせてしばらく様子を見る。


「本当に死んでないよね?全然動かないよ?」

「龍先生が死んだら…私は何を希望にして生きて行けば良いんですか?」


 心配する二人を座らせ、俺は静かに冷蔵庫へ物資を補給する。

 しばらくすると驚く声が聞こえてきたので、復活したようだ。

 最初は俺も驚いたが、数回程で慣れた。


「はぁ~死ぬかと思った。あれ?獅子雄君、帰って来たの?それに出雲ちゃんに亜紗妃ちゃんも」

「びっくりした…本当に死んでるのかと思った」

「よかった…龍先生が生きてました。でも、なんでプリンとカフェオレで復活するんですか?」


 無事に復活出来た事で、とりあえずは一安心と言った所だな。

 つかもう運ぶだけでかなり疲れて来た…明日から店番もしないといけないってのに。


「これ頼まれてた本!二人で好みの物を選んだんだけど良かった?」

「…こんなに?レシートはある?今お金渡すから少し待ってね。えっと暗証番号は…机の中に入れてるんだった」


 金庫からお金を取り出したあとに封筒へ詰め、二人に渡す龍子姉さんはいつ見ても几帳面だと思ってしまう。

 元々は俺が竜子さんにカツアゲされて、その対策で封筒に入れ始めたのが始まりだが。

 封筒に詰めて、それを更に資料アダルト本に挟んで渡す形で現在も行っている。

 そのおかげで竜子さんからは狙われる事がなくなった。


「あとは…そうそう忘れるところだった。獅子雄君からお願いされていた本、在庫があるから二人に渡そうと思ってて」

「うそぉぉぉぉぉ!?これって竜子姉にゲロ吐かれてダメにされたヤツじゃん!?やっぱ作者は違うね!」


 以前酔っ払った竜子さんが出雲の部屋に突撃をして、広げられた同人誌をみてリバースした事件があった。

 その時にかなりの量の同人誌がダメになってしまったが、一応描いている本人に聞いてみた所、在庫が数冊余ってると言う事で譲って貰えるように頼んでいたのを忘れていた。

 無論ただでで譲って貰える訳にもいかず、しばらくは同人誌代がバイト代から引かれる形になった。


「良いんですか!?これって凄く貴重な物じゃ」

「私はファンは大切にしたいから。それに弟と妹のお友達なら、なおさら大切にしないとね」


 嬉しすぎたのか泣き出す亜紗妃ちゃん、と一緒に抱き合って号泣する出雲。

 頼んでおいて正解だったと思う反面でだ…バイト代が減るのはかなり辛いな。

 軽く半分程が消えて行くのが、大体三ヶ月は続くのか。


「獅子雄君…竜子が何か企んでるみたいだから気を付けて。さっきも扉を三回蹴って行ったから」

「やっぱりか…昨日の件でかなり荒れてると思ってたが、そこまで来てるのか」


 頭を抱えながら部屋から出た瞬間に、尻に強い衝撃と激痛が走った。

 犯人は竜子さんで、睨み付けながら踵落としを繰り出してきたので、急いで横に転がりながらリビングへと逃げ込んだ。

 直ぐに戦闘態勢?に入るも、正直竜子さんに勝てる気なんてしない。

 昨日は勝利したとか聞いているが、俺には一切の記憶が無いからどうやったのかもしらない。


「死にさらせやこのクソガキがぁ!!!」


 拳が飛んで来た瞬間に目を瞑ったが、いつまで待っても痛みが来ない。

 恐る恐る目を開けてみると、母によって逆反りエビ固めを決められる竜子さんが、こっちへ手を伸ばしていた。

 戦意喪失している上で、助けを求めているように見える。


「また弟苛めてるのか?あ?何度言えば分る?獅子雄と仲良く出来ないなら、お前の煙草を全部捨てるって言ったよな?明日は旅行に行くんだから心配させる様な事するなとも言ったよな?まだ分んねぇのかこの大馬鹿娘!!」


 それから数時間にも渡る説教と言う名の拷問が続き、動けなくなるまで竜子さんは母に技を掛けられ続けた。

 この間も俺はずっと傍観させられ、和解するまで部屋に帰る事すらさせて貰えなかった。

朝から一騒ぎがあり、家に帰っても休む暇がない獅子雄。

次回、両親不在の中で店番をする事になるが、亜紗妃が店の手伝いをしたいと言い出す。


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