第一話:A Smartphone on the Roadside
深夜の自宅近くの道端、スポット的に街灯のその明かりが届かないポイントに四角く光る小さな窓が見える。
その光景は見慣れてたモノではないが、違和感なくそこに引き寄せられる。
誰かの落としたスマホ。
興味に惹かれてそこに近づく。
◇
「それじゃあ、近藤さん後をよろしくお願いします」
「了解、お疲れさまでした」
同僚はご丁寧に、オレがいるエリア以外の電気を消していった。
パタンと扉が閉まる音の後には、静寂が支配する。
普段は狭くて活気に満ちた事務所は、異様に広く感じた。
「コレ今日中に終わるかな……」
感慨に耽る時間も惜しんで目の前の書類作成に戻る。
『AI禁止』
社内検討にはいくらAIを使っても問題ないが、クライアント提出資料はAIの片鱗も見せられない。
「オレってAIのアシスタントなのか?」と考えるとげんなりする。
それでも深夜を超えての残業も禁止され、ビルの退出記録も厳しくチェックされるので、終電までには帰らなければならない。
「平成時代はテッペン(深夜十二時)から会議とか普通にあったのにな」
一旦まとめ直したデータはサーバにアップして帰路に就く。
東京に勤める独り身は、関東近郊に住むと言っても都外でないと家賃だけで破産する。
ましてや、いい中年が独身だと「世の中の風当たりは冷たい」となってみて初めて気づく。
先日も母親から「同級生のこうちゃんがこの前三人目が生まれたって……」と聞いてもいない地元の同級生がくっついたの離れたのだのゴシップを聞かせてくる。
それは、話題のネタだが、要は『仁、お前はどうなの?良い人いないの?』の変化活用の話なのだ。
社内でも四十代近くになって結婚していないと、出世は出来ないという暗黙の雰囲気が伝わってくる。
こんな時代でも、家庭を持つことが責任感の表れになるという事らしい。
◇
地元の駅からさらに徒歩で十五分。
遠い……。五月も半ばだと十分暑い。
いつからだか、夜道の街灯も暗くなり、歩き慣れていないと足元に不安が出るくらいである。
終電で地元に着けば時計は日付を跨っている。
繁華街から外れた住宅街は静かだ。
いつもの通り道。少しばかり傾斜の付いた登りの団地の入り口と県道の境の三叉路。
ここは何故か特にピンポイントで暗い。
道を跨ぐドブの蓋も経年劣化でガタついていて危ない。
なので、ここを通る時はスマホの画面も消して目を凝らして通る様にする。
その暗がりの中心に明るく四角い窓が光っていた。
「?」
最初は意味が分からず、漆黒の闇の中心で光る四角い窓をぼーっと見てしまった。
そこに近づきながら、そのサイズがいわゆるスマホ画面だと気づけば「落とし物」だと気づく。
スマホはその持ち主の人生を記録していると考えれば、銀行の通帳や戸籍謄本を失くしたのと同じくらい危険が伴うし、その重要情報を赤の他人に渡すことは確か映画にもなったと思うが、プライベートを乗っ取られる恐怖がある。
だから逆に、他人のスマホがこうして道端に落ちていたとして、軽々しく拾ってはいけないものな気がするし、かといって放置してそれこそ犯罪者の手に渡ったら、持ち主は大変困るだろう。
この帰路の途中の暗闇に突然現れた「ありそうでなさそうな非現実」に自分が酷く動揺している。
「無視して通り過ぎる」
「拾って警察に届ける」
「とりあえずここだと車が通れば踏みつぶされる可能性があるから端に避ける」
「興味本位でとりあえず手に取る」
犯罪者が使ういわゆる飛ばし携帯……みたいな問題に巻き込まれるのも、嫌だなとは想像せず、若い女性がうっかり落として困っていて、届けたお礼にいい感じに……とか都合の良い想像を膨らませてしまう。
結局「何はともあれ拾う」という選択をしてしまった。




