逃亡劇(三)
俺はシュリスに背負われて、マーシュの家に向かうことになった。
「イリアム公爵家の嫡男です」
「公爵家とも交友関係があったんだね」
彼は微笑みながら、イリアム家へと足を進める。
動いているためか体温が上がり、心臓の鼓動が速くなるのを感じる。
背負われて密着した背中越しにそう感じて、顔が赤くなっていく。
「ユウラ様、大丈夫?」
「う、うん」
シュリスの首元に、顔を乗せるとユウリの状況が目に飛び込んできた。
身体の弱いユウリが走っているわけないとは思っていたけど……。
「ソフィ、ユウリは重くない?」
「軽いですよ」
軽々とユウリをおぶるソフィに、目が飛び出そうなほど驚いた。
ドキドキと鳴っていた鼓動は、違うものに変わっている。
「ユウラ様、ソフィは見た目以上に力持ちだよ」
補足説明するように、シュリスが話してくれた。
「そうなんだな。ギャップがすごい」
「それより、イリアム公爵邸につきましたよ」
目の前に視線を移せば、うちよりも立派な邸が目に飛び込んできた。
シュリスに下ろしてもらい、門番に話しかける。
「突然の訪問ですみません。俺はユウラ・アイジェントです。今日はその――」
用件を話そうとした時、門番が俺と少し離れておぶられていたユウリに愕然とした。
「誘拐、殺人犯……」
絶句したようで、白目を剥いて倒れてしまう。こんなに貧弱な門番で大丈夫なのか?
よそのうちだが、心配で彼に呼びかけを続ける。
「この声は聞こえているか? 呼吸は……できているな」
一通り、確認したが彼の顔色がどんどん悪くなってしまう。邸に運び入れたいが、マーシュの許可を取ってない。
それに、突然の訪問も無作法だ。これ以上は、貴族としてやってはいけない。
頭の中がぐるぐる回り、考えがまとまらない。
「わたしが治療します」
ソフィが俺たちをかきわけて、門番に治癒をかけ始めてくれた。
助かるよな。
ユウリが倒れてしまったのを見ているせいか。震えが止まらなかった。
「そこで何をしているの?」
ふいに後ろから話しかけられた。
「マーシュさま……」
彼の手には、お菓子の材料があり、買い物から帰ってきた様子だった。
「門番が倒れてしまって、今は治療中です」
簡潔に答えたが、マーシュはより目を見開いた。
「ユウラって、今誘拐されて殺害されている可能性があるって聞いたんだけど?」
「それは、嘘です。この通り、まだ体調が優れないですが元気ですよ」
彼は俺の身体を隅々まで確認したうえで、後ろに控えていた侍従に門番を任せた。
俺たちの方は、マーシュに案内されて応接室に来た。上質な革のソファに座ると、どっと疲れが押し寄せて、背もたれに体重を預ける。
「それで、何があったの?」
マーシュは手作りお菓子を机に置いて、侍女が紅茶を人数分おいてくれた。俺は一口、紅茶を含んで身体が温まるのを感じてから話し出した。
「元はといえば俺のせいなんだ――」
マーシュと別れた後、ユウリの魔力詰まりを直すきっかけとして血流がよくなる薬草を食べさせてしまったこと。それによって、ユウリは大量に吐血、父様と兄様からユウリを守るために仮面パーティーに出席したこと。
身体狙いの変態貴族から助けてもらい、シュリスの家にお世話になっていたことなど、さっきまで現実に起きていたことを話した。
「シュリスだったよね。ユウラを助けてくれてありがとう」
「いえいえ」
お互い目が笑っていない。
「事情はわかったよ。とりあえず、ユウリとシュリスとソフィは一人ずつ部屋を用意しよう」
その言葉に、シュリスの表情が真顔になる。
「ユウラは?」
敬称なしで呼ばれたのは、初めてかもしれない。俺は一人、心臓をバクバクさせる。
「危ない目に遭ったんだ。僕の部屋で匿うよ」
「はぁ⁉ 許すわけないだろっ‼」




