42話
面目を潰されたカンオンは苛立っていた。
燕は北部を秦に荒らされたため、洛陽を明け渡すことができなくなったと言ってきた。
―――さっさと遷都していれば、秦に荒らされることはなかったのだ。
燕の優柔不断な態度が招いた結果だ。
カンオンは、東晋は燕に対して強気で出るべきだと思い、丞相のシャアンに出兵の進言をしに首都建康へ赴いた。東晋の王はお飾りであり、実権はシャアンが握っている。
「もともとヒョウなど信用に足りん人物だ」
シャアンは苦々しく言った。
「それに今は西の涼との争いが続いている。燕に兵を出せても五万が限界だ。それともカンオン将軍は、五万で燕を打ち砕く策をお持ちなのか」
カンオンはシャアンの言葉に言い返す。
「北府の軍を使えば対抗できるだろう」
北府の軍とは、北から流れてきた難民や騎馬遊牧民で構成される軍である。
シャアンと、弟のシャゲンが率いており、少数精鋭の東晋最強の軍であった。
「北府の軍は建康防衛のための軍だ。遠征させることはできない」
シャアンの言葉に、カンオンは引き下がるしかなかった。
だが、秦軍が洛陽に向かっている――しかもフケンによる親征という知らせが入り、状況は一変した。
秦に洛陽を横取りされてはならない。
「カンオン将軍、洛陽に向けて出撃してくれ」
シャアンの命が下された。
カンオンは五万の兵を率い、洛陽へと進発した。
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フケン親征の知らせは、燕を震撼させた。
フケンは大将軍トウキョウ、ジョセイ、そして秦に降ったエイゲツといった将軍を従え、十万の軍で侵攻してきた。別働隊としてモクラン三万が動いている。これは鄴からの援軍を止めるためであろう。
「本気で取りにきたか……急ぎ揚州のボヨウスイに知らせよ」
ヒョウはボヨウスイに出陣を促す勅使を送ると同時に、カクに防衛の準備をさせた。
カクは三万を率いていたが、先の戦で無理やり徴兵した二十万の中から、使えそうな三万を正規軍に仕立てていた。合わせて六万である。
ボヨウスイが来なければ、勝負にならなかった。
急遽、徴兵の触れが出された。
だが――「増税禿げ頭」の言うことなど聞けるかと、多くの民は徴兵に乗り気ではなく、士気は低かった。
「ボヨウスイめ……勝手に揚州に引き上げおって……この戦が終わったら、目にもの見せてくれる」
カクは三万を率い、洛陽の外に展開した。
洛陽は政治の拠点であり、並の城よりは堅牢である。しかし、鄴といった軍事拠点と比べると守りは弱く、隙があった。
カクは守りを補強するため、出城を築いた。
土の魔法による防壁ではなく、簡易的なものではあるが、前面が窪地となっており、攻めるのは容易ではなかった。
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「目障りだ。破壊せよ」
秦軍は洛陽郊外に到着した。
出城の存在に気づくと、フケンはトウキョウに破壊を命じた。
トウキョウは歩兵三万を率い、出城に近づく。
「これは面倒な場所に建っているな……」
遠目では分からない、巧妙に地形を利用した構えであった。
トウキョウはゆっくりと軍を前進させ、息を整え魔力を練り上げた。
弓矢の射程に入るや否や、いきなり火の龍の魔法を放つ。
カクは初手で大技が来ることを想定していた。
すでに魔力を練り上げており、出城の前に水の壁を展開する。
火の龍は水壁にぶつかり、轟音とともに水蒸気が立ち昇った。
互角であった。
「やりおるわ……だが、いつまで持つかな」
トウキョウはすぐに二発目を放つ。
再び爆音。
三発目。
「くそ! 化け物め!」
カクは毒づきながらも魔力を振り絞り、水壁を展開する。
三発目も凌いだ。
「馬鹿な……カクも化け物の類か……」
トウキョウは魔力が尽き、攻撃を中断して後退した。
カクもまた魔力が尽きていた。
トウキョウが下がるのを見て、カクはハクエンに追撃を命じる。
ハクエンは騎馬三千を率いて追撃した。そのうち二百騎は魔道具を装備している。
下がるトウキョウ軍の後尾に取りつき、水弾を発射した。
何百という水弾が降り注ぎ、秦軍は倒れていく。
ハクエンは魔道具兵を下げ、騎馬で突撃した。
だが、その瞬間――秦軍の後尾が左右に割れた。
「しまった!」
地面に張られた縄。
停止命令が飛ぶが、勢いを殺しきれない騎馬が縄にかかり、投げ出される。そこに歩兵の槍が突き刺さった。
ハクエンは単純な罠にかかったことを悔やみ、引き上げた。
最初のぶつかり合いは、秦と燕双方に数百の被害を出して終わった。
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「カクという将軍は、なかなか侮れぬな」
フケンは感心して言った。
「早めに仕留めねば、厄介になりますぞ」
トウキョウが応じる。
出城攻略の軍議を開いている最中、物見から報告が入った。
――ボヨウスイが洛陽へ向かって進軍中。
――さらに、東晋軍も洛陽に接近中。
秦、燕、東晋。
三国の睨み合いが、ここに始まった。




