127話
泰山に立て籠もるダンキは、肉が焼ける匂いが立ち込めていることに気づき目を覚ました。真っ黒い炎が立ち上り朝日を遮っていた。
「あれは味方の兵たちだ......」
「遺体が焼かれているぞ!なんてことだ!」
南燕軍は騒然となった。魏軍が遺体を積み上げ焼いている。
「なんて所業だ!許すことは出来ない!」
「魏に天罰を!」
太平道の信者で構成される南燕軍は、ダンキに出撃の許可を求めた。太平道は道教系であり土葬するのが普通である。今はやりの仏教のように火葬されるのは屈辱以外の何物でもなかった。
「あれは挑発だ。軽々しく乗るわけにはいかない」
ダンキは止めたが、兵たちは非難するように見てきた。
「異教徒の暴虐を許すのですか!」
「将軍はあれを見て何とも思わないのですか!」
ダンキもビャクレンから口移しに咀嚼した生米を与えられている。太平道の信者であるのだ。内心、怒りがこみ上げてきたが、明らかな挑発である。山を下り野戦となったら、長年戦を続けてきた魏の方に一日の長がある。
「ケイ!いったい何をしているの!?」
ハクエンはケイが命じてやらせていることに驚いた。敵の兵の遺体を積み上げて焼いているのだ。遺体を焼くという行為は聞いたことがなかった。土に葬るのが習わしなのだ。ハクエンにはケイがとても非道な事をしていると感じた。
「仏教というものを知っているだろ。彼らは人が死んだら火葬するのだよ」
ハクエンはケイの説明に目を見開いた。確かにこのところ西の方から仏教が伝わってきており、盛楽にも寺院が建てられている。だが、ケイ自身が仏教を信じているとも、その教義について口にしているのも聞いたことが無かった。
「なるほど......太平道を刺激しているのね......」
「そうだ。驚かせてすまなかった。遺体を焼くのは何も非道なことをしているわけではない」
ダンキにはもう兵たちを制止することが出来なかった。兵たちは怒りに駆られ勝手に出撃していった。1人が飛び出し、それに釣られる形で続々と山を下り飛び出していく。
陣形も隊列もなかった。統制なく飛び出してきた南燕の兵たちを、魏軍は冷静に狩っていった。
「戻れ!冷静になれ!飛び出しては魏の餌食になるだけだ!」
だが、兵たちは止まらない。屍が累々と重なっていくだけであった。
「やむを得ない!全軍出撃する」
ダンキは全軍に下山を命じた。太鼓の音に兵たちは我に返り従った。山の麓に隊列を組んで展開していく。
「出てきたぞ。合図を」
ケイが旗を振らせると、サクの軽騎兵1万が南燕軍の横腹を突くように現れた。視界は煙で遮られている。ダンキは横からの突撃に対処が遅れた。
「一斉掃射!」
サクの号令と共に軽騎兵は一斉に騎射した。南燕軍が崩れかかる。
「いまだ!全軍突撃!」
ケイはそれを見て突撃を命じた。ハクエンの騎兵が南燕軍に襲い掛かる。ダンキの判断は早かった。もとから釣り出されたのは分かっている。ハクエンが突撃してくるのを見ると早々と山の方へ退却を始めた。
「逃がすな!」
ケイが自ら騎兵を率い突撃を開始する。木魔法の俊足を使う。かつてのモクラン軍のように風のように戦場を駆けた。ハクエンの騎馬隊を抜き去り、退却しようとしているダンキの軍を立ち割った。
「早く山へ!」
ダンキが声を枯らす。だが既に山道にもケイの軍が入りこみ乱戦になった。
「広固へ!全軍退却だ!」
ダンキは殿となり踏ん張る。味方の兵を逃がす為に、砦を頼りに魏軍に迎え撃った。砦の中から矢が放たれ、魏軍の脚が止まった。ケイは騎兵を下げ、歩兵と前後入れ替える。そして火の矢を砦に打ち込む。
「これを使うのも久しぶりだな」
火の矢はケイが最初に覚えた魔法だ。初陣に時から様々な場面で火の矢を使い戦局を変えてきている。ケイの火の矢は以前よりも大きかった。その形は虎に似ている。
「これはまさかボヨウスイ様の......」
ダンキは長年トクに従軍してきた。かつての燕の英雄ボヨウスイの火の虎も見たことがある。ケイはそのボヨウスイを討った人物だ。その力はボヨウスイを上回っているのかとダンキは思った。迫ってくる火の虎に対して立ちすくむ。ダンキは砦と共に火に包まれ消え去るのであった。
泰山を超えた。広固へはあと僅かであった。だが、山を抜けた先の光景にケイは驚愕した。
広固を守るようにもの凄い数の兵たちが平地を埋め尽くしていたのだ。その数は50万を超えるであろう。全員が頭に黄色い頭巾を付けている。
「信者たちに武器を持たせたのか......」
兵として質は伴ってなさそうであったが、黄色い巨大な塊に、ケイもハクエンも圧倒された。
「アシャが伝えてきたのはこれだったのか......」
魏軍10万が陣形を整える。この50万の中に正規軍が潜んでいるはずだ。ケイは慎重になり、すぐには攻撃を仕掛けなかった。斥候を出し、どこに精鋭がいるか観察させる。サクも5百の偵察隊で平地を駆け探りを入れている。ケイは黄色い人の海を見続けた。
その頃、アシャは広固に居た。50万を超える信者が集まっている。アシャは信者に紛れ潜入を果たした。新しい信者を受け入れる儀式の列にアシャは並ぶ。
教祖ビャクレンが生米を咀嚼し口移しに与える。多くの者がそこで終わり信者として認められるのであるが、中には奥に通される者もいる。その者たちは屈強そうな体躯の持ち主であったり、裕福な商人であったりする。何か他と人間と違うものがあれば奥に通され、次の面談に進むようであった。
アシャの番がくる。
「これが教祖ビャクレンか......」
女のアシャにとってもビャクレンには何か妖しい魅力を感じてしまう。その吸い寄せるような目に耐えた。ビャクレンはアシャの西域人特有の外見に軽く驚いたようだ。スッと眉を上げる。すぐに元の表情に戻り、アシャに口づけた。咀嚼された生米が口に入り込んでくる。
全く不思議な感覚であった。端から見ると面妖に感じていたが、実際にやられると何か脳が蕩けるような感覚に陥ってしまう。アシャは自分の顔がほのかに赤くなるのが分かった。
「どうぞ奥の方へ。あなたからは何か不思議な力を感じます」
どうやらアシャはビャクレンの目に留まったようだ。ビャクレンの側近に導かれるように奥の部屋に入っていった。
その瞬間。部屋の扉が閉まり、外から鍵を掛けられる音が聞こえた。アシャはハッとした。部屋の中は薄暗く、燭台の灯りだけが頼りであった。甘い香の匂いが立ち込めている。
やがて誰かが部屋に入ってくる気配がする。一人ではない。複数の気配だ。
「どうやらわたしは特別対応のようね......」
アシャの目の前にいたのはビャクレン本人と、そしてトクであった。




