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アーシェル・ブルー  作者: ニート
第8章

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第2話 記憶の欠片の連鎖と笑顔

サリヴァンが道筋をつけたことで、この街で生きる術を得た。パンを分け合い、次に宿を探すため、旅館へ向かった。


旅館の主人は、パン屋の老婦人よりも厳格な顔つきをしていたが、リィアは落ち着いた声で、自身が風の精霊種であること、そして見た目は人間と変わらなくとも、風や空と一体となる瞬間の”体験”を語り始めた。


「空の果てで”色を失った光”を見たことがあるの。それは、とても冷たい色で、世界にある全ての音が吸い込まれてしまうような静けさだったわ」


リィアが語ったのは、悠たちが知るような”冒険”の話ではない。”精霊種だけが知る、世界の境界線”の風景だ。


「その光を見たとき、私は”自分”という小さな存在が、この広大な世界の中でどれほど愛され、守られているのかを実感した。ただ、”大きな感謝”だけがあったの」


旅館の主人は腕を組み、微動だにしなかったが、語り終えたリィアの表情は、風のように清らかだった。


やがて、主人は静かに目を閉じ、そして開けたとき、初めて主人の顔に”微かな笑み”が浮かんだ。


主人は、”天秤”に”1泊分の宿泊料(約5枚分の記憶の欠片)”を置き、リィアの”物語”の重さを計った。


カチャリ、と今度は少し明確な音がして、”天秤”は再び”物語”の側に傾いた。


「6枚分の”価値”があります。1枚分はおつりです。1 日は滞在できるでしょう。その”物語”は、俺たちが日常で忘れてしまう”世界の広さ”を思い出させてくれた」


宿を得て一息ついた夜、悠は一人で港を歩いた。街の人々は早くに眠りにつき、静けさが港を包んでいた。


悠にとっての”価値”とは、故郷の家族との時間、仲間たちとの”絆”だったが、この街で求められているのは、それとは違う、もっと”純粋な心の動き”だった。


翌朝、ノアが市場で使うための”記憶の欠片”を増やすことを提案し。彼は、自分のパン職人見習い時代の話を語ることにした。


ノアが選んだのは、パン作りの成功談ではなく、”初めて完璧に失敗したパン”の物語だった。


「師匠に言われた通りの工程を踏んだのに、なぜか生地が膨らまず、石みたいに硬くなってしまったんです。悔しくて泣いてたら、師匠が言いました。『お前は失敗したんじゃない。”正しい手順で、失敗に至る方法”を学んだんだ』って」


ノアは、その”失敗”を通して、パン作りの奥深さ、そして”努力の価値”を知った瞬間を、熱心に語った。


素朴な雑貨屋の若い女性は、静かに聞き入っていたが、ノアが語り終えると、ふっと表情を緩めた。


「『正しい手順で、失敗に至る方法』……なんて、”前向きな絶望”でしょう」女性は笑った。「私たちは毎日を穏やかに暮らしていますが、その分、何かを熱心に”追い求める事を”を忘れていました。4枚分の”価値”があります。さあ、これをおつりとして」


満足そうにノアは”記憶の欠片”を受け取った。この街の住民たちに、”静かだが確かな笑顔”をもたらしていた。


悠が最後に残った。最も”価値ある記憶の欠片”は何だろうか?


その夜、宿の食堂で、悠は一人で座っていると。宿の主人が彼に声をかけた。


「客人が語らないのは、この街で”最も価値ある物語”を持っているからか、それとも、”何も持っていない”からか?」


「この街は、時が止まった場所。しかし、時が止まるとは、”新しい物語”が生まれないということ。私たちは、あなた達の”物語”を糧にして、”生きた感情のエネルギー”を得て、街を維持している」


「でも、僕に何ができる?」


「君がこの街で得た、”癒やし”の感覚を、ここで置いていくといい。君の存在が、この街に”新しい視点”という”記憶の欠片”を残すだろう」


悠は、この街での数日間を振り返った。ノアの失敗から得た”希望”、リィアの清らかな”感謝”、サリヴァンの静かな”歓び”。そして、街の人々の”穏やかな笑顔”。


悠は立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。


悠は、日本で感じていた”疎外感”と、常に”仕事”に身を置くことによる”精神的な疲弊”を語った。それは、この街では誰も経験しないであろう、”切実な心の飢え”だった。


「僕の”記憶の欠片”は、”孤独からの解放”です」


この港町で、”ただの体験”によって受け入れられ、金銭や地位に関係なく、歓迎され、心が満たされていく感覚。


「この街の”優しさ”は、僕にとって、最も深い”安堵”を与えてくれました」


語り終えた悠の瞳は、まるで洗われたかのように澄んでいた。宿の主人は、深く頷いた。彼の顔には、これまでで最も”深く、温かい笑顔”が浮かんでいた。


「10枚分の”価値”があります。これは、この街が必要としている”新しい時代の安らぎ”です。ありがとう、旅人よ」


翌朝、一行はシーウィンド号に乗船した。食料と水は、彼らが街に残した”物語の価値”によって十分に満たされていた。


シロが「ピィ!」と鳴き、船は静かに港を離れた。


「街の人たちが、みんな手を振っているよ」リィアが振り返って言った。


悠も振り返った。住民たちの顔には、”安堵と満たされた感情”が滲み出ており、この数日の間で受けた”癒やし”の大きさを物語っていた。


ノアは1枚残った”記憶の欠片”を手のひらで転がしながら、呟いた。

「僕たちの”物語”が、誰かを笑顔にできるって、すごいことなんだね」


サリヴァンは穏やかな顔で答えた。「そうだな。”価値”とは、”金や銀”ではない。”誰かの心を動かし、その人生に意味を与えるもの”だ」


数時間後、船は見慣れた青い海原に出ていた。


船倉でアイリスが静かに報告した。 「船体の錆が消え、船室の軋みが全て修復されています。航海の疲れも全て取り払われています。どうやら、彼らに”癒やし”を、私たちも与えられたようです」


悠は、胸の奥に残る温かさを感じていた。それは、彼がこの街に残してきたはずの”記憶の欠片”の一部であり、”自分という存在の価値”を再認識した確かな証だった。


穏やかな波音だけが響く中、シーウィンド号は、新たな旅路へと静かに船を進めた。

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