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アーシェル・ブルー  作者: ニート主夫
第6章

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第1話 赤鮫団、風に負ける

「ふぅ……なんとか撒いたか?」


 悠が額の汗を拭うと、アイリスがハンカチを差し出した。

 彼女はキョトンとした顔で、水平線の彼方へ消えた船の方角を見つめている。


「非合理的です。彼らの船のスペックでは、追跡に要する燃料とリソースが、期待値を上回っています。なぜ執拗に?」


「それが……あのバルゴって男の性格なんだろうな」


 悠が苦笑交じりに答えた、その時だった。


「がーっはっはっは! 甘い! 甘すぎて虫歯になりそうだぜェ!」


 風に乗って、聞き覚えのある野太い声が響く。

 まさかと思い振り返ると、岩陰の海流に乗って先回りしていた赤い船が、あろうことか横っ腹から並走してきたのだ。


「なっ、ショートカットしやがった!?」

「げぇっ! しつこい男は嫌われるぞー!」


 ノアが叫び、サリヴァンが舌打ちして舵を切る。

 バルゴは自船のへりに仁王立ちし、ビシッと指を突きつけた。


「しつこい? ノンノン! 飽くなき探究心と言いたまえ! 我々は海賊のような野蛮人ではない! 由緒正しきトレジャーハンター、赤鮫団だッ!」


「やってることは山賊と変わんないじゃない!」


 リィアのツッコミに、バルゴは大げさに胸を押さえてよろめく。


「ぐはっ! 心外な! オレ様はただ、その導きの鍵を博物館に寄贈する前に、ちょっと個人的に愛でたいだけ……って、おい野郎ども! 船が離れてるぞ! もっと寄せろ!」


 バルゴの号令で、部下たちがドタバタとオールを漕ぎ、無理やり幅寄せしてくる。


「船長! 近すぎます! ぶつかりますって!」

「ええい、細かいことは気にするな! 男は度胸だ!」


 グイグイと迫る船体に、悠が焦りの色を見せる。《潮風タイド()(ハンド)》で吹き飛ばすわけにもいかないし、どうすれば――。


「……悠様」


 その時、アイリスが冷静な声で呼んだ。

 彼女の瞳の奥で、青い光がカチカチと計算音を立てている。


「現在、南南西より気まぐれな突風ガストが接近中。到達まであと5秒。……右舷後方の帆を畳み、左へ15度、急旋回してください」


「えっ、このタイミングで!?」


「信じてください。私が風を読みます」


 その瞳には、確信があった。

 悠は頷き、サリヴァンへと叫ぶ。


「サリヴァンさん、左へ急旋回! 今だ!」


「おうよッ!」


 老練な操舵手が面舵を切り、船がぐらりと傾く。

 直後、アイリスが予言した通りの強烈な突風が、海面を叩きつけた。


 ヒュオオオオオッ!


 悠たちの船は、その風を背中で受け流すようにスルスルと加速して抜けていく。

 だが、無理な幅寄せをしていたバルゴの船はそうはいかない。


「ぬおっ!? 風が変わっ――うわあぁぁぁ!?」


 横っ腹に風をまともに受けた赤鮫号は、バランスを崩して盛大に傾いた。

 甲板ではバルゴがツルッと足を滑らせ、樽の上を転がりながら部下たちとボウリングのピンのように重なっていく。


「て、店長ーッ! じゃなかった船長ーッ! あ、あみあみー!」


 さらに不運なことに、船から飛び出した鉤縄用のネットが風に煽られて戻ってきてしまい、バルゴたちを一網打尽に絡め取ってしまった。


「な、なんだこりゃあ! ほどけねぇ! 誰かオレをこの魚網から出せェ!」

「船長、これ自分たちが投げたやつですぅ~!」


 海の上でクルクルと回転を始める船の上で、団子状態になった男たちがわめいている。


「……計算通りです」


 アイリスが小さくVサインを作った。

 そのあまりに鮮やかな自滅劇に、悠たちは顔を見合わせ、吹き出した。


「ははっ、すごいなアイリス! 何も使わずに撃退しちゃうなんて」

「環境利用闘法ってやつか。やるじゃねぇか、嬢ちゃん」


「はい。皆様の航海を照らすのが私の役目ですから。……障害物の排除も、平和的に行いました」


 少し得意げに胸を張るアイリスに、リィアとノアが「かっこいい~!」と抱きついた。


「覚えてろよーッ! この借りはいつか必ず、利子をつけて請求してやるからなァーッ!」


 遠ざかるバルゴの捨て台詞は、どこか楽しげにも聞こえ、波の音に消えていった。


 騒がしくも愉快なトラブルを抜けた先。

 太陽が傾き、空と海の色が深く濃くなっていく頃、サリヴァンがタバコを咥え直して言った。


「見えてきたぞ。あれが目的地じゃ」


 前方、夕闇と混ざり合う水平線に、巨大な影が浮かび上がる。


「西方――《群青の島 (アウル=グレイヴ)》。」


 悠がその名を呟く。

 近づくにつれ、その特異な姿が明らかになってきた。


 深い青と緑が混ざり合い、山岳と森に覆われた巨大な島影。

 その山腹にへばりつくようにして、石造りの古城と、無数の風車が回る街並みが見える。


「この島には古城と魔導の街 《アストリア》がある。学問と魔法の中心で、“風晶文明”の研究が今も続けられているの」


 リィアが手すりに身を乗り出し、目を輝かせて解説する。


「へぇ、学者たちの街か……俺には場違いかも」悠が苦笑する。

「でも、風晶文明ってカルナスの塔とも関係あるんだろ?」


「ええ。アストリアでは“風の記憶”を解き明かそうとしている。風はただ吹くものではなく、世界の記憶そのものだから」


 その言葉に、アイリスが反応した。


「風の、記憶……。私の回路メモリにない知識です。非常に興味深いですね」


「ああ。それにほら、見てみろよ」


 悠が指差す先、街の至る所に設置されたクリスタルが、夕暮れの風を受けて淡い光を放ち始めていた。

 まるで星空が地上に降りてきたような幻想的な光景に、船上の全員が息を呑む。


「わぁ……! 綺麗! ねえシロ、あそこでどんな美味しいものが待ってるかな!」

「ピィーッ!」

 ノアとシロは既に食欲全開だが、その瞳も新しい島への期待に輝いている。


「風の導き、か。……悪くない航路だ」


 サリヴァンが舵を切り、船は《群青の島》の港へと舳先を向けた。

 冒険の匂いと、新しい謎の予感を乗せて。


「さあ、行こう。アストリアへ!」


 悠の号令と共に、船は光溢れる港へと滑り込んでいった。

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