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アーシェル・ブルー  作者: ニート主夫
第6章

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第2話 風鳴りの導き

「よし、もやいは完璧だ。機関の熱も冷めたし、ワシも降りるとするか」


 港に船を停めたサリヴァンが、タラップを降りてくる。

 悠、アイリス、リィア、ノア、頭上のシロ、そしてサリヴァンの全員が、石畳の桟橋へと降り立った。


 足を踏み入れた《アストリア》の街は、想像以上に幻想的だった。


 街全体が、なだらかな坂道と階段で構成されている。特徴的なのは、建物の屋根や路地に設置された無数の大小様々な風車だ。それらは風を受けて回るだけでなく、歯車を介して街灯を点灯させたり、噴水の水を汲み上げたりしているらしい。


 そして何より、耳に届く「音」が心地よかった。

 風が吹くたび、街のあちこちに吊るされたクリスタル製の風鈴やパイプ状のオブジェが、カラン、コロン、フォォ……と、まるで即興の演奏会のように柔らかな和音を奏でているのだ。


「“風鳴りの建築”っていうの。この街の人は、風の強さや向きを音で聞き分けて生活しているらしいわ。素敵でしょう?」


 リィアが得意げにガイド役を買って出る。

 サリヴァンも口髭を撫でながら、興味深そうに周囲を見回した。


「ほう、なるほど。風車の動力伝達も見事なもんじゃ。無駄がない」


「ええ。この技術は古代の――って、あれ? 悠?」


 リィアがキョトンとして瞬きをする。

 アイリスもノアもサリヴァンもいる。だが、一番近くで相槌を打っていたはずの悠の姿が、どこにもない。


「やれやれ、坊主はどこへ行った?」


 サリヴァンが呆れたように肩をすくめると、ノアがビシッと通りを指差した。


「あーっ! あそこ! 悠さんあんなところに!」


 ノアが指差した先、大通りの人混みを外れた路地の入り口に、悠がフラフラと吸い寄せられるように立っていた。


「もうっ! 私がせっかく説明してるのに!」


 リィアは頬を膨らませて駆け寄ると、悠の背中をバシッと叩いた。


「悠! 迷子にならないでよ! ちゃんと着いてこないとダメじゃない!」


「……っと、ごめん。なんか、不思議な音が聞こえてさ」


 我に返った悠が、バツが悪そうに頭をかく。

 彼は路地の奥、風が通り抜ける狭い隙間にある、古びたクリスタルの共鳴管を見つめていた。他の音とは違う、どこか切なげな響きが気になったらしい。


「不思議な音……?」


 リィアも耳を澄ませるが、街中に溢れる風切音と区別がつかない。


「僕には美味しそうな音しか聞こえないよ~……はむっ」


 ノアはちゃっかりと手に持っていた屋台名物“雲隠れキャンディ”を一口かじった。淡く発光するフワフワのお菓子だ。


「これ、迷子防止のための栄養補給だからね! はい、悠さんも食べて!」


 ノアはもう一本持っていたキャンディを悠に渡した。悠は苦笑しながらそれを受け取る。


「……悠様。その音、気になりますか?」


 アイリスが静かに近づき、悠が見ていた路地の奥を一瞥する。


「ああ、なんとなくな。……誰かに呼ばれた気がして」


「バイタル正常。精神汚染の兆候なし。……ですが、記録しておきます。悠様は風の音に敏感と」


 アイリスが指先で空中にメモを取る仕草をする。そこへサリヴァンが追いついてきて、豪快に笑った。

「はっはっは! リィアに手を焼かせるとは、悠もまだまだ子供だな!」


「勘弁してくださいよ、サリヴァンさん……」


「さあさあ、はぐれないように行きましょ! まずは情報収集よ!」


 リィアが悠の腕をグイと引いて、一行は再び歩き出した。

 悠は口の中でシュワりと溶けるキャンディの甘さを感じながら、もう一度だけ路地を振り返り、それから皆の後を追った。


 街の一番高い場所を目指して坂道を登りきると、そこに《大書架塔アーカイブ・タワー》がそびえ立っていた。


 巨大な風洞実験施設のような形状をしており、螺旋状の塔の周囲を、幾重ものリングがゆっくりと回転している。


 その入り口、巨大な青銅の扉の前でのことだった。


「あーもう! だから違うんですってば! 風の周波数がズレてるの! これじゃあ過去のデータが再生できないじゃない!」


 本や巻物を自分の背丈ほども抱えた小柄な人影が、入り口の警備員らしき男と押し問答をしている。

 白衣を羽織り、分厚い丸眼鏡をかけた少女だ。彼女は抱えた資料が崩れそうになるのも構わず、手足をバタバタさせて抗議している。


「でもねぇエルザさん、今は館長が不在で……」

「不在とか関係ないです! 今すぐに計測器を調整しないと、貴重な『嵐の記憶』が消失しちゃうんですよ!? ああっ、もう!」


 激しく動いた拍子に、彼女の腕から一番上の分厚い本が滑り落ちた。


「あっ」


 ドサドサッ!

 それを皮切りに、抱えていた巻物や書類が雪崩を打って石畳に散らばってしまう。


「うわぁぁん! 私の論文があぁぁ!」


 頭を抱えてしゃがみ込む少女。

 悠はすぐに駆け寄り、散らばった書類を拾い上げ始めた。サリヴァンやリィアたちもそれに続く。


「大丈夫ですか? 派手にいきましたね」


「す、すみません……あうぅ、ページ順が……って、あれ?」


 少女――エルザと呼ばれた研究員は、眼鏡の位置を直しながら悠を見上げ、次いで悠の後ろで同じく書類を拾っていたアイリスの姿を捉えて、動きを止めた。


 数秒の静止。

 次の瞬間、彼女は書類のことなど忘れたかのように、猛烈な勢いでアイリスに詰め寄った。


「そ、その関節構造! 肌の質感! そして瞳孔奥に見える微細な魔導回路の輝き……! ま、まさかあなた、自律稼働型のオートマタですか!?」


「……対象の心拍数が急上昇中。警戒レベル……修正、好奇心と判定」


 アイリスが一歩引こうとするが、エルザの勢いは止まらない。地面に這いつくばるような姿勢から、バネのように跳ね起きてアイリスの顔を覗き込む。


「すっごい! すごいですよこれ! 今の技術体系じゃない! ロストテクノロジーの塊じゃないですか! ちょっと触ってもいいですか? 分解はしませんから! せめて外装の素材だけでも!」


「おいおい嬢ちゃん、ウチの娘に気安く触るんじゃねぇよ」


 サリヴァンが低い声で牽制するが、エルザの耳には届いていないらしい。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください!」


 悠が慌てて割って入り、エルザとアイリスの間に身体を入れる。

 エルザはハッと我に返り、咳払いを一つした。


「こ、これは失礼しました! 私、未知の機構を見るとつい興奮してしまって……。私はエルザ。この書架塔で“風晶考古学”を研究している者です」


 彼女は誇らしげに、しかし少し照れくさそうに胸を張った。


「あなたたち、旅の方ですよね? もしかして、古代文明に興味がおありで?」


「ええ、まあ。……船から見えた、あの大きな古城が気になって」


 悠は塔のさらに上方に見える城を指差した。


「この島には古い歴史があるって聞いたんです。それで、あの城について詳しく知りたいなと思って、ここに来れば何か分かるんじゃないかと」


 悠の言葉に、エルザの眼鏡がキラリと怪しげに光った。


「ほう? あの《風鳴りの古城》に興味がおありで? ……ふふふ、それはお目が高い。というか、私の専門分野ど真ん中ですよ!」


 エルザは嬉しそうに口元を緩め、懐からカードを取り出した。


「実はあの城、今は立入禁止区域なんですけどね。古文書ならこの塔に山ほどあります。お詫びと言ってはなんですが、中へ案内しましょうか? 特別パス、持ってますから!」


 どうやら、この騒がしくも優秀そうな研究員との出会いが、彼らを新たな真実へと導く「風」となるようだった。


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