殺意の行く末
聞くに堪えないほどに壮絶な話だった。
なずなにそんな暗い過去があっただなんて――
なずながそんな重たい十字架を背負っていただなんて――
私は、なずなの恋人を「自称」しつつ、なずなのことについて、全くと言って良いほどに無知だったのである。
「かのちゃん、分かったでしょ? なずなちゃんが是が非でもミマ、ユウキ、スミレ、ヒナノの四人が揃ってなければならないと考えてた理由が」
「……うん。分かったよ」
ビル火災から生き延びたなずなが、「セゾンstation」の復活を「使命」だと考えていたとするならば、そこにはみらい以外の四人全員が揃っていなければならない。
その四人は、麻美を中心とした心中によって、セゾンstationのメンバーとして永久に固定されてしまっているのだ。
メンバー変更の余地は、なずなの中では一切ないのである。
「だから、なずなちゃんは、無理やりにでもヒナノをグループに残そうとした」
「でも、私と皐月だと声が全然違うから、そんなこと……」
「できない、と私も思う。きっとなずなちゃんも頭のどこかではそのことを理解していたのだと思う。だから、なずなちゃんは、最終的に、アイラッシュを終わらせるしかない、と判断したんじゃないかな」
ひなのの欠けた中途半端な「セゾンstation」ならば、無い方がマシだと考えたのだろう。理解できなくはない。
「だから、仕方なく、私は『同志』であるなずなちゃんを殺すことにせざるを得なかった」
珠里は、アイラッシュのためならば邪魔者を殺すことも厭わない、と言っていた。
それは、なずなに対しても例外ではなかったということだ。
「私は、なずなちゃんを自殺に見せかけて殺すことにした。なずなちゃんとの長い付き合いの中で、私にはそれを可能にするだけの『手札』があった」
「手札……」
「そう。まずは、私はなずなちゃんの直筆の遺書を持っていた」
なずなの直筆の遺書?
「……どうして?」
「なずなは過去に自殺未遂を図ったことがあるの。自分の部屋で睡眠薬を多用してね」
「え!?」
その話も私にとっては初耳だった。
とはいえ、今ならばなずなが抱えていた心の悩みに理解が及ばないわけでもない。
なずなが死にたくなる気持ちも分からなくはない。
「アイラッシュを結成する少し前のことだよ。なずなは、VRアイドルの存在を知り、セゾンstationを復活させることを思いつくまでの間、ずっと朧げだった。無邪気に笑ったと思ったらすぐに虚な目になったり、何の脈絡もなく突然『死にたい』と言い出したり」
「まあ、私も同じだったけど」と珠里は付け足す。
「あの日、なずなちゃんは、致死量にわずかに満たないだけの量の睡眠薬を一気に飲んだ。そして、意識を失って倒れた。なずなちゃんの家に行った私がそれを見つけて、救急車を呼んだから事無きを得たけど」
「そんなことが……」
「私はその時、なずなちゃんの部屋で遺書を見つけた。目を覚ましたなずなちゃんは「適当に処分して」って言ったけど、私はその遺書をずっと保管していた」
「いつかそれを使う日が来るとは思わなかったけどね」と、珠里は遠い目で言う。
「それから、私は、なずなちゃんが飲んでいる睡眠薬も管理していた」
「睡眠薬の管理?」
私がなずなの部屋で見た、瓶入りの睡眠剤のことだろうか。
「そう。なずなちゃんが二度と自殺を図らないように、なずなちゃんがお医者さんで睡眠薬をもらうことを禁止したの。その代わり、私がなずなちゃんに睡眠薬を渡していた」
だから、と珠里は続ける。
「なずなちゃんが一体どのような形状の睡眠剤を飲んでいるのか、私は完全に把握してた。ゆえに、私は、それと同じような形状の毒薬を用意することが可能だった」
「……まさか、睡眠剤の代わりに、毒薬の錠剤を……」
「そうだよ。私は、さつきちゃんが死んだ時点で、おそらくなずなちゃんはアイラッシュを終わらせると言い出すだろうと予感していた。だから、先んじて毒の錠剤を用意してたんだ」
珠里は淡々と、しかし、恐ろしいことを言う。
「緊急ミーティングの後、私はなずなちゃんの部屋を訪れ、なずなちゃんの意思を確認した。やっぱり『アイラッシュを終わらせる』となずなちゃんが言ったから、私は瓶の中身の入れ替えを行なった」
私がなずなの部屋に招かれたのは、緊急ミーティングの後の夜である。
つまり、私の少し前に、珠里がなずなの家を訪れていたということである。
そして、私が、窓辺に置いてあった瓶の中身を確認した時には、すでにその中身は毒薬に入れ替えられていた、ということになる。
仮に、あの夜、私がなずなに抱かれ、私がなずなの「睡眠剤」代わりになっていなければ、なずなはその毒を飲んでいたのではないだろうか。
わずか十数時間の違いかもしれないが、なずなは私のおかげで一旦は命拾いをしたということにはならないか。
「同時に、私は、なずなちゃんが二年前に書いた遺書を、なずなちゃんの部屋のタンスの引き出しに入れておいた。こうすることで、私は、なずなちゃんを自殺に見せかけて殺すことができると思っていた」
「……でも、実際には、なずなちゃんを殺すことはできなかったんだよね?」
「そうだよ」
なずなは、部屋で毒薬を飲まされて死んだのではない。
アイラッシュのライブ中に、何者かに毒薬を飲まされ、ステージの上で死んだのである。
「……じゃあ、なずなちゃんを殺したのは一体誰なの?」
「かのちゃん、難しく考え過ぎだよ」
「……え?」
難しく考え過ぎ? 一体私は何を難しく考え過ぎているというのか。
「かのちゃん、なずなちゃんは自殺したんだよ。警察が判断したとおり」
――そんなはずはない。
「なずなちゃんは、ライブ中、自ら毒薬を飲んだの」
――そんなはずはない。
「なずなちゃんのカバンの中にあった遺書は、なずなちゃんがその日新しく書いたものだった。二年前のものじゃない」
――そんなはずはない。だって――
「かのちゃん、腑に落ちない顔をしてるね。これを渡したら納得してくれるかな?」
珠里は座椅子から立ち上がると、クローゼットを開け、中から封筒を取り出す。花柄のあしらわれた可愛らしい封筒である。
「……それは何?」
「なずなちゃんからかのちゃんに宛てられた遺書だよ」
――嘘だ。どうしてそんなものが存在するのだ。
しかも、どうしてそれを珠里が持っているんだ――
「大手町の劇場でなずなちゃんが倒れた時、私は焦った。私は、なずなちゃんの部屋に毒薬と遺書を仕込んでいる。一刻も早くなずなちゃんの家に行ってそれを回収しなきゃって思った」
「……どういうこと?」
「正直に言うと、当時、私も何が何だか訳が分からなかったの。その中で、私に嫌疑が掛からないように、できる限りの証拠隠滅をしようと思った。だから、私は、こっそりなずなちゃんのカバンの中を漁って、なずなちゃんの部屋の鍵を拾い上げた」
なずなの部屋の鍵――
私はハッとする。
私もなずなの部屋の鍵を持っているではないか。
なずなに最後に会った日、私はなずなから合鍵をもらっているのである。
結局、なずなが死んでしまったので、使う機会がないまま、私はその存在さえ忘れていたのである。
「なずなが死んだ日の夜、私はなずなちゃんの部屋に行った。盗んだ鍵を使って部屋の中に入ったら、私が仕込んでいた毒薬も遺書もすでに処分されていて無くなっていた」
代わりに、と珠里は続ける。
「この、かのちゃんに宛てられた遺書が床に置かれてたの」
なんてことだ――
あの日、なずなは、私に対して、大学が終わったら、ライブには来ないで、なずなの家で待っていて、と言っていたのである。
実際には大学が予想よりも早く終わったので、私はライブに行ったのだが、なずなの中の予定では、私はなずなの部屋に行く予定だった。
そして、誰よりも早くその遺書を見つけるはずだったのである。
なずなの予定を狂わせたのは、私だ。
「かのちゃん、今まで勝手に預かっててごめん。遅ればせながら渡させてもらうね……あ、心配しないで。私、封筒は開けてないから」
珠里が、花柄の封筒を私に手渡す。
封筒には、なずなの書いた丸文字で、「かのちゃんへ」と書かれていた。
投稿開始から1ヶ月が経過しました。
当初想像していたよりも仕事(本業)に集中してしまい、執筆に時間を割くことができなかった面があるのですが、1ヶ月で13万字だと、そこまで悪くはない文量かなと思います。
僕の予定だと、14万字台(つまり、あと2万字以内)で完結します。
それから、1日100PVを目標に更新を続けてきたのですが、1ヶ月で6000PVくらいでしたので、1日平均して200PV程度を稼げていた計算になります。
達成率200%ということで、素直に嬉しいです。ありがとうございます。
ここから先は、白背景占有率が50%を切る予定です。最後までよろしくお願いします!




