セゾンstation
「ギンちゃん!」
熱波の中、ギンちゃん――なずなが目をつぶってうずくまっていると、今度は耳元で声がした。
さらに、声の主は、なずなの肩を揺さぶる。
なずなが目を開けると、そこにいたのは聖奈である。
エレベーター前の廊下から、なずなを探しに楽屋に戻ってきたのである。
「ギンちゃん、そこで何やってるの!? エレベーターで逃げるよ!!」
「……で、でも、そ、外に……」
「外!? 外がどうしたの!?」
なずなは、先ほど窓の外を見下ろした時に見たおぞましい光景について聖奈に説明しようとしたものの、口をパクパクするだけで、うまく言葉にすることができなかった。
そうこうしているうちに、楽屋の温度はさらに上昇していく。
なずなは、震える手で、窓を指差す。
聖奈は「それどころじゃない」と言わんばかりにムッとした表情をしたが、なずなに立ち上がってもらうためには、ひとまずはなずなの言うことを聞くしかないと観念し、窓の外を覗き込む。
聖奈が見下ろした先には――
「……ま、麻美……」
聖奈は、なずながうずくまって泣いていた理由を一瞬で理解する。
当然、聖奈なりに思うことはあったのだが、今は考えている場合ではない。
聖奈は、なずなの両脇に手を入れ、なずなを無理やり立ち上がらせると、引きずるようにして廊下まで誘った。
「聖奈! ギンちゃん!」
廊下には、エレベーターを囲むように少女たちの人だかりがあった。
エレベーターには定員がある。
少女たちはそれに気付き、自らは逃げ遅れないように、なるべくエレベーターに近い位置を確保しようとしているのである。
エレベーターから最も近い位置にいて、聖奈となずなの名を読んだのは、蘭だった。
「二人とも早くこっちに来て!」
蘭が手招きをする。
「エレベーターの定員は七名なの。詰めればもう少し乗れるかもしれないけど、後ろにいたら乗り遅れちゃう」
聖奈は、なずなの腕を掴みながら、なるべく蘭の方へと近付こうとする。
しかし、人だかりを作っている少女たちも命懸けだ。
聖奈となずなが割って入るような隙間など作ってくれない。
ついにノアの方舟――エレベーターが到着する。
ドアが開くやいなや、少女たちが一斉に雪崩れ込む。
セゾンstationのメンバーでは、蘭と貴帆がエレベーターに乗り込むことに成功する。
しかし、なずなを引き連れた聖奈がエレベーターに乗り込む前に、「ヴー」とブザーがなる。
十一人目の少女――過呼吸を起こし足元の覚束ない少女――が乗り込んだ時である。
楽屋にいた少女は十三人。
聖奈となずなだけが廊下に取り残されたこととなる。
定員を超えたエレベーターは「ヴー」とブザーを鳴らし続けている。
このままでは出発することはできない。
「聖奈……ギンちゃん……」
喜帆が、廊下に取り残された二人のメンバーの身を案じる。
あまりにも残酷な現実な対し、唇を噛み締めながら。
「私は大丈夫」と聖奈は言う。
「私は大丈夫だから、ギンちゃんを乗せてあげて」
聖奈の声はブザー音に掻き消されそうになりながらも、ハッキリとエレベーター内に届いた。
「……でも、聖奈だって……」
「私は麻美と心中するから」
聖奈の言葉に、喜帆だけでなく、蘭も唖然とする。
「心中って……」
「楽屋の窓から見下ろしたら、麻美の死体があったの。麻美はすでに死んじゃったみたい」
喜帆も蘭も、当然、麻美がこの場にいないことは気付いていた。
もっとも、麻美は、火災報知器がなる十分ほど前に「用がある」と言って、楽屋を外していたのである。
おそらく麻美はビルの外にいて、火事には巻き込まれていないのだろう、と信じていたのだ。
しかし、実際には、麻美はもうすでに帰らぬ人になっていたのである。
「ヴー」とブザー音が鳴り続けている。
今エレベーターに乗っている誰か一人が降りなければ、エレベーターは動き出さない。
エレベーター内の視線は一斉に、最後に乗り込んだ少女――過呼吸を起こしている少女に向けられる。しかし、少女は、息を整えるのに必死で、そのことに気が付かない。
すでに廊下は煙で白くなっている。
まともに吸い込むと喉が焼けてしまう死の煙である。
「早く降りて!!」とエレベーター内ではヒステリックに叫ぶ声が響く。
「ねえ、聖奈」と喜帆が甘えたような声を出す。
「私を置いていかないで」
そう言って、喜帆は、自らエレベーターを降りようとしたのである。
「待って!」
喜帆の後方から肩を押さえたのは、蘭である。
「喜帆待って。私も一緒に降りるから」
「蘭……」
「だって、私もセゾンstationのメンバーだからね。麻美を放って逃げられないのは私も同じ」
それに、と蘭は続ける。
「私が降りれば、代わりにギンちゃんがエレベーターに乗れる」
蘭は、なずなに向かって優しく微笑みかける。目には涙が滲んでいる。
「……決まりだね。セゾンstationのみんなで心中しよう」
そう言って、聖奈は、泣き喚くなずなをエレベーターの中に運び入れようとする。
ギュウギュウのエレベーターになずなの入るスペースなどなかったのだが、喜帆と蘭が降りることにより、新たにスペースが生まれた。
なずなが乗り込んだ時には、ブザーの音は鳴り止んでいた。
ついにエレベーターが出発できるのである。
「ねえ……ま、待ってよ……聖奈、喜帆、蘭、私を、お、置いていかないで……」
なずながしゃくりながら言う。
「……エレベーターから降りて、私もみんなと一緒にいたい」
「ギンちゃん、ダメだよ」と喜帆。
「ギンちゃんは生き延びなきゃ。ギンちゃんは、私たちの未来なんだから」
「……嫌だよ。私一人だけ生き延びるなんて、絶対に嫌……」
「そんなこと言わないで」と蘭。
「ギンちゃんは、私たちの分もちゃんと生きるの」
「……どうして? どうして私だけ生きなきゃいけないの? わ、私だって、セゾンstationのメンバーなんだよ……」
なずながフラフラとエレベーターから降りようとするのを、聖奈が制止する。
「ダメだよ。なずな、私たちの想いを受け止めて」
「嫌だ! 私もみんなと一緒が良い! 私もセゾンstationだから!」
聖奈は、なずなの肩を突き飛ばした。
なずなはエレベーターの中に倒れ込む。
「ギンちゃんはセゾンstationをクビ」
聖奈の発言に、喜帆と蘭もうんうんと頷き、同意する。
「今からセゾンstationは、みま、すみれ、ひなの、ゆうきの四人組だから。ギンちゃんはもう、セゾンstationとは無関係」
「そんなの嫌だよ!」
「ダメ。ギンちゃん、お姉ちゃんたちの言うことを聞いて」
「嫌だ……嫌だ……」
「だから、バイバイ」
泣きじゃくるなずなに、廊下の三人がなずなに手を振る。
三人とも、なずなを、満面の笑みで送り出す。
エレベーターのドアが閉まり始める。
「……聖奈、喜帆、蘭……うう……」
閉まりかけのドアの隙間からなずなが最後に見た光景は、震えながら互いに抱き締め合う三人の様子だった。
この光景は、窓から見下ろした麻美の姿同様に、なずなの脳裏に一生焼きつくこととなった。




