嘘つきは殺人のはじまり(2)
――そう。「密室」を完成させる場面において、なずなは珠里の協力者なのである。
私は、珠里にだけでなく、なずなにも騙されていたのだ。
「夜が明けてから、じゅりちゃんはなずなちゃんに電話をした」
皐月の死亡推定時刻は深夜の三時頃。
そして、私の家でなずなが床に就いたのも深夜の三時頃である。
なずなは私の隣で寝ていた。
他方、私が起きたタイミングでは、布団は空っぽで、なずなは外に出ていた。
おそらくその時に、私の部屋の外で珠里と電話をしていたのだと思う。
「じゅりちゃんがなずなちゃんに電話を架けた段階では、密室トリックのことは考えてなかったと思う。ただ、なずなちゃんが前日に偶然知り合った私と一緒にいる、という話を聞いて、じゅりちゃんは、私を利用した密室トリックを閃いた」
駅のホームでの私となずなとの出会い。
この偶然を珠里は利用したのである。
「じゅりちゃんとなずなちゃんは電話で打ち合わせをした。その後、じゅりちゃんは、皐月の部屋を片付けた。軽く掃除した、というレベルではなく、皐月の部屋にあった物を全てクローゼットにしまった」
「何のために?」
「後で話すよ」
それは「密室」を創出するために必要不可欠な作業なのである。
「なずなちゃんは、私に皐月の自傷癖について話し、心配だから一緒に皐月の部屋までついて来て欲しい、とお願いした。私はそれを承諾した。罠とは気付かずにね」
あの時、なずなはすでに皐月が事切れていることを知っていたのである。
「私はなずなちゃんに付き添って中野駅に行った。中野駅からこのアパートまで誘導する間、なずなちゃんは一計を用いた」
「一計?」
「私に、皐月が前に所属していたシャイニーシャッフルの動画を見るように勧めたの。それによって、なずなちゃんは、わざと私に歩きスマホをさせた」
歩きスマホは危険であり、推奨されない行為である。
スマホの小さな画面に神経を奪われてしまい、周りへの注意が散漫になるからだ。
なずなは、私を騙すために、歩きスマホの性質を上手く利用したのだ。
「スマホの画面に熱中していた私は、気が付いたらすでにこのアパートの部屋のドアの前にいた。つまり、それまでに、ベランダの様子や、部屋の並びを観察する余裕がなかった」
そこになずなの狙いがあったのだ。
「皐月の部屋は一〇五号室で建物の正面から見て右から五番目の部屋。そして、珠里の部屋は一〇六で六番目の部屋」
なお、どちらの部屋も、表札や部屋番号の掲示もない。
それは元からなのか、今回のトリックのために外したのかは分からない。
「なずなが、私を誘ったのは、実は一〇六号室――つまり、珠里の部屋だったの」
まさに今私たちのいる部屋である。
言うまでもなく、そこには皐月の死体はなかった。
「なずなは、あたかもそこが皐月の住む部屋かのように演じ、実際には珠里が住んでいる一〇六号室のインターホンを鳴らした」
私は、今でもその場面をよく覚えている。皐月の身を案じていた私は、冷や汗が止まらなかったのだ。
「しかし、反応は無かった。そこで、なずなと私は、ドアノブを捻ってみた。すると、ドアの鍵自体は開いていたけど、チェーンロックが掛かっていた」
あの時、なずなは、私にもドアノブを持つように命じた。
今振り返って考えてみると、それは、チェーンロックが間違いなく掛かっていることを私に確認させるためだったのだ。
「このアパートの部屋の構造上、玄関からワンルーム、それからベランダまでが一直線に繋がっている。だから、ドアの隙間から、ワンルームの様子も、ベランダの様子も見ることができた」
その構造も、今回の密室トリックには欠かせない要素だった。
「そこで私が見たのは、今いる部屋と同様に物のないワンルーム、そして、ベランダに一枚だけ干された血のついたタオル」
あの時、なずなは、私にドアの隙間を覗くように命じた。それは、私にその光景を見せるためにほかならなかったのである。
「この鮮血のついたタオルこそが、今回の密室トリックの最大の鍵だった」
私は、珠里が仕掛けた罠にまんまとハマってしまったのである。
「そのタオルは、じゅりちゃんが用意したもの」
皐月が死んでいたお風呂場の浴槽には、皐月の血が溜まっていた。
その血を使って、タオルを染めたのだろう。
「そのタオルには、二つの役割があった。一つ目は、皐月の生命の危機が迫っているということを伝えること。それにより、なずなの次の行動――ベランダに回って窓を割るという行為が自然なものとなる」
もっとも、より大切な役割は――
「二つ目は、タオルが干されている部屋=皐月の部屋という刷り込みをさせること」




