ミマ
私が特別養子であることは、姉はとっくの昔から知ってたらしい。
「珠里は、珠里のままだよ。たった一人だけの私の大事な妹だから」
そんな白々しい台詞を、姉は真顔で言った。
私は、姉の言葉も全て信用できなくなっていた。
姉が二十歳になった直後のこと。
姉は「この前、私、芸能事務所にスカウトされたの」と、私に打ち明ける。
「ふーん」と私は流したのに、姉は、目を輝かせながら信じられないことを言う。
「もし珠里も興味があれば、私と一緒にアイドルをやらない? 私、珠里と姉妹デュオがやりたい」
さすがに神経を疑った。
そんなの、ただの見せしめだ。
偽物の姉妹。
「本物」の姉と、「偽物」の私。
その二人を並べて、一体世間に何を伝えたいというのか。
醜い私を見世物にすることで、姉は自らの美しさと正統性を誇示しようとでもいうのか。
姉が一体何を考えているのか分からなかった。
――それは、私が「本当の」妹ではないからに違いなかった。
私は声を荒らげる。
「お姉ちゃん、ふざけないで!」
「珠里……」
「アイドルをやりたいんだったら、勝手にやりなよ! 姉妹デュオ? ふざけないで! 私はお姉ちゃんの本当の妹じゃないの!」
突然の私の癇癪に、姉はしばらく言葉を失う。
ただ、やがて、激しく上下する私の肩を撫で、「いつまでも待ってるね」と言った。
姉は、私と違い、恵まれているのだ。
恵まれた者が、そうでない者に対して、同じ土俵に立て、というのだ。
なんと傲慢で尊大な態度なのだろうか。
私は、姉のことが大嫌いになった。
その二週間後、姉はアイドルとしてデビューをした。
姉は、ユニットでセンター待遇を受けると、瞬く間に人気を集め、みるみると頭角を表した。
姉は、琴平家の誇りとなった。
姉の一番のファンは、父と母である。
父と母は、休みが合えば、必ず姉のライブを見に行き、オリジナルのうちわまで作って応援をしていた。
食卓での話題も、常に、姉のアイドル活動に関するものだった。
そんな環境の中で、私は――
姉の一番のアンチになった。
ある夜、ライブから家に帰った姉は、ぐしゃぐしゃの泣き顔だった。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「……珠里、私の態度ってそんなに鼻につくのかな……?」
「どういう意味?」
案の定、姉が見せてきたのは、姉のTwitterアカウントに対して送られている、「きりんちゃん」というアカウントからのリプだった。
「お前はいつも偉そう。絶対自分のこと可愛いと思ってるだろww」
「これだけじゃないの」と、姉は他の「きりんちゃん」からのリプも表示する。
「よく見るとブスだよね笑笑」
「性格ねじ曲がってるよね。裏でメンバーの悪口とか平気で言ってそう」
「大嫌い。見てるだけでイライラする。早く辞めろ」
私は、それらのリプを、冷めた目で眺める。
全て、私が姉に送ったリプである。
「きりんちゃん」の正体は、私だ。
スマホの画面に、姉の大粒の涙が落ちる。
「私、アイドル向いてないのかな……?」
「……そ、そんなことないよ。お姉ちゃんは素敵なアイドルだよ」
私は、姉に寄り添うフリをしつつ、心の中でほくそ笑む。
愉快。痛快。
そして、順調である。この調子で、姉の心を砕き切ってやるのだ。
「きりんちゃん」の登場により、姉の心は明らかに蝕まれていた。
私に弱音を吐いて以降、家での口数は格段に減った。
「アイドルを辞めたい」とも度々口にするようになった。
それにもかかわらず――
姉は、ステージの上では決して弱い部分を見せなかった。
自分自身に辛いことなど何もないかのように、そして、この世には辛いことなど何もないことを客席に知らしめるように、満開の笑顔を振り撒いていた。
ステージでキラキラ輝く姉。
それに熱狂するファン。
私は、それが憎たらしくて堪らなかった。
あの笑顔を壊してやりたい。もう二度と人前で笑えないようにしてやりたい。
「きりんちゃん」の投稿はエスカレートする。
「笑顔がキモい。笑うな」
「ブスは化粧をしてもブス」
「見ると吐き気がする。死んでくれないかな〜」
姉の所属事務所もさすがに黙っておらず、アカウント凍結も食らったが、そのたびにアカウントを作り直し、姉に粘着をした。
所属事務所からは刑事告訴をするという脅しも受けたが、それでもひるまず、私は、姉への誹謗中傷を続けた。
じきに姉はアイドルを辞めるだろう、とそう思っていた。
しかし、姉はなかなかしぶとかった。
ある日の配信のことだった。
姉は、自室に照明等の機材を買い込んで、ほとんど毎日配信を行っている。
私は、その隣の部屋から、姉に辛辣なメッセージを送る。
「まだ辞めないの? 図々しいにも程がある」
姉は、いつも「きりんちゃん」からのコメントは拾わずに、意図的に飛ばしていた。
しかし、この日は違った。
「きりんちゃん、私、図々しいの」
姉が私のコメントを拾う。
「だから、絶対にアイドル辞めないから」
私が、さらなる罵詈雑言を浴びせようと指を必死で動かしている間に、それに、と姉は続ける。
「私、図々しいから、一人余さず全員から好かれたいの。もちろん、きりんちゃんからもね」
ふと、私の指が止まる。
「きりんちゃんは私のことが嫌いかもしれないけど、私は、きりんちゃんのこと好きだよ」
「嘘だ」
私はすかさずそうコメントを打ち込む。
「嘘じゃないよ。きりんちゃんは、私のこと、誰よりも分かってくれてると思う」
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――
「きりんちゃん、私のことを好きになってよ。そうしたら、私、きりんちゃんのことを絶対に幸せにするから」
黙れ。黙ってくれ――
「きりんちゃんに好きになってもらえるまで、私頑張るね。その日が来るまで、私、ずっとアイドルで居続けるから」
そう言って、姉はニッコリと笑う。
やめろ――やめろ――
なんで姉は私に笑いかけることができるのか。どういう神経をしているのか。私は、この笑顔が世界で一番大嫌いなのだ。
配信の後、私はベッドに伏してずっと泣いていた。
隣の部屋からも、泣き咽ぶ声が聞こえた。
その日を境に、「きりんちゃん」はSNS上から姿を消した。
私は、ようやく気が付いたのだ。
私のやり方は間違えていたのだ。
こんなことをしていても、私は姉を克服することはできない。
姉との差を痛感し、さらに惨めになるだけなのだ。
姉を克服するためには、姉と同じ土俵に立たなければならない。
アイドルになろう。
そうすれば、姉と正々堂々戦える。
ただ、姉が提案したような姉妹デュオでは駄目だ。
私は、姉の力を借りないで、私の力だけでアイドルになるのだ。
見た目に自信はない。
でも、歌やダンスならば、練習によって鍛えることができる。ひたむきに努力をすることは、昔から嫌いではない。
私は、自力でアイドルになる。そして、姉を見返してやるのだ。
私は、姉に内緒で、オーディションに応募した。
「琴平」という珍しい名字を隠すために、偽名を使った。
アイドルになることを決めてから約半年の間、私はひたすら歌とダンスを練習した。
審査役のなずなと風華の前で、私は、私の全てを出し切り、歌って踊り切った――はずだった。
しかし、ひとしきりの拍手の後、なずなは私にこう言ったのだ。
「お姉ちゃんにそっくりだね」と。
私は唖然とした。
姉のことは隠していた。偽名を使ってたから名字からバレるはずはない。私は、養子であって、姉とは血の繋がりがないから、容姿からバレるはずもない。
しかし、風華も言う。
「ダンスと歌い方が完全にお姉ちゃんだった」
一体どういうことなのか――
踊り方や歌い方のクセが先天的に似るはずがない。
私は、姉のアンチをやりながら、知らずのうちに姉のライブを何度も見て、知らずのうちに姉を真似てしまっていたということなのか。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――
姉の声が、私の脳内で再生される。
「嘘じゃないよ。きりんちゃんは、私のこと、誰よりも分かってくれてると思う」
嘘だ。そんなの――
そんなのあんまりじゃないか――
私はその場で崩れ落ちる。
震える背中に、なずなは、優しく「合格だよ」と告げた。
本来であれば第三章が終わっているはずの7万5000字に到達しましたが、勅使河原凛奈のことが書けていないので、もちろんまだ終わりません。。
最近本業に集中してしまい、執筆意欲が若干下がり気味ですが、今日あたりから自らを奮い立たせたいと思っています(あと、ネトフリで「かぐや様は告らせたい」を永遠に見てるので、シリアス系書くのが辛くなってきました。。)
応援よろしくお願いします!




