珠里となずな
「……は、はじめまして。わ、私、鈴木朱音といいます」
私は、履歴書に書いたとおりの名前を名乗る。
偽名である。
審査役のなずなと風華は、私の顔をじっと見る。
バレるはずはないと思っていたが、ここまでじっと観察されると、緊張する。脚が震える。
しばらくの沈黙の後、なずなが、「可愛いね」と言い、隣に座っていた風華もうんうんと頷いた。
――やはりバレなかった。私はホッとする。
私は、なずなとも風華とも初対面である。
しかし、なずなも風華も、私が本名を名乗れば、私の正体に気付く可能性があった。
他方、本名を名乗らない限りは、気付かれまい。
それにしても、なずなが言った「可愛い」とは一体どういうことだろうか。
私は、少しも可愛くない。
鼻が低く、潰れた顔だ。そのくせ、大きな前歯だけ、ビーバーのように飛び出ている。
そして、スタイルもちんちくりんで、背は低く、胴長短足。太っている割には、胸もない。
おそらくなずなは、お世辞か、もしくは、マンチカンを愛でるような感覚で、「可愛い」と言ったのだ。
そうとしか思えない。
私は可愛くない。
「パフォーマンス重視で、見た目は問わない」と聞いたから、私はこのオーディションを受けたのだ。
「朱音ちゃん、オーディションに応募した動機は?」
手元のノートにボールペンを走らせながら、風華が尋ねる。
「小さい頃からアイドルに憧れていて……」
これも嘘である。
私にとって、アイドルになることは、目的ではなく、手段に過ぎない。
私の回答があまりにも無難で月並なものだったため、なずなも風華も、これ以上追及をしなかった。
私はまたホッと胸を撫で下ろす。
「朱音ちゃん、課題曲の練習してある?」
「……は、はい!」
文字どおり一生懸命に練習した。振りを忘れてしまわないかギリギリまで不安で、今日の朝まで夜通し踊り続けていたのである。
採用基準は、見た目ではなく、歌とダンスの技量なのだ。
ここで私の歌とダンスを目の前の二人に認めてもらえれば、私が姉を克服するための第一歩になるはずだ。
私には、出来過ぎた姉がいる。
容姿端麗、スタイル抜群。頭も良くて、性格も良い。
私とは全て真逆で、完璧なのだ。
これまでの人生でずっと私は姉と比較され、蔑まれ続けてきた。
完璧な姉の存在は、私にとってコンプレックスに他ならなかった。
私は、姉を克服するために、このオーディションに応募した。
私の姉は、アイドルである。
なずなと風華も姉のことをよく知っている。
風華がスマホを操作し、音楽を流す。
私の小さな身体が、緊張で強張ると同時に、やる気で満ちる。
私は、このオーディションを勝ち抜き、アイドルになることによって、私の存在を証明するのだ。




