ユウキ
恋愛禁止ルールに納得はできない。
それでも、守ることはできる。
先輩アイドルからの合コンの誘いは無論断ったし、男友達とも一切会わなかった。
その分、私の愛情は漏れなくファンに向かっていたと思う。
実際に、私は、熱心なファンのうちの何人かに対しては、密かに恋心を抱いてしまっていた。
もしも違う出会い方をしていたら、交際に発展していたのかもしれない、とも思う。
しかし、そういう印象の良いファンほど紳士的であり、私に連絡先を尋ねてくるようなことはしなかった。
「まおりちゃんの笑顔を見れるだけで俺は幸せだから」
「最近、まおりちゃんを応援してくれるファンが増えて嬉しい」
彼らは、ほぼ毎回ライブに来てくれて、そんな有難いことを言ってくれていた。
心を支えてくれるのは、恋人だけではないのである。
ファンに恵まれてくると、恋愛禁止ルールに対してストレスを覚えることも無くなってきた。
「ファンのみんなが恋人」も強ち悪い考え方ではないのかもしれない、と私は感じ始めていた。
トシ君が、ジャポネのライブに来たのは、私がアイドルを始めてちょうど一年が経った頃だった。
「真央李、アイドルデビューから一周年記念だね。おめでとう」
トシ君が物販に顔を出し、私とチェキを撮ってくれた時、私は素直に嬉しかった。
トシ君は、私がアイドルになっても私のことを応援してくれるのだ、と胸がいっぱいになった。
しかし、その日以降、トシ君が現場に通い出したことで、私がアイドルとして築き上げてきたものが壊れ始めた。
「真央李、今日、ライブ中に俺に目線くれなかったよね?」
「真央李、今、チェキ列から見てたけど、俺以外の男と楽しそうに話してたよね?」
「真央李、昨日の俺のツイートになんでいいねくれなかったの?」
他のファンに聞こえないように、「トシ君とはもう恋人じゃないんだから」と小声で伝えたものの、理解してくれなかった。
終いには、トシ君は、チェキ会の最中に、
「真央李、俺とヨリを戻してくれ」
と言ってきた。
その場は笑ってやり過ごし、帰ってからトシ君にLINEをした。
「私は今アイドルをやってるの。だから、誰とも付き合えない」
それに対して、トシ君は、
「じゃあ、アイドルを辞めれば良い」
と返してきた。
私は言葉を失い、すぐにトシ君のLINEをブロックした。
また、スタッフにお願いし、トシ君をジャポネ現場に出入り禁止にしてもらった。
問題のプリクラ画像が流出したのは、スタッフがトシ君に出入り禁止を伝えた翌日だった。
「真央李、この画像ってホンモノ!?」
ジャポネで一番仲良くしていたメンバーからのLINEで、私は初めてその画像を見た。
それは、私とトシ君が抱き合いながらキスをしているプリクラだった。
身に覚えはある。
それは、トシ君と付き合っていた頃に撮ったものである。
それだけならば、身から出た錆で、脇が甘かったということになるかもしれない。
しかし、問題は、そのプリクラの落書きだった。
「ジャポネ加入一周年記念! 全部トシ君のおかげ!」
私は目を疑う。
明らかに加工である。
これだと、今まさにトシ君と付き合っているかのようではないか。
それどころか、アイドルをやりながら、トシ君ともずっと付き合っていたかのような印象を与えるものである。
それは悪意をもった加工なのである。
トシ君が、私に復讐をするために、昔のプリクラ画像を加工し、私のアイドル活動を終わらせようとしているのだ。
私は、慌ててブロックを解除し、トシ君に抗議のLINEをした。
「この画像、一体どういうつもりなの!? なんでこんなヒドイ加工をするの!?」
トシ君の返事は、私が予期しないものだった。
「出禁になる直前に、碧葵に相談したんだ。そうしたら、碧葵にそういう落書きを加工するように言われた」
碧葵は、私をメン地下の合コンに誘った、ジャポネの彼氏持ちメンバーである。
おそらく最近人気が出つつある私を牽制したかったのだ。
私が望んだわけではないが、元々碧葵を応援していたファンが、私に流れてきていたのも事実である。
私は、元カレだけではなく、メンバーからも裏切られたのだ。
キスプリは流出してしまったものの、私は、それでもまだアイドルを続けられる可能性はあるのではないか、と信じていた。
私は、ジャポネでの活動に一年間身を捧げ、決して楽しいことばかりではない日々を送ってきた。
それに、恋愛禁止ルールも誠実に守り、アイドル業に専念したのである。
私を熱心に応援してくれるファンならば、私の今までの努力を分かってくれるに違いないと信じていた。
私が心からファンを愛し、何よりもファンを大事にしていたことを彼らは分かっているはずだ、と思っていた。
――しかし、私の考えは甘かった。
私のTwitterのリプ欄には、私が大事にしていたファンからの罵詈雑言が並んでいた。
「裏切られた。金返せ」
「アイドルになる失格なし」
「大好きなトシ君とお幸せに」
「アバズレのブスはアイドルを名乗るな」
私は、ジャポネのスタッフに電話をして、自らアイドル活動辞退を申し出た。
恋愛禁止ルールを愚直に守っていたはずの私が、誰よりも恋愛禁止ルールに翻弄されてしまったのである。
もうしばらくはカレシを作りたくない。
私は、ただ、アイドルをやりたいだけなのだ。
ゆえに、私は、恋愛禁止ルールのないVRアイドルを次の進路に選択した。
それが、私がアイドルに専念できる唯一の方法だったのである。
こうして、私はユウキになった。




