シオンになる
私がシオンになる――
最初、私は、その提案を何かの冗談かと思った。
しかし、風華は真剣だった。
なずなの死を受けて開催された緊急ミーティングで、全会一致で決まった方針とのことだ。
突拍子のない話、とまでは言い切れないのかもしれない。
シオンの場合、ファンに気付かれないまま、中の人が入れ替わることも不可能ではない。
ボイスチェンジャーを使っているからである。
それに、私は、カラオケボックスで、メンバーと風華の前で、シオンのモノマネも披露している。
私であれば、ファンの目を誤魔化せる、と判断されたのだ。
とはいえ、私はなずなではない。外見上はシオンになり切れたとしても、私は私なのだ。
シオンの仕事には、配信もあるし、バーチャル握手会もある。
そうした場でも、私はなずなになりきることができるのか。
たしかに私はシオンのファンであり、なずなの恋人だから、内面的な特徴も分かっていないわけではない。
ただ――
シオンになりきることは、私にとっても自信がないことだし、メンバーやスタッフも不安視して然るべきだろう。
それでも、一定のリスクを抱えてまで、シオンを生かし続けたい、と考える理由はなんとなく分かる。
シオンは最後のステージを見事こなしたものの、足元はふらついており、幕が閉じる直前には床に倒れ込んでいた。
客席にいたファンはその様子を見ている。
そして、終演後、劇場の周辺でたむろしていたファンは、劇場に救急車とパトカーが来たのも見ている。
このままシオンが離脱した、ということになれば、ステージにおいて重篤な何かがあったことをファンに悟られてしまう。
そうすれば、アイラッシュのイメージは、傷つけられることになる。VRアイドルは、テーマパークの着ぐるみ同様、生身の人間ではないことが売りなのだ。生々しさを見せてはならない。
さらに――
ファンに真相を探られ、シオンの中の人がステージで毒死したことまでもバレればもっとマズい。
ライブ中に演者が死亡するなど、アイドル業界では前代未聞だ。
アイラッシュとしては、シオンは無事で、何事もなかった、ということをファンにアピールしたいのである。
そのための、苦肉の策が、私にシオンを引き継がせる、という案なのだ。
私には、もうアイラッシュに対する愛情はない。
アイラッシュが炎上して解散に追い込まれようが、一向構わないと思っている。
ゆえに、私は、アイラッシュのために一肌脱ごうとは思わない。
それでも、私は、風華の提案について、「前向きに検討する」と答えた。
アイラッシュのためではない。
なずなを殺した犯人を見つけるためである。
なずなの死の真相を知るためには、アイラッシュの内部を探らなければならない。
私が、新シオン候補になれば、アイラッシュのメンバーやスタッフとの関係を継続できるのだ。
飛んで火に来る夏の虫が、さらにネギまで背負ってやって来るだなんて――
そして、「クラクション」に赴いた翌朝、早速、私は、アイラッシュの内部に潜り込んでいる。
「風華、おはよう」
「おはよう。今日はかのちゃんも踊ってみれば?」
「ううん。大丈夫」
私は、壁沿いで座っていた風華に駆け寄ると、肩を並べるようにして体育座りする。
私は、「見学」を名目に、再びアイラッシュのレッスン現場に来ることに成功したのである。




