12、伯爵家への呼び出し
数日たったある日、デューイの元へある手紙が届いた。
あの夜会の主催、ボイド伯爵家のセラからである。是非婚約者と二人で屋敷に遊びに来てほしいとのことだ。
ビビアンは上等な封筒を睨みつける。
「これは、落とし前付けろということかしら」
自分の家の夜会で騒ぎを起こした責任を追及されるのだろうか。もしくはやっぱりデューイを気に入って近付こうとしているとか?! ビビアンは一人悶々とした。
「違うだろ。……多分」
「体調が優れないと断りを入れますか?」
できるだけあの夜会のことは思い出したくないだろう。ビビアンが提案するが、デューイは首を振った。
「大丈夫だ。こういうのは意識して避けた分だけ復帰がしづらくなる。それに建前上は、俺とビビアが場をわきまえずにいちゃついていただけなんだ。とやかく言われる覚えはない」
そういうものか、と頷く。それならばと意気込む。
「思いきり見せつけて差し上げましょうね!」
「ほどほどに頼む」
デューイは力なく笑った。
◆
ボイド伯爵邸。夜会で訪れたばかりだが、明るい時間帯に来るとまた印象が変わる。玄関ホールまでの前庭を見ただけでも、こだわって手入れしてあるのが分かる。
老齢の執事に案内されている間、ビビアンはふと違和感を覚えた。妙に警備の騎士が多い気がするのだ。すれ違う使用人たちもどことなく緊張の色が見える。伯爵家の使用人なので緊張感が違うと言えばそれまでなのだが──。そこまで考え、応接室に着いたことで思考を切り替えた。
セラが既に応接室で待っていた。
「ようこそいらっしゃいました」
「ご招待頂きありがとうございます。先日の夜会もお世話になりました」
デューイが一礼する。ビビアンもそれに倣う。
セラはあの出来事について全く表情に出さず、ゆったりと微笑んだ。
「お楽しみいただけたなら幸いですわ。ビビアン様も」
ビビアンは改めてセラを見て、内心首を傾げる。何かが足りないような気がするのだ。
「さ、お掛けくださいまし」
セラがソファーを勧める。紅茶が出てくる前にセラが本題を切り出す。
「実は、お二人をお呼びしたのは、ある方を紹介する為なんです。あの夜会でお二人をご覧になって、是非紹介してほしいとお声掛け頂いて……」
セラは扉に向かって声を掛けた。
「──お入りくださいませ」
後ろで控えていたメイドが扉を開け、ゆったりと一人の青年が入ってくる。
その姿を見て二人は腰を浮かせた。
妖精のごとき青年だった。
一歩ごとに、束ねられた銀糸がふわふわと揺れ、光を取り込んで不思議な輝きを帯びる。
長いまつ毛に縁どられた瞳は水晶のごとく透き通り、王家の血筋を示す紫色をしている。温度を感じさせない表情が彼を茫洋とした人物に感じさせる。
相手が誰か、知識の中から導き出したデューイは胸に手を当て頭を垂れた。よく分かっていないビビアンも只者ではないと慌ててそれに倣う。
セラが彼に自分たちを紹介する。
「フレデリク様、こちらアークライト男爵家のデューイ様と婚約者のビビアン・ウォード様ですわ」
続けて青年の名をゆっくりと告げる。
「お二人とも、こちらはフォスター公爵家の御子息、フレデリク様でいらっしゃいます」
「こっ」
ビビアンは思わず声に出していた。今、公爵家と言ったか? 顔を伏せたまま隣のデューイを盗み見ると、横顔でも蒼白になっているのが分かった。
「良い、面を上げてくれ」
フレデリクは鷹揚に手を上げた。二人はゆっくりと顔を上げる。
フレデリク・フォスター。王家に次ぐ権力者の公爵家、その次男である。
「紹介ありがとう、セラ嬢。さあ、みんな座って」
フレデリクが自分の屋敷のように促す。
突然のビッグネームの登場に凍り付いていたデューイも、ギリギリ表情を取り繕って従う。フレデリクは出された紅茶を飲んで話始める。
「いきなり僕が出てきて驚かせてしまったね。君たちに興味があって繋がりを持ちたかったんだけど、男爵家にいきなり出向くと困るだろう? だからボイド伯爵家に仲介として場所を提供してもらったんだ」
だからこの警備の厳重さだったのか、とビビアンは一人納得した。セラが説明を付け加えた。
「フレデリク様はお忍びでこの間の我が家の夜会に参加されていたそうなんです。そこでお二人を見かけ、興味を持たれたそうですよ」
デューイは笑顔を張り付けたまま完全に固まった。ビビアン達に興味を抱く出来事など、アレ以外ないだろう。デューイは膝の上で拳を固め、頭を下げた。
「それは……お目汚ししてしまい大変申し訳ありません」
「どうして? 美しい人が愛を囁く姿は目の保養になるね」
フレデリクは心底不思議そうにデューイの謝罪を受け止めた。
話が分かるじゃない! とビビアンは内心彼に賛同したが、態度に出さないように気を付ける。隣のデューイの顔色がもう可哀想になってしまったので、できるだけ余計なことは言わないようにしたい。
「本当に珍しいと思ったんだよ。君たちのような縁組は珍しくないけれど、本当に相思相愛の関係はなかなか難しいからね」
相思相愛ですって! この人、悪い人じゃないわね! ビビアンは口が緩まないように注力した。フレデリクはビビアンに微笑み、妖精の顔で続ける。
「女性同士の諍いに飛び込んで庶民の婚約者をかばうなんて、できる者は少ないよ。でも君のおかげで貴族と資産家間の禍根が生じずに済んだ」
ビビアンは高揚していた気分がスッと冷めるのを感じた。
確かにあのままビビアンと令嬢たちが公に対立してしまえば、近年社交界に進出している資産家たちと古くからの貴族の関係も悪化する可能性がある。資産家の娘との婚姻で経営を回している貴族もいる中で、それは望ましくない展開だろう。
あの時デューイがそこまで考えていたとは思えないが、結果的にフレデリクの眼鏡にかなったということだ。
フレデリクはちらりとセラに視線をやり、彼女が口を挟まないのを確認すると、微笑みを浮かべて続ける。
「正直僕は、昨今の資産家との婚姻には懐疑的だったんだよ。自分で領地経営の努力をせずに庶民と結婚して、貴族の青い血を薄める風潮にはね」
フレデリクは親しみを込めて笑みを深くした。
「でも君たちのように、貴族と庶民を正しく繋げる関係もあるならば、見直しても良いかなと思ったんだ」
ビビアンは最初高揚していた分、フレデリクに対してむかっ腹が立った。
これは彼にとって正しく称賛なのだろう。
だが、勝手にビビアン達の関係を見定められ、勝手に見直される筋合いは全くない。ビビアンからしたらお門違いな称賛なのだ。
ビビアンは口元を歪めるのが抑えられなかったが、顔をうつむきがちにすることで表情を隠した。ちらりと横を盗み見る。
デューイの膝に置かれた拳は、固く握りすぎて真っ白になっている。
ビビアンはそれが可哀想になった。
そっ、と彼の拳に片手を添える。
デューイが目を見開いた。詰めていた息を緩く吐く。
フレデリクは目を細める。ふいにセラが空気を変えるように声を上げた。
「フレデリク様、そろそろよろしいではないですか。フレデリク様のような貴い方とお話するのは、緊張するというもの。長々とお話してはお可哀想ですわ」
「そうだね。まあ、とにかく君たちと知り合いになりたくてね。良かったらまたお茶でも飲もうよ」
「畏れ多いことです」
気を持ち直したデューイが視線を下げる。




