13、伯爵家の庭園
「そうだわ、皆様。よろしければ我が家の庭をご覧になりませんか?」
セラが手を合わせて殊更明るく言う。フレデリクが頷く。
「ああ、ボイド伯爵家の庭は評判だからね。この間は夜で暗かったし、せっかくだから案内してもらおうかな」
◆
地獄の顔合わせからひとまず解放され、セラが庭を案内することになった。
ビビアン達はそれなりにぐったりしていたが、美しい庭を眺め、風に吹かれると、人心地付く。
フレデリクが興味深そうに庭を見渡す。
「手入れが行き届いているのも勿論だけれど、珍しい草木が多いね。評判になるのも分かるね」
話題が完全に移行したことで持ち直したのだろう、庭を眺めていたデューイも頷く。セラは頬に手を当てて称賛を受け止めた。
「基本は庭師に任せていますけど、姉妹で希望を言って雰囲気を変えてもらうことも有りますの」
「セラ嬢は姉君が三人居るんだよね。皆積極的に慈善活動をしているけど、特に彼女は熱心なんだよ。公爵家でもたまに話題に上がるくらいね」
「まあ、フレデリク様ったら」
フレデリクの言葉にセラが困ったように微笑む。
「孤児院や救貧院への寄付だけでなく、実際に現場に赴いて活動しているよね」
「それは、素晴らしいですね」
デューイが思わずと言った感じでセラに顔を向ける。
「趣味のようなものですわ。苦しんでいる人を助けていると、わたくし自身が癒されるんです」
「そう自然に言えることが貴いことです」
セラは微笑んで、それ以上謙遜はしなかった。
ビビアンと居る時のデューイはどこか気だるげな美貌を醸しているが、セラと向き合っている彼は清廉な美青年に思われた。相対するセラも実直で芯のある態度だ。傍から見ると似合いの男女に思われた。
勿論ビビアンは面白くない。
慈善活動などこれまで少しもしてこなかったので、話に入る余地もない。
デューイが彼女へ興味を向けるのが面白くなく、ビビアンは庭の方へ意識を集中させた。白や黄などの色とりどりの花々だ。そして首を傾げる。
確かに素晴らしい庭だが、評判になるほどだろうか? 珍しい品種が多いとフレデリクは先程語っていたが、見渡す限りでは馴染み深い品種が多いようにビビアンは感じた。『前回』、デューイとセラが結ばれた後、遠目から彼らの邸宅を見たことがある。それと同じような雰囲気に見受けられる。
『前回』の庭も、セラの手が加わっていたのだろう。
「ビビアン?」
「いえ……」
デューイが不思議そうにビビアンを呼ぶ。ビビアンも意識を三人に戻して駆け寄る。
それからは和やかに時が過ぎ、やっと解散となった。
◆
帰宅の馬車に乗り込んだ二人は、物言わず背もたれに沈み込んだ。
まさかの公爵家の登場に、想像以上に体力を持って行かれていた。それにビビアンとしては恋敵(仮)の根城である。正直もう来たくない。
「わたしも孤児院とか訪問した方が良いのかしら」
ぼそり、と零したビビアンの言葉に、デューイは吹き出した。
ビビアンは眉を吊り上げる。
「何を笑ってらっしゃるのかしら?」
「一番に言うことがそれか?! もっと色々思うことがあるだろ!」
「え? もしかしてフレデリク様がごちゃごちゃ仰ってたこと?」
ごちゃごちゃ、とデューイが繰り返す。
「失礼すぎて品性を疑ってよ。でもあの場では怒らない方が良いのでしょう? 怒ったって何もできないのでしょう?」
「うん」
デューイは笑いを収めた。
悔しい。ビビアンやデューイの結婚を馬鹿にされても何もできないのが悔しい。自分たちのことを品定めするような物言いに腹が立つ。
でも貴族社会で生きていくためには我慢しなければいけないのだろう。そしてデューイは、貴族として生きていくことを望んでいる。
「だったら、もうどうしようないじゃありませんか」
デューイは何も言わなかった。
「それより。デューイ様、やっぱりセラ嬢みたいな娘がお好きなのかしら?」
「どうしてそんな話になる?」
ビビアンはデューイを睨みながら詰問する。
「ああいう、奉仕の精神があるような、お淑やかな女性がお好み? 随分食いついてらっしゃったけど」
「ああ……それで孤児院に訪問とか言い出したのか……」
デューイが納得する。逆にビビアンを睨みつけた。
「お前、孤児院に興味を持ったこともないだろ。本当に善意でないならやるな」
ぐうの音も出ない。奉仕の精神、ない。嘘でも善意があるとは言えないビビアンに、デューイは声を上げて笑った。
「笑いすぎじゃありませんこと?!」
「はあ、素直すぎる……」
「どぉ~~せ! わたしはすぐ喧嘩するし! セラ嬢みたいに優しくて慈愛に満ちてもないですし?」
「声大きい……お前元気だな」
デューイは笑いすぎて出てきた涙をぬぐう。
「あの子は美男子に挟まれて褒めそやされてもちっとも表情変えないし! わたしだったら絶対調子に乗るのに!」
激昂して、ビビアンは自分の言葉に納得した。
そうだ、セラに抱いていた違和感の正体が分かった。
彼女は、デューイに一度も頬を染めていないのである。ビビアンの贔屓目抜きに、例え相手の外見に頓着しない者でも、ちょっと目で追ってしまうのがデューイだった。それを何の感情もなく、あくまで貴族として接していた。
あの化け物じみた美貌のフレデリク相手にも全く惚けていなかった。瞳はまるで風景を見るのと同じように平坦だった。
「デューイ様、あのセラ嬢は、その、さっぱりしたお顔の方が好みなのかしら?」
「なんなんだいきなり」
「だって、デューイ様を見てもちっともときめく様子が無かったんですもの。夜会での令嬢たちを思い出してみてください。皆デューイ様が通り過ぎれば振り向くものよ」
「だいぶ偏見だと思う」
「あのねデューイ様。顔の好みは人それぞれですけど、お顔が豪華な人ってそれだけで目が行ってしまうものなのよ? 好き嫌い以前に目に入ってしまうの。でもセラ嬢は違ったわ」
ふうん、とデューイが納得いっていない様子で呟く。
しかしビビアンは、やはりセラに脅威を感じた。人間として何か異質なような、得体の知れない気持ち悪さを感じ、ビビアンは口を閉じる。
善性が過ぎるとあのように悟りを開いたような状態になってしまうのだろうか。
『前回』の人生ではセラに注目したことは無かったが、屋敷に招待されたことは無かったはずだ。今日のように公爵家と近付くなんてことも無かった。
完全に『前回』とは違う道筋を辿っていることが良いことなのか分からず、胸の内に鉛が溜まっていくようだ。
急に黙り込んだビビアンを、デューイも何も言えず見ていた。




