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青色はぐれ星  作者: Full moon
第1章
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第九話 気合いと根性






世界は未曾有の食料危機に直面した。発端はアメリカの地下水枯渇から始まった。アメリカで生産されていた多くの小麦や大豆といった食品生産が滞った。それによって、世界中で食糧危機が起こった。インドや中国、オーストラリアといった広大な土地を持つ国々は、これをビジネスチャンスと捉え、食糧増産に着手した。山や森林を切り開き、川の流れを変えた。一時的に、食糧生産量そのものは、アメリカの食料破綻以前より増加した。

しかしそれも長く続かなかった。結局大地の力を強引に絞っていただけだった。タオルの水を切る時、絞りに絞っていたのに、それをさらに力の強い人が強引に絞り出しただけだった。やがて、絞り出す者も尽き、タオルそのものが引きちぎれる。


肥沃な大地は、そのほとんどが砂漠と化した。川は枯れた。呼応するかのように街で疫病が蔓延した。飢えと未知の病、今まで人類が経験したことのないウイルスが、人類が森林を切り開いたことにより、人と出会い変異したと言われている。


ユーラシア大陸全土、正確にはロシアや北欧を除いた地域で蔓延した未知の病は、人口を急激に減らした。皮肉にも、ある程度これによって、食糧危機が緩和された。

世界の科学者たちは必死になって新たな食料を模索した。人に絶対的に必要なのはアミノ酸と糖だ。糖はジャガイモやコメなど多くの食料から直接摂取できる。水不足に喘ぐ地域から、突然変異により、海水から水を取り込んでも、正常に成長する植物が生まれた。その植物の遺伝子を使用し、既存の作物に使用することにより、海水による生育が可能となった。なら問題はアミノ酸だ。アミノ酸、すなわち魚や肉。だが、魚は海も川も湖でも、すでに絶滅寸前の状況だ。つい最近、深海魚を取り尽くしたと言われている。つまり頼れるのは畜産。しかし、畜産を行うには、その何百倍もの作物を作らなければならない。とてもじゃないが、まかないきれない。


そこで開発されたのが、万肉と呼ばれる肉だ。アミノ酸も主要成分は水素、炭素、酸素。それに窒素や硫黄などの成分が付加しただけに過ぎない。水素炭素酸素は、糖からとれる。硫黄は火口からほぼ無尽蔵にとれる。窒素は空気中にいくらでもある。

科学者たちは苦労の末、特定のアミノ酸を作れるような金属触媒を発見した。それによって、様々な肉に派生できる万肉が作られるようになったのだ。









目が覚める。体が異常に軽い。でも腕が軋む。動こうとしたら、激痛が走る。筋肉が張っている。我慢しながら立ち上がる。

ポト

音がした。でも小さな音で聞こえたか聞こえなかったかもわからない。無視する。足を踏み出したらもつれて床に倒れる。

起き上がろうとしても痛みでできない。床はカーペットが敷いてある。別に居心地が悪いわけじゃない。


別にこのままでいいと感じた。だってお腹だって減らないし、眠たいとも感じないから。


今何かを考えた気がする。でもそれは思い出せない。なんとかして立ち上がる。こんな状態じゃ、餓死しちゃう。私の部屋には絶対入るな、ってあいつには言ってあるから。流石に何日も出てこなければ、くそやさしいあいつは入ってくるだろうけど、ダメ。あいつだけはこの部屋に入れたくない。

すがるようにドアノブに手をかける。開く。廊下。

ギシギシと音を立てながら、歩く。歩いて歩いて、歩き続けた。それが永遠の道。そして永久に帰れない道であるかのようだった。


階段を降り、台所に向かうと先客がいた。

甘い香りが鼻腔をくすぐる。チョコレートの匂い。

「まだ起きてるの?」

部屋に入りそう言ったら、彼は驚きの視線をこっちに向ける。

「健康優良児はどこに行った?」

「私、もう児童じゃないの。わかる?夜更かしぐらいしても大丈夫なの」

以前夜更かしは肌の大敵、とかなんとか言ってた自分よ、許してくれ。

椅子に座る。瞬間、体重のかかったお尻が激痛に悶えた。

脂汗がにじんでいる気がする。それでも目の前のやつにはそれを悟られたくない。唇を噛む。堪える。

「ね、ねぇ、私にもくれない?」

彼はココアの水面を見つめていた。私のことには気づいていない。よかった、と胸をなでおろす。

彼は顔を上げ、こっちを見てから、牛乳を温め始めた。


「紛い物で悪い」

一瞬、何を言っているのかわからなかった。何が紛い物?と思ったけど、ああ、そのこと。

「今更って感じじゃない?私もていうか優一も含めて、その紛い物で育った世代だし」

「まぁ、そうなんだけど・・・なんか、栄養とか大丈夫なのかなって時々思ったり思わなかったり」

「どっちよ一体。ていうか栄養ならあるんじゃない?一応私たち、健康ではあると思うし」

ココアパウダーを牛乳に溶け込ませていく。スプーンがくるくると、回っている。

「さて、つかぬ事をお伺いするが、優一が夜中に一人でココアを飲むのはいたってシンプルな理由。悩み事があるよね?」

ココアを回す手が止まる。しかしそれもすぐに再開する。

「頭でも打ったか?」

「ひど、心配して上げてるんだよ」

ていうか普段の私に比べてかなり優しくはないだろうか。そうだと思う。だってこんな風に私から彼の話を促したりしないんだから。

優一は変なやつだ。こっちが落ち込めば、慰めてくれる。でもあいつが落ち込んだ時、こっちの慰めは聞き入れてくれない。

ココアが置かれる。口に含む。甘い味が広がるがなんか少し、美味しくない。ああ、そうか。

「だから、パウダーは一気に入れなくて、少しずつ入れるの。そうしないと溶けきらないし美味しくできないんだから・・・」

そう言いながら飲む。他人の味を舌に感じさせるのは久しぶりだ。少し、新鮮。

「なぁ果穂」

「ん?なぁに?」

「学校に行きたくないか?」

言葉を失う。

「少し前までは、金がないのと、この家を任せられる奴がいなかったからできなかったけど、今は、僕がもらっている給資金が結構ある。それにもうすぐ年長者に任せても大丈夫な感じもするし」

私の言葉を聞かずに、彼は話を続ける。

「学校は、果穂も少しは言ったことがあるからわかると思うけど、楽しいところだし、勉強も友達関係も、悩み事は増えるが楽しいし。それに、きちんといろんなことを学んで、それで大切な人との出会いもあって、それで・・・」

「幸せになってほしいって?」

口を挟む。彼は一瞬戸惑いながらも、頷いた。

ため息をついた。

「優一はさ、他人を不幸にするのに一番効率的な方法を知ってる?」

優一の瞳が困惑に揺れる。答えて見て、と促すと、彼はココアのチョコレート色の水面を見つめながら口を開く。

「その人にとって嫌なことをする。大切なものを壊すとか、盗むとか」

「うん真っ当な答え。優一は健康だよ?それが正しいと思うし、だからそれを人は人にすることを罪としてるんだから」

何が言いたいんだ?といった感じで私を見てくる。

「学校に行ってない私はね、こう思ってる。お前は幸せじゃない、って言ってやるの。それだけ。簡単なこと。それだけで人は幸せじゃなくなる」

幸せの定義は人それぞれ。もしかしたらものを盗まれても不幸と感じない人がいるかもしれない。痛めつけられても、快楽に変える人がいるかもしれない。でも、言葉一つ、それだけで全てが変わる。

「幸せは自分で獲得するものだと思ってる。でも、同時に思うのは、他人がいなければ幸せを手に入れることなんてできないってこと。そしてその人にその幸せを否定されるっていうことは、簡単に幸せを奪い取ることになるの」

「・・・・・・」

「他にも、お前のことを幸せにしてやる、とかも類型。だってその時点でその人の幸せを否定してるよね」

彼は返す言葉がないようだ。そうだろう。彼は優しい。彼は自分がしてほしくないことを絶対に他人にはしない。自分本位、といえば悪く聞こえるが、人はせいぜい自分しか知らない。

彼は指示語で呼ばれるのを嫌う。だから人のこともきちんと名前で呼ぶ。彼は無視されるのを嫌う。だから、他人の言葉には必ず反応する。

優一から学校に行くといい、と言われたことは裏を返せば、彼は学校で楽しい思いをしているということだ。それがわかっただけで私はよかったと思える。

「学校で習えないこともたくさんある。私はたくさんのこと、ここで習ってるよ。それに、学校で習えることは、私が優一から聞けばいい。それだけで解決できる。大丈夫。私は自分がこの世界で一番幸せな人間だってちゃんとわかってるから」

ココアを飲み干した。立ち上がろうとすると、痛みで足が止まる。すると優一が目の前に現れて、手を差し伸べた。

「あの学校ではこんな授業もする。傷を負っているやつの見分け方、っていう授業」

その手を取って、私は再び座らされた。優一の背中が私に向けられる。

「戦場で弱っているやつから狙うってのは常識らしい。まぁそんなミクロな戦いをすることになるとは思えないんだけど、役に立つこともあるもんだな」

「・・・・・・ムカつく」

「仕返し」

「わかってた?」

「まぁ、それなりの付き合いだろ」

彼の背中に体重を預ける。一瞬の浮遊感と、頼もしい大きな背中。筋肉がついてて硬い。

「重いって行ったらぶっ倒す」

「重い」

思いっきり背中をつねってやった。痛みで彼は二、三歩よろける。

「どういう時にそいつが怪我してるってわかるの?」

「いつもと違う行動をした時。ココア、いつも自分で入れているだろ?」

「何それ、そんなこと?」

「そんなこと。あとは、果穂は気まぐれをあまり起こさない」

「・・・意地悪」

「相談しろよ?」

「やだ」

「なんで」

「自分で気付け」

「無茶いうなよ・・・」

階段を上る。

「病院、連れてく?」

「・・・まぁな」

「やだって言ったら?」

「どうせ動けないんだ。無理やり連れてっても抵抗できないだろ」

「やだ、えっち。無理矢理女の子を連れてくって、サイテー」

「僕にそんな度胸があると思うか?」

「ない」

「即答は少し傷つくな。果穂に行きたくないって言われたら、どうしようもできないってことなのに」

「無理矢理連れてっていいよ」

「・・・・・・」

「どうせなら、無理矢理でいい。あんなクソみたいなとこ、行きたくないっていう私の心は変わらないから」

「りょーかい」

部屋に着いた。彼はそこを開けようとするが、私は背中をつねる。

「開けるな。乙女の部屋なんだぞ!」

「はいはい。一人でベッドに上がれるか?」

「あの地獄のリハビリ耐えたのよ?これくらい平気」

そう、これくらい平気なのだ。この程度私はかつて何度もあった。動かない筋肉を無理矢理動かす方法は心得ている。気合と根性だ。

「早くどっか言って」

彼の心配そうな目は離れなかった。でも観念したのか、階段を降りて行く。彼の足音が完全に消えるまで、私は待ち続けた。そして自分の部屋を開ける。


ベッドに倒れこむように寝転んだ。体が軋む。原因くらいわかってる。それを覚悟して、あの時退院したんだ。

ぎりり、と歯を食いしばる。気合と根性。そう、痛みを誤魔化す一番の方法は気合と根性だ。そして私は、ごまかせた。あいつは私の肉体的な痛みは見抜けたようだけど、精神的な痛みは見抜けていない。


気合。根性。頑張れ私。


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