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青色はぐれ星  作者: Full moon
第1章
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プロローグ







古細菌(アーキア)と呼ばれる生物が存在する。それは単細胞生物で、極限環境に生息している。極限環境とはつまり、異常に低いpH、超高温、超圧力、猛毒下などなど。そんな中でも生息できる。

古細菌という名前がついているが、実際には原核生物よりもむしろ真核生物に近い。近いといっても天と地ほどの差があるのだが、つまり、彼らは進化した生物なのだ。もしかしたら、特定の、理想的な条件下でしか住むことのできない、脊椎動物なんかと違って、よほど進化した高等生物なのかもしれない。








真っ白な施設の中。風はない。匂いもない。およそ人がいたという痕跡がほとんど存在しない、ある部屋の中。


彼は息絶えた。彼女の目の前で。

遺言など残せるはずもなく、魂の消滅した肉体は、凍えるような寒さの中少しずつ凍りつく。


「・・・どうして、諦めたのよ・・・」


彼女は小さく呟いた・


「どうして、どうして・・・私なんかのために、諦められるのよ・・・」


彼女は彼の前で祈る。声を振り絞って、唱える。


「いつか絶対に会いましょう。それで実現するの。あなたの夢を」


彼女は両手で彼の冷たい手を優しく包み込む。

自らの左目に彼の手を当てる。そして小さく言葉を紡ぐ。

それは彼に施す一つの奇跡。もしこの世界に運命が存在するのなら、もし運命に翻弄された彼の人生に、それが一縷の望みを与えるのなら。


彼女からほしのしずくが流れ落ちる。小さくひらひらと、まるで碧い蝶のように。


蝶はまるで自らが進む道がわかるかのように、彼の中に入っていく。碧い光が部屋中に瞬いた。






何もない星空。またたく星々。あれは大気のゆらぎである。星は瞬いてなどいない。蠢くガスの動きと、吹き出すエネルギーがその脈動を伝えるのみだ。大地にしがみつく人類はそれを見ることは叶わない。だが人間は、見えないものを見ようとして、様々なものを開発してきた。

ガリレオは空に漂う太陽を、月を、木星を、土星を、それら全て見たくて、そして自らの力では叶わないと知りながらも、レンズを組み合わせ、星を近くにたぐりよせようとした。それは太陽を裸眼で見るという愚行から、後年、永遠に光を失うことになろうと。












真っ白な大地。一面の銀世界。激しい雪が空を舞い、太陽の光がまばゆく散乱し、景色を奪う。

極寒の地で、いくつもの赤い点が彩りを与えていた。

そして、まるで生き絶えた黒い蛇のように、穿たれた塹壕。


「撤退命令だ!もうこれ以上は保たない!」


白いヘルメットに白い隊服。巨大な通信機を肩に背負った男が叫んだ。男の体はボロボロ。顔までおおう軍服のせいで素肌はほとんど露出していないが、耳や瞼には切り傷が無数に刻まれている。


吹き渡るブリザードのせいで視界は最悪。そこにいるはずの仲間すら目視できない。しかし、確かに青い閃光は見える。


まだ彼は戦っている。

伝令兵である男は勇気を奮い立たせ、自らを鼓舞した。


「柏木!撤退命令だ。もう第二特務隊はお前達しか残っていない!急げ!」


奮い立たせた声はなんとか柏木に届いたのか、塹壕を滑り降りるようにして柏木が降り立つ。

その表情は、ここは死が間近に迫る空間だというのに、いつもの軽い感じを消そうともしなかった。

「室戸か。ご苦労さん。しっかし、それは本当か?十年かけて建設した前線基地を放棄するなんて」


柏木は室戸よりもはるかに傷ついていた。白い隊服はほとんど残っておらず、下地の黒い生地が露出している。ヘルメットはとうに亡くなっており、彼の薄い毛が白く凍りついている。


「ごちゃごちゃ言うな!決定事項だ。それと、古林はどうした?」


「ああ、あいつか・・・・・・打たれた」


柏木はなんともなさそうに答える。もう慣れた、と言わんばかりだ。室戸もうろたえる様子はない。むしろスッキリした表情だ。


「お前、武器は何個残っている」


「あとは、ショットガンとマグナムだけだ。ただ、こいつもいかれ始めてやがるしな」


柏木は自身の右手に持った、小銃を叩く。白塗りされたなんの変哲もない銃。


「・・・そうか。それでなんとか」


その時だった。塹壕の上から雪の塊が落ちてくる。塊といっても小さな雪玉程度のものだ。しかしそれが、塹壕の上に何かがいる証拠だと言うことを、二人は理解していた。柏木は素早く室戸の前に立ち、マグナムの銃口を向ける。そして、狙いをつけることなく、3発連続で射出した。青い光が光線となって銃口から放たれる。銃声はない。反動もない。一直線に伸びたその光は塹壕の上にいる何かを簡単に貫いた。


ドサリ、と塹壕に落ちてくる何か。白い服装に身を包んだ、自分たちとは明らかに違う存在。赤い血が白い雪を侵食していく。


「ちっ、完全にいかれやがった」


そう言いながら柏木はマグナムを捨てる。


「さて、我が東京蒼穹学校第15期生生徒会長兼風紀委員長。ここから奴らに見つからずに撤退するにはどうすればいい?」


柏木は室戸に向かって挑発するように問いかける。

室戸は一瞬嫌そうに顔をしかめたが、すぐに自信を持ち、


「俺を誰だと思っている。第二特務隊史上、最初にして最強の伝令兵だぞ。その程度、朝飯前だ」


室戸は通信機を背負い直し、塹壕を走っていく。柏木は少し笑みを含めながら、それについていった。


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