2 -レオンハルト視点-
遅くなりました!
「お前なんか大っ嫌いだ!」
これは僕が彼女、マリア・ローズベルトに初めて会っときに言った言葉だ。
その時の僕にとってマリアは憎むべき対象であり、全く罪悪感を覚えずに言った言葉だった。今考えると、初対面の女性にどうかと思う発言だ。案の定、マリアはきょとん、としてから泣きそうな顔になった。けれどそれでも泣き出さなかったのは伯爵家の教育の賜物なのだろうと思う。
その後家に帰ると、父様や母様からこっぴどく叱られた。
「何がそんなに嫌なんだ?」
「……だってローズベルト伯爵は僕と母様を殺そうとしたのでしょう?」
そう言ってこの前友人に言われたことを話す。
僕の婚約者がマリアだと決まり、どんな子か知りたくてローズベルト伯爵家について友人に聞いてみると、
「ローズベルト伯爵家?ああ、うちの両親が言ってたけど、その当主ってお前と王妃様殺せって命令出したらしいよ。結局未遂だったらしいけど。それがあったから、公爵だったのに伯爵になったんだって。」
そんなことを軽く言う友人にもびっくりしたがその内容に驚きすぎて少しの間声が出なかった。そんなところと婚約するのか。あっちから言い出したんだろうが、父様もなんで承諾したのか、と不満が募る。
「その娘もお前と年の差ちょうどいいはずだから気をつけろよ!」
その後友人にそう言われ、もう遅いよと言う気持ちでそうだな…、と言っておいた。
そう話すと、父様はやれやれ、とため息をつく。
「ローズベルト伯爵は何もしていない。冤罪だ。」
「何故庇うのですか!」
「これは事実だ。…この機会に言っておくのもいいかもしれないな。」
そう言って話が始まった。
僕が生まれる前、王妃が侍女に刺されるという事件があった。
刺したのは当時王妃の侍女だった者で、動機を聞くと、ローズベルト公爵が頻繁に王妃に会いに来ていることから好意を抱いているという噂が流れ、ローズベルト公爵と思いが通じあっていると妄信していた彼女は邪魔な王妃を排除しようとしたのだという。
その後、すぐに関係者に聞き取りが行われたが、ローズベルト公爵は王妃の侍女だからと声をかけたこともあったというが、やはり彼女との間には何もなかったのだ。しかも、王妃に頻繁に会いにいっていたのは、王妃が好きなのではなく王妃の親友の、ある令嬢との中を取り持って欲しいという相談のために訪れていただけ。
要するに全て彼女の妄想だったわけである。嫉妬に狂って王族を殺そうとするなど、前代未聞だった。しかし、お世話になっていたからか、侍女は刺す時躊躇ったらしく、傷は浅く奇跡的に王妃もお腹にいた子も無事だった。そして、侍女が嫉妬のためにしたと聞いたローズベルト公爵は、誤解されるようなことをした私も悪いと、彼女を庇って自分が命令したのだと言った。
王城内でのことだったのでその時はまだあまり知られておらず、ローズベルト公爵の強い意思により、表向きは自分が政治の実権を握るため、生まれてくる王子が邪魔だったローズベルト公爵が侍女を潜り込ませ、殺害しようとした、ということになった。王妃の侍女がそんなことをしたとなると外聞が悪いので、本当の事実を知っているのは王妃と王、それと一部の貴族だけだという。そのため、その侍女は処刑されたが、ローズベルト公爵は、爵位を落とされ伯爵になった。ローズベルト公爵への処罰が軽すぎるという抗議があったが、真実を知っていた貴族たちが睨みを効かせたのと、元々のローズベルト公爵の人柄もあって、有耶無耶になったのだ。
「…だから、ローズベルト伯爵は悪くない。」
そう言って父様は話を締めくくった。
話を聞いて、先程の軽率な行動を恥じた。憎むべきはローズベルト伯爵ではなく、その侍女なのに。噂を信じ切って何もしていない人を侮辱し、傷つけたのだ。
急に黙りこくったので父様に心配されたが、何でもない、と返して部屋に戻ろうとする。
しかし、その腕を掴まれ噂を鵜呑みにするとは王子失格だ、と説教されたのは思い出したくもない。
◇◇◇
今、17歳になった僕は、窮地に立たされている。
我が家に一つの手紙が届いたのだ。
父が妙に浮かれて持ってきたので何かと怪訝に思いながら手紙を裏返すと、マリア・ローズベルトと書かれている。突然の手紙にびっくりしながら中身を確かめると、マリアの社交界デビューのパートナーになってくれないかと言う申し出だった。
そんなことくらいなら喜んで受けよう、と返信を書こうとすると、ふと気づく。
もう一度手紙を見直すと、時候の挨拶と用件しか書かれていないそっけない手紙だった。
以前友人に婚約者からの手紙だと惚気られ見せられたが、他人から見てもその友人のことが好きだと丸わかりの手紙だった。それを持っている友人も幸せそうだったが、あまりの甘ったるさに少し引いてしまった記憶がある。
しかし、婚約者の手紙に関わらず、こんなそっけない手紙なのはまだ僕のことを嫌っているからだろうか、そう考え出すと返信を返そうにも返せず、結局1週間もかかってやっと半分以上が謝罪という手紙を完成させた。そして、それを執事に預けようとすると、父様が来て、
「承諾の手紙はもう送ったぞ。お前に任せたらいつ終わるか分かったもんじゃない。」
あっけらかんとそう言った。
一瞬怒ろうかと口を開きかけたが、マリアも嫌いな人から手紙を貰いたくなかっただろうからこれで良かったんだ、と思い直し口を閉じる。自慢じゃないが、マリアに手紙など送ったこともない。真実を聞いた次の日に、すぐローズベルト伯爵夫妻には謝罪の手紙を出したが、マリアには何故か出せなかった。その後出そうとはしたが、茶会などの誘いも全て断られていたので中々送る勇気が出せずにいると機会を逃してこのざまだ。
父様も口を閉じた僕を見て何か言おうとしたが、諦めたような顔になって結局何も言わなかった。静かになったところでいつの間にか来ていた母様が呑気に言う。
「せっかくマリアちゃんならレオンハルトにぴったりだと思ってこっちからお願いした婚約なのにねぇ。」
その言葉に耳を疑う。それは初耳だ。てっきりあちらが無理に取り付けて来たのかと思っていた。こちらから申し出たことならばけじめはつけなくてはならない。いっそマリアのエスコートが終わったら婚約破棄をしてしまおうか。あちらは喜んで承諾するだろう。だって僕は嫌われている。きっと僕がマリアを愛しても、僕らが愛し合うことはないのだろうから。
◇◇◇
ついにマリアの社交界デビューの日がやって来た。
今日はいつもよりも張り切ったつもりだ。マリアの好きな色が白だと聞いて、白を基調とした服にしたし、マリアの好きな男性像は兄のような人だと聞いたので今日一日は、貴公子と騒がれているマリアの兄カイのように優しく振る舞うつもりだ。まあ全てシスコンのカイから聞いたことなので本当かどうか怪しいが、名誉挽回のためにできることはしたはずだ。
そう思いながら、マリアを見つける。マリアを見ると、マリアの友達ユーリとその婚約者がいるところを微笑ましそうに見ていた。その様子は、神聖な近づくのも躊躇ってしまうような雰囲気を醸し出していて、息を飲んだ。社交界デビューをしていないにも関わらず、どこで見たのか出回っていた噂の通りだった。天使だ、とか、名前と相まって聖母マリア様だとか、そんな人などいないだろうと適当に聞き流していたが、事実だったのだ。
そう考えていると気づけば、周りの男たちは皆、マリアを見ている。しかし、当の本人は全く気づいていない。それを見て何故か、マリアを誰にも見せたくない、そんな衝動に駆られた。そのせいか、急ぎ足になって近くまで行く。
「待たせてすまない。」
後ろから近づくと怖いかと思い正面に回り込む。声をかければいいだけの話なのだが、心の中ではマリアと呼んでいるくせに、いざ呼ぶとなると尻込みしてしまい、じゃあ、おい も失礼だと考えた末の結果だ。
しかし、マリアは僕を覚えていないようだった。忘れたくなるほど嫌われていたのか。
名乗っても、取り繕うように服が似合っていると言われ、何だか服だけ褒められているようで素直に受け取ることができなかった。
その後、ダンスを踊った後貴族たちに紹介してくれと頼まれていたので、約束通り一曲踊った後貴族が集まって来たので紹介しようとする。しかし、近づいて来た子息のほとんどがマリアをチラチラ見て、いつ話しかけようかと機会をうかがっているので、誰のものかを暗に示すために腕を出すと、マリアがおずおずと腕を組んだ。その仕草も可愛らしく、つい顔が緩むのでそっぽを向く。そのおかげで、大体は追い払えたので残りの貴族にマリアを紹介する。
お似合いだ、という声にお世辞だと分かっているが素直に嬉しい。しかし、マリアはそれを聞くと余計に沈んだ顔になっていて、胸が軋む。話終わって、貴族たちが離れていくのを見計らい僕もそばを離れようとした。腕を離して行こうとするとマリアがこちらを見ていて目が合ったが、目を逸らし振り返らずに立ち去った。
そして壁にもたれていると沢山の令嬢がやってくる。婚約者のいる僕にアピールしても意味などないのに。表面上はニコニコと応対しているが、心の中ではそう思いながら相手をする。そうしていると時間は過ぎもう暗くなっていた。マリアはどうしているのかと探すと、マリアはマリアでさっき追い払った沢山の子息に囲まれていた。いくら嫌われているからといって1人で置いて来たのは失敗だったかと思ったが、たどたどしい様子だが、しっかりと受け答えは出来ていて、心配はいらないようだった。そう思いながら見ているとその本人がこちらへやってくる。
「レオンハルト様!」
「…何か用か。」
我ながらきつい言い方をしたと思った。案の定マリアもかたまってしまっている。
「いえ…婚約者なのにほとんど一緒に居ないので、一緒にいた方が良いかと。」
「何故?」
嫌な予感がする。なのに口が勝手に動いた。しかし、マリアは心底不思議そうに言う。
「何故って、仲良い振りをしてるのでは?」
「……あなたはそれで良いのか。」
「ええ。本当に仲良くなるのは無理でしょう?では演技が一番最適ですわ。」
そう言ってマリアは屈託なく笑う。はじめて見た笑顔がこれとは、と自嘲気味に思うと同時にその言葉に胸を抉られるような痛みが走る。
そこでやっと気づいた。僕はマリアを愛している、と。いつからかは分からない、だが友達のために喜べるマリアも、おずおずと僕の手を取るマリアも、全部が愛しい。1日でこれだけ惹かれたし、これからも余計に好きになるだろう、そんな気がした。
だからこそ、ここで決着をつけなければならない。
そう決心し、口を開く。
「婚約を破棄しないか?」
2人の家族はもう分かってて放置しています笑
なんだか、ヘタレ、ヘタレって考えてるんですがネガティブになってる気が…。
多忙のため次の更新はまた間が空くかと思います。
次の話で完結予定なので最後までお付き合いいただければ!