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播州屋の弥兵衛(全年齢版)  作者: 鈴木ハルカ
4/5

鬼の嫁入り

 長い雨も終わって、ジメジメと湿気が強くなる。

 播州屋の扱う商品の中には、湿気に弱いものもあるので、店のあちこちに木炭を詰めた麻袋が置かれていた。


 「旦那さん。こんなもんかね」


 お初が麻袋を置いて、私に声をかける。


 お初を迎えて、弥七と三人になった播州屋だったが、格段に仕事がしやすくなった。

 一つはお初に妖術を習うことで、弥七の化ける力が上がり、今では時の鐘くらいでは、術が解けることはなくなってきている。

 二つめは、炊事に洗濯。

 炊事は私がやる日もありますが、お初の料理は旨い上に上手い、材料を無駄にすることがなくて助かっています。

 それに洗濯も。

 男所帯では勝手も分からず、洗濯屋に出していましたが、お初が来てからは弥七も手伝いながら、晴れていれば毎日洗っているので、いつでも清潔なものが着れている。

 三つめ。これほ思いもよらなかったのですが、お初は算術もでき、そろばんも扱えました。

 なので、私が店を空けて仕入れに行っても、店が回るようになったのです。


 播州屋。


 いよいよ、そう名乗っても恥ずかしくない体裁が、整ったというわけだ。


 ◆


 「播州屋さん。祝言は何時ごろになるんだい?」


 散策がてら茶を飲みに来た越後屋のご主人。

 保土ヶ谷の宿でも大きな商家で、人手も揃っているからこそできるってものです。


 「お初との?」


 お茶の相手をしながら、それを考えていなかったことに“はっ”とさせられる。

 女人を迎え入れたのだから、連れ合いとして紹介する場を設けるものだ。


 今夜にでも相談してみましょうかね。


 「他にもいるのかい?」


 越後屋の主人は驚いた顔になります。


 「イヤですよ。他にはいませんからね」


 変な噂を流されるのも面倒だ。

 はっきりと断わっておくに限る。


 「あんなべっぴんさんだ。他に目移りするわけはありませんな。いや、失礼した」


 越後屋さんはぺろっと舌を出し、後ろ頭を一つ叩いてみせた。

 なんとも憎めないお人です。


 「すぐってわけじゃないでしょうが、挙げるなら私も手伝いますんで、声をかけてくださいよ」


 こう言う気遣いができるのが、大店たる所以なのでしょう。

 私も見習わないといけません。

 

 「そいつは助かります。決まりましたら、相談させてください」


 保土ヶ谷の宿は本陣もあり、商いの大きさで言うならば軽部のご主人(宿の他に問屋などもやっていた)や、脇本陣の 藤屋、水屋、金子屋さんもあり、羽振りも悪くないと聞いています。

 しかし、越後屋さんも保土ヶ谷の宿では、廻船問屋として各地との交易をやりなが、乾物や薬種の卸しと手広く商いをしています。

 その上で、街の旦那衆に留まらず、お役人や職人、仏僧にも顔が利くほどに人付き合いも上手ときている。


 商いは駿河屋でみっちり仕込まれてはおり、人付き合いの大切さも身にしみて分かっているつもりでしたが、忙しさにかまけて、越後屋さんのお世話になりっぱなしとなっています。


 「話しは変わるんだがね。この前いただいた、あの酒。どこの酒蔵なんだい?」


 この商家を安くしてもらったお礼にと、灘の酒を贈ったのですがそれを気に入ってくれたようです。


 「へぇ、灘の藤五郎のところでございますよ」


 頑固一徹で、卸してくれる店にもうるさくて、関東の商人にもその名に覚えのあるほどの人物だ。

 男酒(辛口でキレがあり、後味のスッキリとした酒を指します)で有名な灘のなかでも、辛味も程よく飲みやすいと評判の酒。

 

 「藤五郎!よく、手に入りましたね」


 驚きを隠せない越後屋さん。

 過去に何度も卸しの話しを断られているのでしょう。


 「藤五郎とは縁がございまして、少し分けてもらったのですよ。商いの品にできる程はさすがに……」


 ハハハと笑って言葉を濁します。

 頼めば、幾樽も送ってよこしてくれることは分かっているのですが、私は酒屋ではないので贈り物に使うくらいの分を送ってもらうのが、丁度いいんですよ。


 ◆


 日の入りも伸びて、暮れの六つを過ぎてもまだ明るい。


 店を閉めて濡れ縁で涼んでいると、足元に猫に戻った弥七を連れて、お初は盆を持ってやってきた。 

 私の傍らに膝をつき盆を置く。

 盆には湯呑みが二つと、プルンとした見た目で中の餡が透けて見える葛饅頭が三つ。


 「通りの伊勢屋さんで見かけたんですよ」


 お初と私に挟まれるように、弥七も人の姿となる。


 「夏になったんだね。こういうのを見ると実感するよ」


 葛饅頭に顔が綻んでしまう。

 私は酒はやらないのですが、甘いものに目がなく、水饅頭や水羊羹と夏の菓子が好物なのですよ。

 弥七は不思議なものを目の前にして、突いてみたりと訝しんでいる。

 

 「弥七。突いてないで、こうやって食べるのですよ」


 人に化けることは上手くなってはいるのですが、箸なんかを使うのはまだまだて、練習している最中。

 そんな弥七の手を取って教えているお初の姿は、まるで母親のそれであった。


 「お初。私と夫婦になってくれないか」


 口をついて出た言葉。

 突然のことに、お初も弥七も目をパチクリとさせて、驚き、開いた口がそのままになってしまった。

 しばらくの後、お初は居住まいを正し、少し厳しい顔で私と向き合う。


 「旦那さん。私は鬼でございますよ。そんなモノを嫁にとるなんて、考え直してください!」


 キツく言われてしまった。

 そうなるだろうとは思っていましたが、お初の口から直接聞いてしまうと、胸の奥がチクリとします。

 だけど、ここで挫けてしまうことはできません。


 「鬼だろうが、他の妖だろうが、お初はお初でしょう。私はこうして共に暮らして、お初と夫婦になりたいと思ったのですよ」


 お初が人の子であっても同じことです。

 その人の芯となってる部分に惹かれ、惚れて、先も共に歩みたいと思うことが大事なんだと私は感じている。


 「あたしの方が、決めかねてたみたいだね」


 そう言ったお初が、寂しそうに笑う。


 「どうするか、少し考えさせてくれないかい?」


 妖と夫婦になるってことですから、すんなりとはいきません。

 短命な私たちと、輪廻の輪を外れた妖。

 それの他にもたくさんの垣根があることでしょう。

 だけれども、一つ目の垣根を乗り越えて、声を出さなければ、二つ目も三つ目もやってはこないのですから。


 ◆


 しんと静まり返った寺の境内。

 木々の間を吹いてくる風が、涼しく気持ちがよい。


 「お初が使いでくるなんてね。驚いたじゃないか」


 そう言って現れたのは、尼僧の姿をした古馴染み。

 今日は、この尼僧か住職を務めるお寺に、播州屋の品を届けに来たのだ。

 いつもならば、旦那さんが顔を出すところなのたが、誰かに話を聞いて欲しくて、私が代わりを務めると無理を言って出てきた。


 「人と夫婦になるってのは、どうなんだい?」


 手渡された湯呑みを受け取って、そんないきさつを持ったこの尼僧に聞いてみた。

 この尼僧も、今でこそこのような姿をしているが、元は狐の妖で、人の男と夫婦として暮らしていたこともあるのだ。


 「なんだい。藪から棒に」


 隣の円座に座った尼僧。


 「先日ね……申し入れがあってね」


 それを聞いて、尼僧が飛び上がる。


 「そりゃ、良かったじゃないか!めでたいじゃないか」


 尼僧は嬉しそうだ。


 「でも、応えてないんじゃないのかい?」


 と、付け加える。


 「あんたのことだ。先のことをグルグル考えちゃ、一喜一憂してるんだろ?しかも、別れの時を考えてしまうと…」


 まるで、胸の内をのぞかれだよう。

 命の輪廻から外れた種の、私の方が長く生きるのは分かっている。

 だからこそ、そこで失ってしまうことが怖いのだ。


 「そうなの……失ってしまったらと思うとね」


 手の中の湯呑みに目を落とす。

 どうしても怖い。


 「やだよ。発破のつもりだったのに」


 彼女なりの後押しだったのか。


 「あんたはどうだったのさ」


 顔を上げて尼僧に向く。


 「私かい?その時はその時。亡くしたときは、わんわんと三日三晩は泣いたさね」


 やはりそこは大きくあったのだなと思う。


 「でもね。楽しかったり、嬉しかったりってのを思い出してさ…妖だと、なかなか無いじゃないか」


 長命たからこそ、日々がただの流れになって、心動かされることから遠くなってしまい、目に映るものも水墨画のように色がなくなってしまっているように感じることがあった。

 尼僧は、そのことを言ったのどろう。

 でも、弥兵衛と会ってからは、その絵に色が入り、まるで違って見えてしまったのだ。


 「一緒にいれた時は短いかもしれないけど、私はその彩られた世の続きも楽しもうって、ね」


 小僧や女童を集めては、字の書き方や読み方に、簡単な算術を教えたりと、未だに人との関わりを持って生きている。


 「私にもできるのかな?」


 そんな生き方が……。


 「ダメなら、ここに来なよ。いつでも待ってる」


 糸のように細く開いた目を、より細くした笑顔。

 

 「ありがとう」


 古馴染みの言葉が、蝉の声よりも胸に染み入る。


 ◆


 尼寺からの帰り道。


 「色がある世界……ね」


 戦が起きなくなって、どれくらい経ったのだろう。

 命の危険は減ったのだが、何とも味なく感じてしまう日々が続いていた。

 朝起きて、野に出て、畑を弄って、飯を炊いてと、全部が全部、自分が生きていくためで、それが誰かとの楽しみではない。


 あの日は夕餉のあとの気まぐれだった。


 日も暮れて暗くなって、ふと目についた提灯。

 広げてみたら使えそうだったので、戸棚からロウソクを出して、提灯に火を入れた。

 ぼんやりと明るくなる。


 草履を引っ掛け表に出る。

 何のことはない、いつもの暗がりだったのだけど、少し歩いてみたくなった。

 一里塚まで行ってみよう。

 提灯で足元を照らす。

 なんとも新味なきもちてあった。


 松の木の下で誰ともなく待っている。

 別に誰も来なくともよい。気まぐれに立っているだけなのだから。

 などと、捻た考えをしていたら、やってきたではないか。


 如何にもな旅装の旅人が。

 おとぎ話なら、男を誘って喰ってしまう、山姥のような話しが良くあるけれど、鬼に誘われる話などあっただろうか。


 「ちよいと、そこを使わせてもらうよ」


 用心を忘れていない、しっかりとした者のようだ。

 その者の方へと顔を向け、ニコリと笑ってみせる。


 さて、どうやって誘い出そうかと思案をしていれば、水筒の水を喉を鳴らして飲んだと思えば、あまりにも大仰にうまいと言っている。

 それがおかしくて、笑ってしまったのだ。

 

 「旦那さん。良かったら、うちで休んでいくかい?」


 なんだ。これでいいじゃないか。


 ◆


 夕餉の後。

 縁側で夜風に当たる旦那さん。


 帰りに伊勢屋で買った水羊羹と湯呑みを載せた盆を手に、隣へ腰を下ろす。

 盆を置くと、居住まいを正し膝の前に、両手の三つ指をついてみせた。

 目は旦那さんの少しぽやっとした顔を見る。


 「不束者ではございますが、末永くよろしくお願いします」


 私の言葉に、慌てて居住まいを直し、さっと両手をついて頭を下げた。


 「至らぬのはこちらも同じ。末永く共に行こう」


 そう言って顔をあげると、隣で弥七も真似をしていました。


 「おいらも!」

  

 ◆


 祝言とはいいましても、行列を作って町を練り歩いたり、神社で祝詞をあげてもらったりなんてことはいたしません。

 私どもの場合では、家同士の決まり事もありませんので、今日から播州屋の女将はお初だよと、それを披露する宴席になります。

  

 「弥兵衛。店も開いて、嫁ももらって。いっぱしの商人になったもんだな……こんな、小僧っ子だったお前がよぅ」


 駿河屋の大旦那も酒が入っていることもあってか、大変にご機嫌のご様子。


 今日は私とお初が夫婦になった披露の宴席。

 保土ヶ谷の宿の旦那衆に、店の修繕でお世話になった棟梁に職人さんたち、遠くは日本橋の駿河屋大旦那まで足を運んでくださった。


 「大旦那さん。何十年も前の話しですよ」


 親のいない私を引き取って、駿河屋を継いだ今の主人と分け隔てなく育ててくだすった。

 その当時を思い出す。


 「いやいや。ワシには昨日のことのようだぞ!聞いてるか?弥兵衛」


 すっかりと酒気にやられてしまって、何度もこの頃の話しが出てしまっている大旦那。


 「大旦那。そろそろ暇にしましょうよ。若い人たちもやることやりたいでしょうし」


 駿河屋の大旦那は、越後屋の主人に頼んでいるのですが、なかなか帰ろうとしません。

 暮れも五つを過ぎまして夜もだいぶ更けてきますと、宴席に来てくださった方々の中にも、帰られる人も出始めます。


 「越後屋さん。そろそろ寝ちゃうと思いますんで、もう少し、いさせてやってください」


  苦笑いになりながらも、越後屋さんに言ってみた。


 「童子じゃないん…だ。あさ……まで……」


 私にもたれかかり、徳利を手に寝息を立て始めました。

 その姿を見て、越後屋さんと私は互いの顔を見合ってしまいます。


 「利平。頼むよ」


 越後屋さんで、荷捌きなどの下働きを任されている利平さん。

 元は海の男で、身体つきもがっしりとしている。


 「へい。旦那」


 現れたと思えば、ひょいと大旦那を背負ってしまった。


 「あたしもこれで失礼しますよ。大旦那さんのことは、お任せを」


 そう言って大旦那を背負った利平を連れて、越後屋さんもうちを後にしていった。


 さて、広間は宴席そのままであったが、飯屋の信濃屋さんが手配りしてくださった女衆が、たちまちに片付けてしまう。

 信濃屋さんたちにもしっかりと心付けを渡し、感謝を伝えると祝いの言葉を返される。


 決まってからこちら、準備に手配にとドタバタと慌ただしい日々が続きましたが、ようやくそれも落ち着きます。


 「お初」


 濡れ縁で涼むお初も少し酔っているのか、額の角が出てしまっている。


 「旦那さん」


 私を見上げる目が、色香を感じさせる潤目となっていた。


 弥七も既に寝床で、寝息を立てている。


 何も遠慮することはない。


 お初の両の肩を抱きしめ、唇を奪う。


 熱い夜となりそうだ。

 


 

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