表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
播州屋の弥兵衛(全年齢版)  作者: 鈴木ハルカ
1/5

月夜の晩に(全年齢版)


 日も暮れて、月の明かりを頼りに東海道を東に進む。

 戸塚の宿で休めばよかったのだが、保土ヶ谷の宿までと欲張ってしまい。そのツケを支払うことになる。

 それは戸塚の宿の見附を過ぎ、しばらく足を進めたところでやってきた。

 飲まず食わずが祟ったか、足が進まなくなってしまったのだ。

 たまらず道端に座り込み、休みを取らざるをえなかった。

 竹の水筒から水を飲み、乾きを潤せば腹も減っていることに気づくもの。

 腰の小物入れから干し飯の入った巾着を取り出し、ぱらぱらと手のひらに出し、そいつを口に入れる。

 お湯で戻して、湯漬けのようにした方が旨いのだが、湯を沸かすような場所でなければ、腹の虫もそこまで待てるとは思えなかった。

 なので、手に出してはボリボリと噛んで、水筒の水で流し込む。

 食べて、飲めば、身体は動くようになるものです。

 干し飯や水筒を片付け、立ち上がり、保土ヶ谷を目指して足を進めました。

 

 保土ヶ谷の宿までは、最後の塚が見えてきたので一里はないくらいなのですが、いかんせん日も暮れてしまい、先急ごうにも、暗くてかないません。

 ※保土ヶ谷⇨戸塚は二里九丁


 しかも、先には権太坂も控えてもいますので、今の私が登り切れるのか、いささか不安を覚えます。


「こりゃ、塚で夜明かしするしかないですかね」


 このまま進んだとしても、宿場の木戸は閉まる刻限になりましょう。

 そうなれば、保土ヶ谷の宿に着いたとしても、野で夜明かしすることになるのだから、無理して進むよりもここで休むが吉ですね。

 これを戸塚で思いついていれば、今ごろ飯にもありつけてるってもんですよ。


 塚に近づいていくと、提灯の灯りが見えました。

 先客がいるようですね。

 そう思い少し用心して近付いていきますと、提灯のぼんやりした灯りに浮かぶ人の姿が見えてきます。

 齢の頃は三十路に届かないくらいだろうか、単衣の着物を着け、髷を結わずに前髪だけを櫛で留めている女が立っていた。


 こんなところで、夜鷹かねぇ?


 「ちょいとそっちの方を使わせてもらうよ」


 女にそう声を掛けますと、女もこちらに顔を向け、笑ってみせました。

 その笑顔が美しく、月夜も相まって妖の類なのではないかと疑ってしまいます。

 

 居場所を定めて腰を下ろし、腰に掛けた竹の水筒を取り出して、汲んでおいた水で乾いた喉を潤した。


 「あぁ〜っ!…生き返る」


 あれから、また飲まず食わずで来たものだから、ただの水でも染み渡るってものです。

 私のあまりにも大げさに水を飲む、その様子に女も驚いたように、こちらを振り返る。

 すると、何かを思いついたように手をポンと叩いて、こう声をかけてきました。

 

 「旦那さん。良かったら、うちで休んでいくかい?」


 無理をして足を伸ばしているので、疲れてもいるし、腹も減っている。

 雨、露しのげるところで休めるならば、それはとてもありがたい。


 「ありがたいのだがね。あんた、見ず知らずの男を泊めようっていうのかい?」


 女は頷く。


 「ご主人やご家族は?」


 こんな夜半に迷惑でないかと言う意味なのだが、女は首を振り、こう続けます。

 

 「主人に先立たれ、子もなく寂しい女の独り暮らしですよ」


 気遣い無用ということだろう。


 「それに、粗末ではありますが、温かいものも準備できますので」


 その言葉に胃の腑が動き出してしまいます。

 

 ぐぐぅ〜。


 静かな夜に響いた腹の虫。

 あまりの音に、顔が熱くなっていくのが分かりました。

 

 「それでは面倒になろうかの」


 クスクスと口元を押さえる女に言った。


 ◆


 塚からそれほど離れていない、畑の中にポツンとある手入れの行き届いた茅葺きの家。

 中へ招き入れられ、上がり框に腰を下ろし草履を解いた。


 「湯ではありませんが、お使いください」


 水の張られた盥と手拭いが足元に置かれる。

 

 ここまでしてもらえるとは…。


 「かたじけない」


 膝に手をつき、頭を下げました。

 野宿も覚悟してただけに、こう言った心遣いが身に染みるものです。

 

 「イヤですよ。袖擦り合うも何とやらですよ」


 コロコロと玉を転がすように笑う女。


 「お食事。残り物で申し訳ないのですけど、ご用意させてもらいますね」


 そういうと、女は炊事場へと消えていった。


 脚絆を外し、足袋を脱いで盥に足をつける。

 一日歩いて熱を持った足に、冷水が気持ち良い。

 足を揉むように洗い、手拭いで水気を拭って、囲炉裏のある居間に上がった。


 家屋の中もよく片付いており、居心地も良い。


 「汁物と湯漬けでございます」


 盆に乗せられた椀が二つ。

 片方は白飯に湯がかけられた湯漬け、もう片方だが、季節の野菜が細かく刻まれた味噌汁だ。

 そして付け合せに添えられた梅干し。

 どれも美味そうだ。


 「かたじけない。いただかせてもらうよ」


 箸を取り、手を合わせ湯漬けの椀を取る。

 空いた腹に吸い込まれるように、腕から飯が消えて行った。


 ◆


 「野宿も覚悟してただけに、もてなしが身に沁みます」


 食後に改めて礼を言った。


 「いえいえ、お口に合いましたようで」


 そう言えば名乗りもしていなかったことを思い出す。

 居住まいを改め、女に向いた。


 「手前は日本橋は駿河屋の番頭をやっております弥兵衛と申します。改めて一晩の宿と飯の礼を」


 女も崩していた足を揃えて、こちらの礼に応じてくれた。


 「初と申します。今宵はごゆるりと、おくつろぎください。奥に床も用意してありますので」


 そう言って、お初は奥の間に続く障子を引くと、古くはありそうだが、清潔そうな布団が敷かれていた。


 腹が膨れてしまえば、眠気が強くなる。

 お初の言葉に甘え、布団に入り休んでしまうことにした。


 ◆


 布団に入り目をつぶれば、泥に沈んでいくように眠りに落ちたはずなのだが…。


 丑の刻辺りだろうか、何かが布団に入ってくる気配を感じて目が覚めました。

 ふと目を向ければ、そこには布団をめくって同じ寝床に入ろうとしているお初さんがいるのですが、どこか雰囲気が違う。


 夕餉の時に見た姿は、少し線は細く感じるものの、出るところは出ており、また、良い器量をした穏やかな笑みを浮かべる女性でした。

 しかし、寝床に入ってこようとしている女は、逞しさを感じる身体であるが、女性らしい曲線はそのままだ。

 顔の方は瞳が黄金に輝くように光を映し、唇は真っ赤に色付いており、白く抜けるような肌に浮いているように見える。

 そして、額に小ぶりの角が二つ。


 「鬼であったか」


 そう呟いてみたが、驚いてはいない。

 私の声に気づいて、お初さんが私を見る。


 「驚いては……なさそうだね」


 肘をついた姿勢のままだが、はいだ布団を引き上げて私に掛け直す。


 「喰ってしまおうって鬼なら、布団をかけ直してはくれないでしょう」


 今、受けたことを言葉にして、笑いかけた。

 駿河屋の番頭となりまして、十年。年に二度は東海道を京、大阪、灘に播磨と回りますれば、鬼の一人や二人は見知っております。

 ただ、お初さんは今まで会った鬼たちとは、少し違うような機微を感じました。


 「違いない。で、どうするんだい?」


 夕餉のときの丁寧な口調とは違い、粗野な口調。

 姿に引きずられるのかもしれませんね。


 「目も覚めましたし、少し話しでもしましょうか」


 そう言って、肘立ちのままでいるお初さんへと、腕を差し出した。


 「な、なんだい?」


 意味がわからないようで、その行為にに訝しむ。


 「私の腕に頭を乗せて」


 躊躇う様子でしたが、おずおずと私の二の腕に頭を預けてきてくれましてので、少し引き寄せ、胸に抱きます。

 もう片方の腕を上から背中へ回し、ポンポンと軽く叩く。


 「違っているかもしれませんがね。もしかしたら、少し関わってみたくなったんじゃないですか?」


 今までに見知った妖たちの中には、少なからず、人の世に興味を持ち、それに関わってみたいと思う者がいました。

 害のないイタズラのようなものをする者に、多かったように思います。


 「今更かい?」


 ぶっきらぼうに聞こえますが、寂しさが見え隠れ。


 「今更だからでしょう。そうでなければ、誰が来るかも分からない一里塚で、提灯片手に立ってる人がいるんです?」


 あそこで立っている時から、どこか感じるものがありました。待っている雰囲気を…。


 抱いた頭を少し離し、額の角に唇を寄せる。


 「声を上げれば、きっと差し出される手はありますでしょう。ただね、取る手を間違えちゃいけないよ」


 そう言った私に驚いたのか、お初さんは私を見上げましたが、その瞳は潤みが増しているように見え、何かを求めているのだろうと感じました。

 すると、私の胴回りに両手を差し込み、顔が同じところにくるように引きずられ、お初さんの唇が私のに押し当てられます。

 それは、滾るように熱く感じた唇。

 

 今夜は熱くて長くなりそうです。


 ◆


 上がり框に腰を据え、草鞋を履く。

 背中にお初の視線を感じるが、手を止めることはない。


 「よし」


 結び目が解けないことを確認すると、上がり框から立ち上がり振り向く。


 「大変世話になった」


 一晩では収まらず、三日の間、共に過ごした。

 

 「こちらこそですよ。なんだか弥兵衛さんと暮らすのは、とても楽しくて…夜もスゴいのですもの」


 そう言ってお初は、恥ずかしそうに口元を袖で隠すのですが、こちらも顔をまともには見られません。

 

 「そうですか、喜んでいいのやら…」


 返答に困り、月代の辺りをピシリと叩く。

 こうしてばかりもいられません。

 大阪で指図した船も、そろそろ江戸に入ってしまいます。

 仕入れの品々を受け取るためにも、早く駿河屋に戻りませんといけません。


 上り框から立ち上り、お初に向きます。


 「本当に世話になった。寝床に飯に、それにお初の身体に…」


 そういって、居住まいを正し礼をする。


 「この礼は何れきっと」


 「その言葉。信じてしまいますからね」


 可愛い事を言う。


 雲一つない空に、日は高く登っている。

 笠を被り、最後に振り向き礼をした。


 「では、御免なすって」


 「待ってるからね。必ずまた」


 手を振るお初に背を向けて、目指すは日本橋。


 では、ありましてが、その道々。

 今の店に暇をもらい、保土ヶ谷の宿で小さな店から始めるのも悪く無い。

 帰ったら、大旦那様にでも相談してみますかね。

 そんなことを考えてしまっていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ