9話
突然、声が聞こえた。
「魔力暴走中! 魔力暴走中! 逃げてー!」
「避難避難!」
「わぁぁぁ! にっげろー!」
楽しそうな明るい声が聞こえてくるけれど、走ってくる足音は可愛らしい雰囲気ではない。
一体何が起こっているのだろうかと思った時、目の前が陰る。
「これはっ!」
レオン様は私を抱きかかえたまま、後ろへと飛びのく。私はその間に、目の前に現れた巨大な生き物と、その周囲を楽しそうに飛び回る妖精三人を見て驚いた。
今、目の前に、私が見たことのない世界があった。
「わぁっ! 大きな、わんちゃんだ! あと妖精さん! すごい!」
体が真っ黒な巨大な犬と、青赤黄色の妖精三人の姿に私は気分が高まる。
自分の人生の中で、こんな不思議なことが起こるなんて思ってもみなかった。
けれど、どうやら雲行きが怪しい。
「魔力暴走か! くそ……逃げるぞ!」
レオン様の、魔力暴走という言葉に私は驚く。
「あれが……魔力暴走」
体という器以上に魔力が溢れてしまい、それが暴走することを魔力暴走という。
実際に見ることが人生の中であるとは思ってもみなかった。
その時、ぐるるるるると酷く苦しそうな唸り声が聞こえてくる。
「あれ? 人間だ」
「久しぶりね。でも前の人間とは違うわね」
「本当だわ。なんだか……あれ? この香り」
三色の妖精は私達の周りに来るとくるくると回り出す。
それから鼻をクンクンとさせて、一人が私のスカートからさっきついポケットに閉まっていたいた試験薬を取り出すと空へと飛ぶ。
「あ、それはっ!」
私は手を伸ばすが短いでは届かない。
「あれは、魔力制御の試験薬と言ってたやつか?」
「はい! あの、返して!」
妖精達は試験薬を取り囲んだ後にこそこそと話始め、それからにやっと笑うと、試験薬の蓋を開けて大きな犬の口の中へ入れた。
「あぁ! まだ、試験薬なのに!」
どうしようかと私が戸惑っていた次の瞬間、大きな犬が遠吠えをあげ、その体から魔力が吹き出すと霧のように空中へと霧散していく。
そしてその体が美しい純白の色へと変貌していった。
「えぇぇぇ。ま、真っ白になった」
あまりにも美しいその姿に私が見とれていると、横にいたレオン様が呆然と呟く。
「魔力暴走が、止まった……嘘だろう……」
私は試験薬だったので、大丈夫だろうかと思っていると、上を向いていた大きな犬が体をブルりと震わせてから、ゆっくりとこちらを見た。
金色の瞳をした美しい犬だった。
「可愛い犬ですね」
私がそう呟くと、レオン様が眉間にしわを寄せる。
「犬……?」
「……犬って始めて見ましたが、大きいんですねぇ。知らなかったです」
「いや、犬では……ないだろう……普通の犬は見上げる程大きくはない」
「……そうなのですか? じゃあ、あれは……」
そんな私達のやり取りを見ていた妖精達がくるりと回転してから飛んでくると口を開いた。
「素敵なお薬ありがとう!」
「よかったわぁ。友人が暴走する姿っていつ見てもわくわくしちゃうから」
「そうそう。だから今回は止められてよかったわ!」
わくわくしちゃうのかと思っていると、私達のことを見ていた大きな犬が口を開いた。
「我は聖獣にしてこの森を統べしモノ。魔力暴走から救ってくれたのは……そなたか」
低く響く声に、私はびくりと肩を震わせる。
少し怖くなって一歩後ろへと下がると、私を庇うようにしてレオン様が前に立つ。
「……聖獣殿、そのように神聖な場所だとは知らず、足を踏み入れてしまい申し訳ない」
「あぁ。大丈夫だ。怒っているわけではない。ふむ。そのなんだ。怖がらずに前へ出ておいで。その、小
さな救い主よ」
私のことだろうかと思い、一歩前へと出ると、おずおずと尋ねた。
「あの……さっきのは試験薬で……体に異常は?」
「いや、むしろ素晴らしい気分だ。いやぁ、ここしばらく魔力暴走が続いていてな、暴れまわっていたので、やっとこうして正常になれて、感謝しているのだ」
「……そうなのですか?」
「この薬をどうやって?」
「資料を基に魔法植物を使用して作ったのです。ただ、まだ完全なものではないので」
「そうか。うむ。たしかに、微量にピリピリとした感じはするが、それでも魔力暴走が続くよりはいい。感謝する」
「あ、いえ、そんな……あの、ま、魔力暴走はよく起きるのですか?」
「いや、そうでもないのだが……たまにな」
その言葉に、私は驚きながらも、また薬が必要になる時が来るかもしれないと思い、試験薬は今後も作ろうとそう思った。
聖獣様がゆっくりと口を開く。
「ふーむ。何かお礼がしたい。叶えてほしいことはないか?」
そう言われ、私はどうしようかと思いしばらく考える。
そして、ハッと思いつき、叶えてもらえるだろうかと口を開いたのであった。
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