26話
小さな体で、かなり無理をしたのだろう。一瞬で眠りに落ちたその姿を見つめながら、ロムアは呟く。
「本当に……なんて希有な存在か」
「あぁ」
「びっくりしたよ。まさか、シャーロット王女殿下だったなんてね」
ロムアの言葉に、レオンは小さく息をつく。
本当は、ロムアにその正体を知られたくはなかった。
レオンは幼い頃からロムアを知っているからこそ彼がどういう人間かもわかっていた。
「……王女殿下とは婚約したばかりだな」
「あぁ」
「ふーん」
その意味ありげな視線に、レオンはハッキリと告げた。
「渡す気はないぞ」
そう告げられたロムアはしばらく考え込む。
「下手をすれば取り合いになると思うが」
「……」
「彼女自身はあまり理解していないようだが、これまで魔法植物をこのように薬に転用できるものはいなかった」
「あぁ」
「誰も研究しなかったわけではない。研究しても出来なかったのだ」
レオンはその言葉に、うなずきながら考え込む。
魔法植物がこれまで研究されなかったわけがない。
魔力を有し、多種多様なその生態系。だが、結局様々な理由はあるが、薬に到達できたものがいなかったのだ。
「四大公爵家はそれぞれ魔力について悩むものが多い」
「それは分かっている」
「最悪戦争だぞ」
「彼女はそんなことは望んでいない。そうならないように動くつもりだ」
レオンの言葉にロムアは仕方がないとでもいうように小さく息をついてみせる。
「……はぁ。仕方がない。僕も一緒に守ってやろう」
予想外の言葉に、レオンは少しばかり訝しむ。
「守る、か」
「あぁ。恩があるからね。彼女の嫌がることはしないよ。ただ……」
にっとロムアは微笑むと告げる。
「彼女が僕を必要とすれば、また状況は変わるかもしれないけれどね」
二人の間に火花が散る。
ロムアは昔から後ろから一歩引いて物事を見るようなそんな少年だった。ただ、彼が最終的に欲しいと思ったものは全て手に入れてきていることをレオンは知っている。
だからこそ、油断はしない。
「私はそなたに彼女を渡さない」
「ふーん。まだ結婚はしたてなのに、どうしてそこまで?」
レオンはシャーロットが婚約者となった時に、自分に出来る限りのことはしようと最初から決めている。
「彼女の婚約者になると決まった時、出来る限りのことをしようと決めていたからな」
「……なるほどね」
その時、寝息を立てるシャーロットが小さく寝言を呟く。
「レオン様……傍に、いてください」
可愛らしいその呟きに、レオンは胸の痛みをまた感じる。
「どうしたんだ?」
「最近、シャーロットを見ていると、胸が痛んだ。病気ではないかと疑っている」
「は?」
「だが病気だろうが、渡すつもりはない」
「待て……は? 胸が痛い? ふ……ふふふ。待てよ。初恋じゃあるまいし、何を……」
「初恋?」
「おいおいおい。待てよ」
「いや、こんな可愛らしいシャーロットにそんな不埒な……不埒……」
レオンは口ごもる。
シャーロットから言われた言葉がレオンは頭を過っていく。
『婚約者として、愛おしく、み、見て、ほしい……です』
レオンはシャーロットを愛おしいと思っていた。
愛さずにはいられないとそう思った。
だがそれは、家族に抱くようなそのような愛だった。
だが、その感情が、いつの間にか家族のようなそのような愛から、一人の女性として愛おしく思う愛へと移り変わっていっていたことに、気が付いていなかった。
レオンは衝撃を受けたような表情を浮かべてロムアを見る。
ロムアは見てはいけない物を見たような気持ちになる。
「やめろ。僕にそんな顔を向けるな」
「どうしろと……」
「知らないよ」
自覚してしまった。
レオンはやっと自分の本当の気持ちを自覚してしまったのだ。
いつからと問われれば、自分でも分からない。
だが出会った当初からシャーロットのことをずっと可愛らしいなとは思っていた。
「どうしたら……」
戸惑うレオンにロムアは顔をひきつらせつつ答えた
「それは知らないよ。ただ、とにかく僕達はもう少し働かないとね」
その時、ジョンや妖精達が帰って来た。
レオンに抱かれるシャーロットを見て、心配そうに呟く。
「どうした!?」
「「「シャーリー!?」」」
レオンは安心させるように答えた。
「疲れて眠っているだけだ。魔女とルパート殿は? それに森の様子はどうだ?」
その言葉にほっとし、ジョンは答えた。
「空から降って来た雪。あれは主の薬か? あれを体に浴びた瞬間に正気を取り戻し森の奥へ戻っていった。薔薇も消えていったぞ」
妖精達は残念そうに呟く。
「そっちはうまくいったのね」
「私達は逃げられちゃった」
「気配も消えて、ごめんなさい」
レオンはうなずき、シャーロットを見つめながら言った。
「とにかく、森の危機が去ったなら良かった。シャーロットの薬も効いたようだな。ほっとしたよ」
そのやり取りを見ていたロムアは、小さな声でレオンに尋ねた。
「色々と状況が見えないんだが」
「そうだろうな。突然そなたはここに来たしな」
妖精達が、ロムアの周りをくるくると回る。
「クラーク家の子どもね」
「この子も久しぶりね」
「あら、前の子とは違うわよ」
ロムアは首を傾げた。
「我が家を知っているのですか? 妖精様方」
すると妖精はケラケラと笑い声をあげた。
「やだ。普通に喋っていいよ」
「クラーク家の子は好きよ」
「もちろんカーライル家の子もね」
その様子にレオンは今ならば尋ねてもいいだろうかと、妖精の機嫌を伺いながら尋ねた。
「もしや、この森と四大公爵家は何か関りがあるのですか?」
質問をしたその直後、レオンは後悔した。
妖精達は瞳の色を赤く点滅させ始めたのである。
「難しい話は嫌い」
「楽しい思い出は好き」
「だからこの話はおしまい」
妖精達は気まぐれだ。そしてその機嫌を損ねることは恐ろしいことにつながる。
レオンにうなずくと、シャーロットがジョン達の気配に気づき、うっすらと目を開けた。
「ジョン、アカ、キイ、アオ……良かった。無事に、帰って来たの?」
妖精達は気配をけろりと変えると、笑顔で言った。
「帰って来たよ」
「ただ、逃がしちゃった」
「ごめんね」
シャーロットは微笑むと、三人へと手を伸ばす。
「無事に帰って来てくれて、ありがとう」
三人はシャーロットにぎゅっと抱き着き、また寝息を立て始めたシャーロットの額に唇を落とす。
「可愛い子」
「大好き」
「よーし。シャーリーの為に、じゃあもうひと頑張りしますか!」
「「おー!」」
妖精達はそう言うと、空高くへと舞い上がり、赤、黄、靑の輝く粉を森へと飛び回り届けていく。
枯れた元気のなかった森が、一気に元気を取り戻し始める。
台地には新しい緑の芽が顔を出し、枯れてしまった花々が咲き誇る。
そして鳥の歌声や、虫の鳴き声も聞こえ始める。
「森を一周してくるわ」
「シャーリーが目覚めたら喜ぶわ」
「ふふふ。ついでに青い炎の薔薇が残っていないかチェック~」
妖精達はそう言うと森の中へと飛んでいく。
ジョンはシャーロットの顔を覗き込んだ後、レオンとロムアへと視線を向けて言った。
「我が主を頼むぞ。二人の騎士よ。我も、森をもう一周してくるとしよう」
そう言って、大地を蹴ると一瞬でジョンの姿は見えなくなる。
ロムアはレオンを見て言った。
「待て、聖獣が主って……待て待て待て。情報量が多すぎる」
いつもは冷静なロムアが慌てた様子でそう呟く。
レオンはそれはそうかと思いながら答えた。
「私もそう思う」
妖精から情報を得たいと思ったが、自分には答えてくれそうにない。
小さく息をつきつつ、レオンは眠るシャーロットを見る。
「君は、本当にすごい女性だな」
妖精と聖獣の心を手にする乙女。
王国に気付かれれば、シャーロットの自由はきっとなくなってしまうだろう。
そして心優しい彼女は、王国に利用されるかもしれない。
「私は絶対に彼女を守る」
レオンの言葉にロムアはうなずく。
寝息を立てる小さなシャーロット。彼女はまだ、自分の価値に気が付いていない。
◇◇◇
「はぁはぁはぁ……」
ぬかるむ泥水の中を、ルパートは必死に歩き続けていた。
妖精や聖獣に気付かれないように、静かに、身を隠しながら進んでいく。
「生きてさえいればチャンスはある」
ルパートはそう思っていたものの、全身の体力を奪う泥水に辟易していた。
すると、肩口に生えた青い炎の薔薇は、口うるさくしゃべり始める。
「もう! もう! 後少しだったのに。依り代は奪われるし、青い鳥も取られて、踏んだり蹴ったりよ!」
「だから俺は、もう少し計画をしっかりと進めるべきだと言ったのだ」
「だって! 仕方ないじゃない。あーもう! うるさいわ」
次の瞬間、肩口に生えていた青い薔薇はツルを伸ばしルパートの全身を縛り付ける。
「くっ……おい、なんのつもりだ」
身動きの取れなくなったルパートに、青い炎の薔薇から姿を現したメリザンドは告げた。
「青い鳥があれば、魔力は吸い放題、貯め放題だったのに残念。でもまぁ、依り代、貴方の体で我慢してあげる。人間の体って異なる魔力貯められないから不便なのよね」
「ははは。依り代がなければ動けない寄生生物ごときが、俺の体を奪おうと言うのか?」
「だって貴方口うるさいんだもの」
「契約がある。魔女は契約に縛られる生き物だろう」
そう言うと、メリザンドは笑い声をあげた。
「えぇ。だから殺さないわ。うふふふ。貴方の体を奪い依り代として使って、貴方の願いを叶えてあげる」
その言葉に、ルパートは唇を噛む。
魔女との契約は賭けだった。
不確かなものに賭けるなど愚の骨頂。だがあの時の自分には何もなく、死を目前に賭けに乗るしかなかった。
そして、負けたのだ。
ルパートは大きく深呼吸をする。
体がツルに巻き付かれ、そして魔女がぞっとするほどの美しい顔をこちらへと向ける。
「おやすみ。ルパート」
戻ってきつつあった魔力がまた奪われていく感覚がする。
いや、奪われていくと言うよりも乗っ取られていくという感覚か……。
このまま眠りにつけば楽なのだろう。だが、ルパートは瞼を開き、体を無理やり動かすと、肩口の薔薇を掴む。
「何をするの!?」
「ははは。俺は……諦めが悪くてね」
無理やり引きはがそうとするが、体が引き裂かれるように痛む。
「私を剥がせば、貴方の体だってただじゃすまないわよ!」
「乗っ取られるより、ましだろう!」
「くそがぁぁぁぁぁ」
その時だった。
空から、ひらりと、冷たい雪が落ちてきた。
季節外れの雪に、空を見上げるとメリザンドが悲鳴を上げた。
「きゃぁぁぁぁあ! 何よこれ! いやぁぁぁ! 体に、魔力が、あいつの魔力が!」
雪はどんどんと強くなり、メリザンドへと降り積もる。
ルパートはメリザンドが悲鳴を上げている今がチャンスだと、自らの体から青い薔薇を引き抜こうとした。
その瞬間、メリザンドは悲鳴を上げる。
「やめて、お願い、ねぇ、やめて?」
懇願するメリザンドだが、次の瞬間ルパートの体を飲み込もうとツルを大きく動かした。
ルパートは一瞬怯んだものの、渾身の力を込めて、メリザンドを自らの体から引き抜く。
「きゃぁぁぁぁぁぁ」
悲鳴と共に、メリザンドの体は、雪に触れて、ジュっと音を立てて消えていく。
空からしんしんと雪が降り続ける。
「はぁ……はぁ……はぁ」
相反する魔力は、毒になる。
メリザンドの敗因は、毒となるものから逃げずにいたことだろう。
体に降り積もっていく雪に、ルパートはため息をつく。
「結局……シャーロットに助けられたか……」
その時、がさりと、草むらが動く。
魔獣であれば、運の尽きか。そう思っていたルパートの目の前に、なんともボロボロな姿のグレイが姿を現した。
「くひひ。あーあー。ボロボロじゃないか」
「……お前もな」
グレイはルパートの体を起き上がらせると、肩口に残っていた薔薇のツルを手で払いのけた。
ルパートは、泥にまみれた自分の足元へと視線を向け、呟く。
「遅い」
「色々悩んでね」
「……はぁ。手を貸せ」
「はいはい」
グレイはルパートが起き上がるのを手伝う。それから二人は森の中を並んで、ぬかるむ土を踏みしめながら歩き始めた。
「とりあえず、お風呂入りたい」
呟くグレイに、ルパートはため息をつく。
「そうだな。とりあえず、しばらく森はこりごりだ」
「おや、復讐は?」
「……助けられたからな」
「ははは。じゃあ、とりあえず他国に行きますかねぇ」
よろめくルパートを、グレイは支え、二人は歩いていく。
妖精三人はそれをじっと見つめると呟く。
「魔女は消えたから」
「まぁ、よしとしますか」
「本当に、でも……次帰ってきたら」
妖精の瞳が赤く点滅する。
それに気づかぬまま、ルパートとグレイは森の中を歩いて行ったのであった。
ルパートとグレイの二人のやり取りはかなり考えました。
書籍ではもう少し二人のやりとりが長くなっております(●´ω`●)この二人のこのやりとりはお気に入りのシーンなんです。敵だけれど、どこか憎めない二人でした。
自分の目的のため、その為ならばなりふり構わない、そんな二人でしたが、新たな一歩を彼らもまた、踏み出しました。







