15話
レオンは資料を持ち、シャーロットのいる北の離宮の扉をくぐった。
カーライル公爵家にはフォーサイス王国の成り立ちから、裏の事情の資料まで様々なものが保管されている。
口外することが憚れるようなそのような内容のものもあるためその扱いはかなり慎重にならなければならない。
そんな、極秘の資料庫の一角に、青い炎の薔薇の魔女についての記載があった。
フォーサイス王国に災厄を落とした魔女が現れたのは、エレニカ・フォーサイスが北の離宮に幽閉されてすぐのことであった。
その時系列には意味があるような気がレオンはした。
ただ、魔女に関してエレニカが関係したとの資料はなく、資料によれば魔女を聖域の森へと追いやったのは四大公爵家の一つであるクラーク公爵家だとのことであった。
おそらく、レオンが得た情報よりも詳しい内容はクラーク公爵家にあるだろう。
「……シャーロットに挨拶をしてから、行ってみるか……」
同じ公爵家同士、魔力暴走が起こる前まではレオンとクラーク公爵家の現当主であるロムアは一緒に遊ぶこともある仲であった。
あの頃は、お互いの両親もまだ健在の頃である。
「懐かしいな……」
あれから時はたち、たまに手紙のやりとりをするそんな仲になった。
温室の方へと視線を向けると、灯が付いている。
朝食の籠はまだとっていないようで、それをレオンは手に取るとシャーロットのいる温室へと向かって歩き始めた。
シャーロットは、集中すると食事を忘れてしまうことがある。
「あんなに細いのに、これ以上細くなったら大変だぞ」
たくさん食べさせなければという使命感を胸に歩き、温室の扉を開け中に入った。
「シャーロット、おはよう」
「レオン様、おはようございます」
その瞬間温室中に広がっている魔力の痕跡に、レオンは目を見開く。
「これは……」
「色々、お話しなくちゃいけないことがあるんです……はれ?」
「シャーロット!」
体が揺らぎ倒れそうになったシャーロットをレオンは抱き留める。
その体は熱く、顔も真っ赤であった。
「大丈夫か?」
「は、はひ。すみません。大丈夫れす」
「発熱している。運ぶぞ」
「す、すみません……」
シャーロットをベッドへとレオンは運ぶと、水を用意し、ゆっくりと口元へと運ぶ。
コクリとそれを飲んだシャーロットは息をつく。
その様子を見て、レオンは以前無効化薬を作った時の症状とよく似ているような気がした。
「きついところすまない。何があったのか、簡潔にだけ教えてくれるか? 何かがあったのだろう?」
温室の中には、見たことのないクラーク家の魔力を有した魔法植物があった。
昨日まではなかったものだ。
シャーロットはうなずくと、昨日何があったのかを教えてくれた。
それをレオンは聞きながらうなずき、そして話し終えたシャーロットはうつらうつらと舟をこぎ始める。
「昨日眠っていないのだな。とにかくゆっくり眠ってくれ。私は……少しクラーク公爵家へ話を聞きに行ってくる」
「え……私も……そっか、私は、いけないんだ……」
ぼうっとしているのだろう。
寂しそうにそう呟くシャーロットの頭を優しく撫でると、その手にシャーロットがすり寄る。
「レオン様の手、冷たくって気持ちいい。へへへ」
可愛らしいその姿に、レオンは優しく微笑むと、シャーロットの額にキスを落とした。
「寂しいだろうが、少し待っていておくれ」
「ハッ……い、今……」
その可愛らしさに幼い頃弟にしていたように、つい額にキスしてしまったレオン。
シャーロットは顔を更に真っ赤に染め上げた。
その瞬間、ボフンっと、シャーロットの姿が大人の姿へと変わった。
しかも洋服もちゃんと大人のものへと変わっている。
「トキメキ……」
シャーロットが小さくそう呟いた。
「ときめき? シャーロット、大人の姿へ戻っている! 良かった!」
レオンはそう言うと、シャーロットのことをぎゅっと抱きしめた。
「本当に良かった……小さい姿だと色々と苦労もあるだろう」
背中を優しく撫でられるシャーロットは、妖精のトキメキで戻ると言う言葉を思い出し、自分がレオン様にときめいた時に大人の姿に戻る仕様なのかとハッとする。
これでは、自分の感情がレオン様に気付かれてしまう。
それは恥ずかしすぎると、シャーロットが視線を泳がせていると、レオンが言った。
「だが、何故突然……? あぁ。以前も発熱した際に戻ったことがあったな。うむ……もしかしたら体調の不調などか?」
考え出したレオンに、シャーロットは急いでベッドにもぐりこむと言った。
「あの、体調が悪いので、今は眠ることにします!」
「ん? あぁ。そうだな。ゆっくりお休み」
レオンはそう言うと、シャーロットの掛け布団を整え、ベッドの脇に飲み物を用意しておく。
シャーロットはといえば、レオンが先ほど自分の額にキスを落としたその感触を思い出しさらに熱が上がるような感じがする。
「朝食の籠はここにおいておくから。出来るだけ夕方か夜にもう一度来て様子を見るようにするからな」
「だ、大丈夫です。その、移動時間もあるでしょうし……」
「気にするな。今日、一度聖域の森の様子を見に行きたかったが、その体調では難しいだろう。明日行こう」
「はい……お姉様大丈夫でしょうか。皆も……」
しょぼんと項垂れるシャーロットの頭をぽんぽんと優しくレオンは撫でる。
「今は体調を回復させるほうが重要だ。よくおやすみ」
「はい」
シャーロットは瞼を閉じ、しばらくすると寝息を立て始めた。
レオンは立ちあがると、一度温室へと向かう。
机の上には、自分用ではない誰かのための魔力抑制剤が置かれている。
その他にも、いくつかの試作品であろう薬が置かれている。
「シャーロット……君は自分がいかに希有な存在か、まだわかっていないのだろうな」
魔法植物を薬に変えることがいかに普通ではないか、シャーロットはまだ分かってないだろう。
「クラーク公爵家へ向かうか……」
レオンはそう呟くと、温室を後にする。
シャーロットの話をしていたクラーク公爵家の所有する別邸は、この北の離宮から少し離れた位置にある。
だが、馬を飛ばせば一時間ほどでつくだろう。
「さて、行くか」
外に止めていた黒い馬へとレオンは跨ると、一気に馬を駆けさせる。
馬に乗って走るのは好きだ。馬と心を共に走るだけでいいから。
魔力抑制剤を飲むようになってから、レオンはこうして普通に馬に乗れるようになった。
それまでは、魔力を恐れられて乗せてもらえないことがままあった。
人との交流もだ。
シャーロットのおかげでレオンの世界は確実に広がった。
だからこそレオンはシャーロットに対して恩返しをしていきたいという想いがある。
「私にできることは、なんでもしよう」
レオンはそう思いながら、馬を駆けさせ、クラーク公爵家の別邸へと向かったのであった。
クラーク公爵家の別邸は、雰囲気からして違う。
途中からクラーク公爵家特有の魔力を感じ、雪がちらほらと舞う。
吐く息が白くなり、レオンは突然の訪問の謝罪をしながら使用人に馬を任せる。
執事に案内されて通された部屋には暖炉に火が入れられており温かであった。
侍女によって紅茶が出され、レオンは礼を告げる。
以前は使用人とのこうしたやり取りすらまともに出来なかったなとそうふと思う。
その時、扉を開け十年程ぶりにロムアと対面する。
幼い頃の面影が残っており、懐かしさをレオンは感じた。
「やぁ、久しぶりだね」
ロムアはそう言うとレオンの目の前まで歩いてくる。
お互いに握手を交し合い、そしてソファへと腰掛けた。
「久しぶりだ。突然の訪問すまないな」
「来てくれて嬉しいよ。……まぁ、いろいろと気になるところではあるけれどね」
机の上に並べられた紅茶を、二人はじっと見つめる。
「人に入れてもらう紅茶は、本当に久しぶりなんだよ」
ぽつりとロムアの呟いた言葉に、レオンも同意するようにうなずく。
「私も最近になってやっと……」
お互いに探り合うように視線を重ねる。
二人は紅茶を一口飲むと、笑顔をお互いに交し合う。
「それにしても本当に久しいが、元気にしていたか」
「えぇ。お互いに公爵の地位を賜り仕事に忙しくしていたから会える機会がなかったものな。レオン殿は戦場でもかなりのご活躍と耳にした」
「いやいや。ロムア殿こそ神殿とのかかわりを円滑に整え、王国と神殿とをつなぐ橋渡しとしてご活躍とか」
「えぇ。我が家紋は神殿と王家との懸け橋の役割も担っているからね」
また二人は紅茶を一口飲む。
それから笑顔のまま話は進む。
「お互い、公爵家の家紋の為に忙しいな」
「あぁ。そうだな」
コトンと机にティーカップを置き、笑顔を消したロムアが告げた。
「それで、君がここに来た理由は?」
レオンは同じようにカップを机へと置くと、真っすぐに視線を返して告げた。
「私がここへ尋ねて来た理由は、青い炎の魔女についての資料を見せてほしいと思ったからだ」
「青い炎の魔女……ふむ。突然だな」
そう言った後、ロムアはじっとレオンの様子を探るように呟く。
「かつてクラーク公爵家が聖域の森へと追いやった魔女が、聖域の森で復活したようなのだ」
「……なんだと?」
ロムアの表情が鋭くなる。
「その情報をどこで?」
「うむ……」
どこまで情報を告げるべきか。
レオンはそう思い悩みながらも、ロムアの状況についても把握しておきたいとそう考える。
「その前に。私は魔力過多症であり、現在、極秘に治療を受けている。ロムア。そなたに問うが、魔力過多症では、ないか?」
その言葉にロムアは眉間にしわを寄せると、乾いた笑いをこぼしたあと告げた。
「ずるいな。真正面から真正直に問いかけて来るなんてね。僕は、魔力過多症ではないよ。ただし、魔力が制御できずに魔力暴走を起こすことが……ここ最近増えてね。この別邸にいるのも、その症状を抑える為なんだ」
「そうだったのか」
「あぁ。この別邸はかつて魔女を森に追いやった功績をたたえて王家より賜った場所なんだ。何のための場所か当主になるまで知らなかったんだが、魔力制御が出来なくなった者が余生を過ごすのに適した場所だったんだ」
そう言うと、ロムアはうつむき、ぐっとこぶしを握る。
「公爵家は魔力に呪われている……そう、最近、落ち込むことが多かったんだがね」
ロムアは顔をあげる。
「だが昨日、この庭に可愛らしい小さな妖精さんが現れてね。僕の魔力暴走をいともたやすく止めたんだよ」
「……」
「僕の魔力を可視し、その上、逃げることも怖がることもせずに不思議な薬を飲ませて魔力暴走を止め
た……なぁレオン。教えてくれ……何か知っているのだろう。昨日の今日で君がここに現れるなんて、偶然が過ぎるじゃあないか」
子どもの時ぶりに呼び捨てでそう呼ばれ、レオンは笑みを浮かべた。
「知りたいか?」
「もちろん」
「じゃあ、まずは魔女について包み隠さず教えてほしい」
その言葉に、ロムアはため息をこぼす。
「……もちろん。どうせ、魔女の対処にはクラーク家が名乗りを上げなければならないだろう。魔女が復活の時、クラーク家が必ずまた魔女の災厄を退ける。そう我が家紋では昔から決められていることだからな」
「宿命のようだな」
「悲願ともいう」
少し考えこむようにしながら、ロムアは呟いた。
「ただ、小さな妖精さんについてもちゃんと教えてくれ」
「……そうだな」
少しの間を感じ取り、ロムアは鋭い視線でレオンを睨みつける。
「まさか、独り占めする気じゃないだろうね」
「……独り占めというか……」
レオンにしてみればシャーロットは自分の婚約者であり誰かと分かつようなものではない。
ただそんなことを知らないロムアは厳しい口調のまま話を続ける。
「魔力暴走を止めるなんてこと……これまで誰もなしえなかったことだ」
たしかにその通りだ。
これまで何人もの四大公爵家の者達が、公にしていないだけで魔力暴走に苦しめられてきた。
その歴史が、今、覆ろうとしているのだ。
「これが公になれば、四つの柱である公爵家同士で、取り合いになるだろうね」
「何が言いたい」
「レオン。彼女の正体は、一体何者だ」
鋭い視線に、レオンは真っすぐに視線を返す。
「今は言うつもりはない」
「……今は……ね。はぁ。分かった。今は引こう。魔女が先だ」
ロムアは立ちあがると、レオンについてくるように顎でくいっと指し示す。
扉に手を当てると、本棚が動き、そこから隠し通路へとつながる。
「まさか、僕の代で魔女の封印が解かれるとはな」
「あぁ。そうだな。おとぎ話のようなものなのにな」
「ははは。そりゃあ別の家紋ではそうだろう。だが、クラーク家ではそうではない」
階段を降りていきそして大きな青い鳥の文様の描かれた扉にロムアが手を触れた瞬間その扉が開かれた。
「先ほども言ったが、クラーク家にとっては悲願だ」
「悲願……」
「青い炎の薔薇に捕らわれた青い鳥を取り戻すためにな」
「青い、鳥?」
「あぁ」
灯が灯った瞬間、壁一面に青い薔薇と青い鳥、そして様々な古代語で壁が埋め尽くされているのが分かった。
「ようこそ。我がクラーク家の深淵部へ」
ぞっとするような微笑みを、ロムアに向けられる。
「恐ろしいな」
「だが、関わった以上力を貸してもらうぞ」
「それはもちろん。フォーサイス王国を守るのは四大公爵家の役目だからな」
ロムアはうなずくと、レオンに本棚から取り出した一冊を差し出したのであった。
ロムアとレオン、二人の公爵が出てきました(●´ω`●)
ふふふ。にやにやしちゃいます(*´▽`*)






