7話
ローレン王国の第一王子であったルパートだが、現在は罪人として地下牢へと幽閉されていた。
暗い牢屋の中で看守とのやり取りをしたルパートは、鍵と着替え、そしてグレイがどこの牢屋に収容されているのかを聞き、牢屋の外へと出る。
聖域の森を手に入れられることが出来なかった代償は、重かった。
(はぁ……父上は私を見限った。だが、私はここで終わる男ではないぞ)
最初はどうにかして復権できると考えていたが、ルパートのことを後ろ盾として支えていた貴族達の面々は、手のひらを返した。
最終的にどうにか得ることが出来たのは、幽閉を脱出するという道筋だけ。
ルパートは祖父に最後の手段と頼みこみ、脱出の手助けと金品を受け取った。ただ、ここからは自分でどうにかしろと伝えられている。
「ははは……皆、私がここで終わると考えているのだな……」
第一王子として期待され、皆から羨望の眼差しを受けてきたルパート。
けれど、振り返ってみれば自分の居場所は地下牢の薄汚れた部屋。
「……ここで、私は終わらない……」
その瞳は未だ野心に燃えていた。
ルパートは幽閉された部屋から、別の地下牢へと移動をすると、その中でうずくまっているグレイに声をかけた。
「急いで脱出するぞ」
「……ルパート?」
グレイはこちらを見上げると、乾いた笑い声をこぼした。
「はは……脱出してどこへ?」
「聖域の森を今度こそ手に入れる」
「聖域の森か……なぁ、ルパート」
「なんだ。早くしろ。今鍵を開けてやる」
看守から受け取った鍵で牢屋を開けようとしたが、グレイの言葉に動きを止める。
「これ、お守りだ。もって行け」
ルパートは視線をグレイへと向けるが、グレイは手を差し出すのみで、ルパートと視線を合わせずに言った。
「一緒には行けない」
「……何故」
「……今、自分は、何もしたいことがない。母様はもう、いない」
「共に来い」
物音ひとつしない、牢の中から、小さな弱弱しい声でグレイは一言返す。
「……すまない」
ルパートはため息をつくと、グレイの手からの餞を受け取る。
それから背を向け、一度立ち止まると言った。
「……ではな」
ルパートは顔をあげ歩き始めた。
振り返ることはない。自ら手を離した者を引き上げられる程の力が、自分にはないことをルパートは自覚している。
だからこそ今はまだ。
マスクをつけ、ルパートは顔を見られないようにしながらどうにかローレン王国を抜け出す。だがしかし、しばらくした後に辺り一帯が騒がしくなり始めた。
「くそ……もう追手が……気づかれるのが、早い」
どこから情報が漏れたのか。
看守かはたまた、祖父か。
わからないが、ルパートの残されている道は逃げることしかない。
用意されていた馬に乗ったルパートはただ必死に森の中を突き進む。
そして、休むことなく進んで進んで、そして、途中いくつかの町を経由しようとした。だがすでに王国からの追手が迫っており、危険があることを分かっているのに、立ち寄ることは出来なかった。
寝ずに走り、そして、どこにも行きつく場所がない。
走らせすぎた馬は途中で転倒し、動かなくなったため、乗り捨てて、それでも森の中を一人走り続けた。
そして、ルパートが追ってから逃げて逃げてたどり着いた先は、空気の違う、聖域の森の入り口であった。
「ははは……ここ……か」
この森に今自分が入れば、死、しかないだろう。
中には魔獣や摩訶不思議な虫や生き物が共生する森だ。聖域とは言われているが、魔の森と言っても過言ではない死と隣り合わせの場所。
ただ、この時のルパートは追い詰められていた。
「馬が捨て置かれた場所からしらみつぶしに探していくぞ!」
声の主から隠れるように、物陰に身を潜める。
ちらりと草陰から覗き見てみれば、それはローレン王国の騎士であった。
もうすぐ近くまで追手が迫っている。
ルパートは覚悟を決めて聖域の森の中へと駆けこんだ。騎士達は聖域の森には入って来れない。
逃げ込むならばここしかない。
「絶対に死ぬものか。私は絶対に、この森を手に入れ、ローレン王国の王座を手に入れるのだ」
泥水に汚れながらも、ルパートは野心を捨てない。
「その為ならば、なんでもしてやる」
泥濘の中を、重たくなる足を引きずりながらもルパートは進む。
「絶対に、諦めるものか!」
青い月が、禍々しく揺れる。
――――――ボウッ。
「なんだ」
振り返ると、青い炎の薔薇が、そこに一輪咲いていた。
幻想的なその花に近寄ると、それは消えうせる。
「……なんだ」
視線をあげると、少し遠い位置に、また青い炎の薔薇が咲く。
まるで、誘われているかのようだった。
「……ははは。さすがは聖域の森だな。不可思議なものだ」
そう思いながらもルパートはその花の後を追う。
青い炎の薔薇が、一輪、また一輪と先に咲いていく。
歩いて行けばいくほどの、咲いている本数は増えていった。
そして青い炎の薔薇が咲き誇る花畑のようなその場所は、風が吹けば甘い香りがその場に広がっていく。
その中央には、神々しい白い鳥かごがあり、その中には美しい青い鳥がいた。
「ふふふ。禍々しい程の欲を感じたから導いてみたけれど、人間よ。どうしてこの森へ?」
「はっ……人語を話すとは、魔獣の類か」
睨みつけてくるルパートをからかうように、青い鳥は言った。
「さぁ、どうかしら」
「騙そうとしても無駄だ。ではな。魔獣に構っている暇はない」
ルパートがそう言い背中を向けようとした瞬間、青い薔薇の炎が高く伸び、ルパートを取り囲む。
「っく……熱い……」
「ねぇ、助けてくれない?」
振り返り青い鳥を見ると、青い鳥は翼を大きく広げながら言った。
「私が欲しいのは、魔力。それがあればここから出られるのよ。貴方の願いも叶えてあげる」
「魔力……」
「えぇ。私は魔力を奪われそしてこの籠の中に封印されてしまったのよ。可哀そうでしょう?」
正当なる王族であるルパートも、魔力を有している。
ただしその魔力は微力であり、何かに使えるわけではない。
「魔力を渡せば、どうなる」
「私と契約が完了することになるわ。そして貴方の願いを叶えてあげる」
「お前の願いは?」
「え? 復讐よ。私をこの森に追いやったフォーサイス王国のやつらとこの森へと封印した者へのね!」
その言葉に、ルパートの瞳は輝く。
「は、ははは。いい。私もだ。フォーサイス王国へは恨みがある」
「あら、じゃあ運命かしら」
「魔力がないと言ったが、誰に奪われたのだ?」
「フォーサイス王国の王によ……でもこの青い鳥を奪ったから、どうにか姿を保っていられたの」
「青い鳥? それは、お前の体ではないのか」
「違うわ。これは魔道具。うふふふ。これがあれば、私はより強大な力を得ることが出来るの! ここから、出られたら、ね」
ルパートはじっと魔女を見つめる。
「契約をかわそう」
「では、手をこちらへ」
ルパートが鳥かごの中へと手を入れた瞬間、神々しい鳥かごの檻を、青い炎の薔薇のツルが絡みつき、そして青い炎の薔薇が次々に咲いていく。
「私は青の魔女。メリザンド」
「ローレン王国第一王子、ルパート・ローレンだ」
そして、鳥かごは青い炎に呑まれ、砕け散る。
その瞬間、青い髪の美女が、青い薔薇から姿を現し、ルパートの両頬へと手を添えて、その唇に自らの唇を重ね合わせた。
妖艶な瞳がルパートを捕らえる。
「はぁぁぁ。魔力が、体を巡っていく」
恍惚とした表情を浮かべるメリザンドの姿を、ルパートが見つめる。
「でも、まだ、足りない」
次の瞬間、ルパートは心臓を抑え、その場にうずくまる。
「ぐ、ぐぅぅぅぅ」
「あら、もう魔力が枯渇? はぁぁあ。もっと欲しいのに」
「ハッ……これが、魔力を奪われる苦しみか。あぁ、だが別段いい。魔力が欲しいと言ったな」
「えぇ」
「大量の魔力を有する男を知っているぞ。フォーサイス王国のカーライル公爵家のレオンという男だ」
次の瞬間、メリザンドの表情が怒りを現し、周囲の青い炎の薔薇が囂々と燃える。
「あぁ、あぁ。憎き四大公爵が一つ……ルパート。私と貴方の縁は、必然だったのかもしれないわねぇ」
「あぁ……」
「さぁ、まずは私の依り代を探さなくちゃ……ね」
憎しみは憎しみを引き合わせるのか。
運命とはどこかで繋がるものなのか。
森の中で、今、一つの契約が果たされたのであった。







