ルーゼット視点 5
とうとう新入生がやって来た。
僕達は最上級生になり、生徒会長であるレオンが壇上で挨拶をしている。
二・三年と引き続きの生徒会長である。流石に慣れたものだ。
誰もかれもがうっとりと、その美声に聞き入っている。
あの美貌と声に耳を傾けない者はいないだろう。かくいう僕もしばし見とれてしまった。
いやいや、惚れ惚れしている場合じゃない。
新入生の中に〔ヒロイン〕がいるはずだ。
フェード学園では、十二・十三・十四歳は中等部、十五・十六・十七歳は高等部と分けられている。
丁度、中等部の終わりに女性の成人年齢と、高等部の終わりに男性の成人年齢と合わせている。これは社交界デビュー及び結婚を意識して作られた制度だろう。
建物も別の敷地内にある為、中等部と高等部の生徒が会う事はほとんどないのだが、普通で考えれば僕らが中等部の時にヒロインとは一年と三年で会っているはずなんだ。
しかし、会えていない。
それはヒロインが元は平民で、二年前に男爵家に引き取られたという設定だからだ。
そしてヒロインは治癒能力の高い光魔法を持っているはずだ。
……そのはずなのだけれど……。
今の所、我々生徒会にすらその情報が入ってきていない。
おっかしいなあ??
光魔法はかなりのレアだから、それだけで特別扱い。必ず生徒会に連絡がくるはずなんだけれど……まさか、まだ目覚めていないのか、それとも端から持っていないのか?
とにかく今の所は、その情報で特定する事は出来ない。
因みにリリの元家庭教師だったアーノック・フリーバーは、今年教師として入って来た。
結局うち(公爵家)を辞めさせられたからね。リリは今独学で勉強している。
気が付けば式は終わっていて、僕達は生徒会室に戻る中庭に面した通路を歩いていた。
やば、ヒロイン探す事に夢中になっていて間の記憶がない。目もしばしばする。
「どうした、ルー。心ここにあらずって感じだったな。式の準備で忙しすぎて疲れが出たか?」
レオンが心配そうに尋ねてくれる。
こういう所、良い奴なんだよな。レオンって。
「まあ、確かに疲れたよな。俺当分何もしたくねえ」
マルロスがぼやく。
「何言ってるんですか。新入生の寮の管理やら歓迎パーティーの用意やら、まだまだやる事は山積みですよ」
セルが釘をさす。
「寮の事なんか寮長に任せればいいじゃん」
トーマスが最もな事を言うけれど、この学園では一応生徒に関わる事は、生徒会が把握しておかなければならないというルールがあり、本当に細かい事まで僕達は首を突っ込まないといけない。いくら優秀な僕達(皮肉を込めて)でも時間が全く足りない。
その生徒会の仕事に加えて公務と言う王太子の仕事を颯爽とこなすレオンが、さらりと言う。
「チェックだけすれば後は流す事も出来る。人を使って要領よくいこう」
やっぱりかっこいいよ、完全無欠の王子様。
ポッコン!
え?
…………………………。
僕の頭に靴が当たった。
は? 貴族の学園の廊下で靴が飛んでくるなんて、そんな事あるの?
「ごめんなさあぁぁい」
ちょっと甘えた甲高い声で、ケンケンした女子生徒が中庭の方から近づいてきた。
ストロベリーブロンドなら分かるが、何だ、その頭? どう見てもショッキングピンクじゃないか。染めてるなら可愛いけれど、え? 地毛なの?
ありえないピンク頭に思考が一瞬飛んだが、満面の笑顔でケンケンしてくる姿に、靴を投げてきた犯人が分かった。
『お前かあぁぁぁぁぁ』
思わず声に出しそうになったが、寸での所で止めた。僕は紳士だからね。
「これからの天気が気になって、靴で占ってたんですけど、思った以上に飛んでしまって……私ってドジっ子さん、てへ、ぺろ」
……殴っていいですか?
はっ! いけない。紳士にあるまじき暴言を吐く所だった。ていうか、この世界に靴で天気占うとかってあるんですかね?
「へえ、可愛い子だね。新入生?」
トーマスが靴を彼女に渡してあげながら言う。
「はい、家に帰るか、部活動を見に行くかで悩んでいたんです。そうしたら雲が出てきて……」
「それで靴で天気占いですか?」
「なかなかお転婆なようだ」
セルとマルロスがハハハと笑う。
「恥ずかしいですぅ~」
体をクネクネして言う女子生徒。何この軟体動物?
「……靴はユーリック公爵子息に当たった。わざとではなくとも貴族ならばちゃんと礼を尽くせ」
……し~ん……
レオンの地を這う様な低い声が、辺りを静寂に包む。て違う! レオンは僕の事で怒ってくれたんだ。そうだよな、どんな理由にしろ、公爵子息の僕の頭に靴が当たったんだ。謝罪をするのが先だ。
ピンク頭はオロオロと「ごめんなさい」と頭を下げた。
マルロスがまあまあと宥めたが、レオンは態度を変えず一睨みして言った。
「いくら学生の身分とはいえ、ここは貴族学校だ。貴族である以上、矜持と秩序を忘れるな」
そして生徒会室の方に歩いて行く。
「謝罪は受け入れた。だけど貴族令嬢がこのような場所で、靴が頭上に飛ぶほど足を振り上げるとは如何なものか。それをよく考えた方が良い」
そう言って僕はレオンの後を追った。
三人が僕とレオンのフォローをしてくれているのだろう。慰める声が聞こえる。
けれど僕は、僕の為に怒ってくれたレオンを一人悪者にするつもりはない。
確かにあのピンク頭は貴族に、いや人として謝罪が出来ないという無礼な行為をおこなったんだ。足を振り上げるなんて、平民でもやらないんじゃないかな。パンツ見えんぞ。あれ、平民? そこで僕は気が付いた。
今のヒロインじゃん!!!
次の日、食堂で昼食を食べているとピンク頭、もといヒロインが寄って来た。
「昨日は本当にごめんなさい」
勢いよく頭を下げてきた。
レオンの眉間に皺が寄っている。あ、これ覚えてないな。
「あ・あの、私ココリス・マーガレットといいます」
あ、勝手に自己紹介しちゃった。
「まだ学園に慣れてなくて、お昼一緒にしてもいいですか?」
あ、生徒会メンバー、しかも王子と一緒の机に、許可ももらわず勝手に座っちゃった。
これには流石のマルロス・セル・トーマスも唖然としている。
食堂にいる学生達も驚いて二度見しちゃっているよ。
「あの私、王子様とは知らなくて失礼な事いっぱいしちゃって、実は二年前に男爵家に引き取られたばかりで、まだ貴族の心得とかって分かってないんです。昨日王子様言ってたでしょ。そういうの教えてもらえたら嬉しいなあ、なんて♡」
もじもじして何言ってんの、この子?
学園で一番忙しいトップの身分の王子に、二年前まで平民だった男爵の娘が、貴族の心得を手ずから教えろだあ~⁉
あ・ありえない……。
しかもここまで誰も発言していない。ヒロイン一人で話しまくっている。
ガタッ!
レオンが席を立ち、出て行こうとする。
「待って、レオン様」
つかさずヒロインがレオンの腕を捕まえようとして、払いのけられる。
「貴様に愛称呼びを許した覚えはない」
絶対零度の眼差し。
流石にヒロインもやり過ぎたと感じたのか謝ろうとしたが、レオンはさっさと食堂を出て行った。
助けを求めるように僕達に視線を向けてくるけれど、今のは無理だよ。
昨日会った(昨日会った事すら忘れてた)失礼な子に馴れ馴れしくされて、しかも貴族に大事な心得を教えろだなんて、女(人)嫌いのレオンに許せるはずがない。
それでも少し前なら完全無欠の王子様を演じて、笑って断るぐらいはしたかもしれない。
しかしリリに会ってから、レオンの様子は少し変わっていた。
どんなに勘違いの馬鹿女にでも、笑顔でサラッとかわしていた穏やかな優しい王子様は、お前達には興味はないというような態度を示すようになった。
女性とはほとんど接触を持たず、話しかけられても大事な事以外は笑顔で無視。親世代に娘の話をされると用事があると、すぐにその場を去る。
貴族の中にはそんな王子の姿を不満に思う者もいて、国王や王妃に直談判をする者もいてるのだが、逆に「王子には王子の考えがあるのです。貴方は王子の考えを尊重できないとでも?」とこれまた、絶対零度の瞳で見返されているとか。
うん、リリ。外堀埋まってきているよ。というのは後にして、僕はヒロインの方を見る。
「君には相談相手はいないの? それならばマーガレット男爵に伺いなさい。自分の行いを。今のままでは僕達生徒会の機嫌よりも、この学園で過ごす事すら難しくなってしまうよ」
そう言ってレオンの後を追うべく、歩き出す。
三人もフォローせずに、僕の後を追ってきたようだ。
「昨日は流石に一日目だし、可哀そうだと思ってフォローしたけれど、今日のはないわ」
「うん、あれは流石にないよね」
「……けどあの子、あれで諦めるかな?」
「食堂であれだけの失態を犯したんだ。他の生徒も見てたし、諦めなかったら逆にやばいんじゃないの」
僕達四人は遠い目になった。
生徒会の仕事、増えるよね……きっと……。




