43 遭遇戦
最大で四対四となる小隊戦は養成学院内に用意された演習場で行う。
今回は森林地帯と言う想定の演習場だ。
「これ、木とか斬ったらどうすんだろうな」
「何か教師に植物操る聖剣の持ち主がいるからその人が直すらしいぞ」
「……大変そうだなそれは」
聖剣の種類によっては、一角を纏めて薙ぎ払われたりするのではないだろうか。
修繕の手間を考えると同情したくなる。
「さて。それで今回の作戦だけどよ。どーするよ。これ」
「どうするかな……」
木が多くて視界が取れない。
慎重に進まないとお互いに不意に接近する可能性もある。
そうなってしまえば乱戦だ。オルガがエレナだけに意識を向けるのは難しい。
「相手が纏まってるところにオレがどかんと大きいの打ち込むつもりだったけど、これだと微妙か?」
「……いや、チャンスかもしれない。この視界の悪さなら、向こうも各個撃破を避けてまとまって行動しているはずだ」
とは言え、逆に2と2に別れて全滅を避ける動きをしてくるかもしれない。
イオが瞬間的に高い威力の攻撃が出来るのは先日の試験時にバレている。
オルガも刃鎧を切れるだけの攻撃が可能だという事も。
良くも悪くもカスタールは注目を浴びていたので観戦者が多かった。
そのせいでオルガもイオも他の生徒と比べると情報が出回ってしまっている。
「くそ、カスタールの野郎め」
「辞めてからも祟るなアイツ」
二人して今はもう居ない人間に文句を言いながら。
試験開始の合図と同時に動き出す。
静かに、身を隠しながら。
最初に奇襲を仕掛けられるか。そこが勝負の流れを分けるだろうと理解していた。
唯一、二人にアドバンテージがあるとしたらそれはほんの僅かとはいえ森の中で効率的に歩く方法を学んだことだ。
演習用に用意された森とは言え、その植生は本物に近い。
足を取られない様に、痕跡を残さない様に進むのは慣れが必要である。
そして――ブラン小隊はそれほど慣れてはいなかった。
ちょいちょいと、イオが低い枝を指差す。
丁度、あの連中の顔辺りで引っかかりそうな枝が折られている。
その辺りを基点にして探せば、その進行方向も見えて来た。
無言で頷きあって。痕跡の後を追う。
「あーもう面倒くさい」
誰かの悪態。
示し合わせた様に、オルガとイオは今まで以上に足音を忍ばせて、声の方に近付いていく。
「森の中なんて聞いてないんですけど」
「まー別に良いんじゃない? あの子が探し回ってくれてるし」
ブラン小隊の三人が、座り込んで愚痴を言い合っている。
『呆れるわね。今回もエレナちゃんに全部任せて自分たちは後ろでのんびり?』
マリアの呆れた様な声にオルガも全面的に同意だった。
流石に小隊戦ともなれば、全員でかかってくると思っていたのにこの有様だ。
全く自分たちが戦う事なんて想定していない様に思える。
リーダーは、腕章をつける事が義務付けられている。今回はオルガが付けた。
そして三人の中に腕章を付けた人間はいない。
やはりエレナを倒せないとダメかと思いつつ周囲を見渡す。
エレナの姿は無い。
探し回ってくれてるしと言う言葉通り、一人だけ探索に出ているらしい。
ならば今のうちにこの三人を不意打ちで倒して、エレナに対して二対一で当たるという作戦もアリだろう。
イオに攻撃を頼むべく、右手を挙げて――。
そこでオルガは気が付いた。
この三人は動いた気配がない。
だとしたら、ここに至るまでの痕跡は。
天啓の様なひらめき。
咄嗟に上を向く。
背の高い大樹。その枝から、紫紺の髪を棚引かせてエレナが飛び降りて来た。
風圧で捲れた前髪。その下にある瞳と目が合う。
負けないと。そう言った言葉の通り。エレナに手を抜く気配は見られない。
あんなふざけた連中の元に居るべく、全力を尽くそうとしている。
体内の霊力を練る。
高速で循環させることで肉体能力を強化する。
刀身に霊力を纏わせて、その強度を高める。
カスタール戦の時に比べて格段に練り上げられた霊力の扱い。
それは聖剣を持たないオルガであっても、多少は喰らい付けるだけの強化を果たしていた。
「しっ!」
真上へと振り上げる鉄剣。
振り下ろされた聖剣<オンダルシア>を真っ向から受け止めて甲高い音を立てた。
カスタールの<ノルベルト>とは違い、<オンダルシア>は細身の剣だ。
一方的に力負けるという事は無い。
完全に不意を突いたはずの初太刀を防がれた事に、エレナは微かな動揺を見せた。
その隙を逃さずに、横薙ぎにオルガは刃を振るう。
試験時よりも洗練され、消費も最小限に抑えたオーガス流剣術壱式。
「鏡面・波紋斬り!」
それをまともに受けては不味いという事をエレナも知っていたのだろう。
斜めに構えられた刃の上をオルガの鉄剣が滑らされる。
疵を付けられたらそこへ振動波を流し込めたのだが、刃を流されたのではそれも出来ない。
だが完全に不発に終わった訳ではない。
振動波は、僅かとはいえ聖剣にダメージを与えている。具体的には相手の聖剣が持つ霊力を少し削った。
「え、ちょ。敵来てるじゃん!」
「何やってんのエレナ!」
寧ろ、エレナはここにオルガ達をおびき寄せたのだろう。
ブラン達を見つけて、奇襲のタイミングを図ろうとする瞬間。
獲物を見つけて狩ろうとする狩人の意識が完全に獲物に向かい、無防備となる一瞬。
全てはその一瞬で勝負を決めるべく。
だがオルガの直感がそれを救った。
『……良く気付いたわね。オルガ』
マリアが感心したように言うが、オルガはそれに応じる余裕がない。代わりに叫んだ。
「やれ、イオ!」
「喰らいな――一週間分の貯金だ!」
霊力をため込む聖剣<ウェルトルブ>。
小隊戦を決めてから溜め込んできたイオの貯蓄を一気に解放した現状最高威力の攻撃。
それが未だ戦闘態勢に入っていないブラン達三人を襲った。
それが開戦の号砲。
オルガ達二人と、エレナ達四人の始まりから戦力差のある戦いの幕が切って落とされた。
イオはウェルトルブの特性のせいで碌に聖剣を使ったトレーニングが出来ないのが悩み。
今週一回も抜いてない!