44 森の中の戦い
これで三人とも戦闘不能になっていれば話は早かったのだがそうはいかなかった。
ブランだけ、<ウェルトルブ>の放った霊力の奔流から逃れて、聖剣を抜いて飛び出してくる。
「おおっと!」
逆にイオは慌てて聖剣を鞘にしまいながらそれを飛びのいて避けた。
「この、逃げんな!」
「いや逃げるに決まってんだろ!」
代わりにオルガと同じ鉄剣を抜いて応戦するが、一合打ち合うごとに刃が欠けていく。
オルガとは違い、霊力をコントロールするという事が出来ないイオでは刀身の強度を補強することも出来ない。
従って、聖剣と打ち合えば一方的に刻まれていくのだ。
「……アイツどうやってるんだこれ」
隣で普通に聖剣と打ち合いをしているオルガに不可解な視線を向けながらぼやく。
「よそ見、すんな!」
「おっと」
向こうの斬撃をイオは危なげなく避ける。
はっきり言って――。
「大したことない腕だなお前!」
「うっさい、し!」
剣術としての腕は大した事は無い。
少なくとも入学試験の実技は最低レベルだろう。
その後も自主練などはさほどしていない様に見えた。
「まあそりゃそうだな! 人任せで楽ばっかしててまともに戦えるわけも無いか!」
と、挑発するイオだが言葉ほど余裕がある訳でもない。
一分。
最低でも聖剣とまともに打ち合えるまでに<ウェルトルブ>が回復するまでの時間だ。
その一分も、一回使ったらまた次の一分まで使い物にならない。
ブランを確実に倒すという意味でならば五分は貯めておきたい。
五分間。
どんどん欠けていくこの鉄剣で凌ぐ。
「うへ……」
その時間を考えるとげんなりするイオであった。
だがここでブランを抑えられなければ、ブランはオルガを狙うだろう。
一対一でなければ真面に戦えないと豪語していたオルガの邪魔はさせられない。
尤も。
「聖剣無しで戦える時点でおかしいんだよなあ……」
「何をブツブツ言ってるし!」
イオがブラン相手に時間稼ぎをしている頃。
オルガは全力だった。
「うおおおおお!」
素の身体能力ではオルガに分がある。
そこへ聖剣の強化によって、膂力はエレナ有利。
だが純粋な戦いの技と言う観点においてはオルガが有利だった。
良くも悪くも、エレナの剣は素直過ぎる。
言ってしまえば教本通り。
それは決して悪い事ではない。
基本を極めるのが一番の王道であるのは間違いがない。
だがエレナは対人戦闘の経験が少ない。あくまで訓練としての経験しかない。それは彼女に限った話ではなく学院全体でだ。
寧ろ人相手に遠慮なく剣を振り回せたカスタールの方が可笑しく、同じように人相手の斬り合いに慣れているオルガの方が可笑しいのだ。
ましてオルガの剣は我流の、スラムの中で鍛えられた滅茶苦茶な剣だ。
そこにオーガス流の動きが加わって正統派の剣術の動きが混ざっているのが却って混乱を招いている。
そうして、オルガが後の事など考えずに全力を注力した結果――どうにか今エレナとの打ち合いは拮抗している。
それはオルガにとっても少しだけ想定外。
『意外ね。エレナちゃん単純に剣技でも結構強いわよ』
そう。オルガの見積もりよりもエレナの剣腕は高かった。
正統派の剣術。
昨日今日身に着けた物ではない。
幼少期から鍛えられた王道の剣だ。
その堂々とした振る舞いは、オルガにとっても少し眩しい。
叶うなら。あんな風に剣を振るう聖騎士になりたかったと。幼い頃の夢を思い出しそうになる。
余計な感傷に蓋をして、オルガは再び攻め込む。
壱式は既に見切られている。
まだオルガは型から大きく外れた動きで振動波を出せない。
その為、技名を叫ぶまでも無く予備動作でエレナは鏡面・波紋斬りの出だしを見切ってくるのだ。
残るオルガの手札は二つ。
弐式、朧・陽炎斬りともう一つ――。
『まだ駄目よオルガ。今打っても効果は無いわ』
一週間でどうにか形にはしたこのための切り札。それはまだ切るための条件が整っていない。
『やっぱり駄目ね。せめて聖刃化させて相手の聖剣を活性化させないと見えないわ』
そうマリアは言う。
この技にはどうしても、相手の霊力を視る必要がある。だがオルガには霊力を視る事はまだできない。
だからマリアがこの一時だけオルガの眼となる事を認めさせたのだ。
そこに至るまで少しばかりオルガの面倒な拘りがまた発揮された。
そうそれは。
『……それはマリアの力を借りて逃げているような……』
「逆よオルガ。私の力を携えてより困難な道を進んでいるのよ」
『そうか? そうかも……』
と言う様なやり取りがこの数倍交わされたのだが、マリアがどうにかオルガを説得させた。
マリアの手を借りない場合、オルガが取れる手はエレナを切り刻んでの耐久戦と言う事になるのだから。
痛みを取り除けないと分かった以上。そんな不必要に痛めつける様な事はしたくなかった。
そのマリアが、まだ駄目だと言う。
聖刃化。この時期に出来るのは一学年の中でも退学したカスタールを除けば恐らくはエレナのみ。
どうやらあの驚異的な再生能力は聖刃化しないと発揮できないらしい。
それでも普段の治癒能力からすると、多少の傷は今の状態でも癒せるのだろう。
傷を負ってもいない今、敢えて聖刃化する事も無いというのは確かな話だった。
「だったら――」
まずは聖刃化をしないといけないと感じさせる。それがオルガの最初のクエスト。
「しっ!」
「やっ!」
下段からの切り上げも、交差するようにして押し留められる。
その刃はエレナの身体には届いていない。筈だったのに、エレナの脚には痛みが走った。
「っ!?」
咄嗟に飛びのく。
戦闘着の裾が切り裂かれて、その下の肌が覗いている。
既に傷は癒されたが――間違いなく切りつけられていた。何の刃も無い場所で。
「朧・陽炎斬り。見えない刃だ。どこまで防ぎ切れる?」
敢えて、オルガはそれが不可視の刃だと告げた。
伝えたところで問題はない。
何故ならばエレナにはその言葉が真実かどうかは分からない。
ただ確実な事は防いだはずの攻撃がエレナに届くという事だけなのだから。
溜まっていたイオは二人が限界でした……




