第90話
ただひたすら、堂々たる風格を維持したまま、その時を待ち続けている勇将。しかし、そんな男の表情にさえ陰りが差し込む。誰にでも、打ち明けたくない過去の一つや二つは存在しているものである。人は皆、様々な境遇を目の前にし、大人への階段を上がり続けている。多種多様な事象が感情を生成させ、人格を形成させていく。そうしたプロセスは、仮想であっても現実であっても、変わりはないのだろう。特に、この世界でしか生きることのできない、彼らにとっては。境遇の板挟みは、やがてその人自身を暗闇の底へ突き落す素にもなる。明く光の届かないらせん迷宮の中に身を投じ、ただひたすら出口のない道なき道を歩き続けるのだ。
しかし、この男はそのような事態にさえ屈することはなかった。その男の表情に、父親としての素顔を見る。かつて自分が大義と掲げていたことが、結果的には日常を奪う原因を作ってしまっていた。そうするつもりは一切なかった。しかし、現実に起きてしまえば取り返しはつかない。一つの例外もなく…。
「結構噂には聞いてますよ。なんでも凄腕の戦士だ、とか」
「まぁ、それだけではないがな」
共和国軍艦隊総旗艦、あるフロアの一角。艦内でも5本の指に入るほどの大きさを持つフロアの端に、超強化ガラス越しに宇宙の海を眺める、サイクス大佐とフェルナー大尉の姿があった。この艦隊に配属されるまでは、木星方面の警備艦隊に所属していたフェルナー大尉。戦争というものは、侵略が続けばかつていた領地のことは頭の片隅に追いやられる。そうした自覚のあったサイクスは、彼から木星宙域のことなどを色々と聞いていた。話の中で、彼らはアレンに関する話題が取り上げられた。
「実は、あいつを巻き込んだのはこの俺だ」
「え?そうだったんですか!?」
「あぁ。…なるべく、自分のしてきたことが間違いだとは思いたくはない。あいつもそうだが、ただほかの人とは全く違う性質を持った男だからな」
「異質…とまでは言いませんがまぁ、なんとなく分かりますねぇ…」
共和国軍が地球圏に進出してきた帝国軍を排除していた頃から、アレンはその才能を発揮し始めていた。戦況を読む力と判断力に長け、その結果味方の艦隊を幾度となく防衛し、敵を窮地に陥れた強力な兵士である。そうした認識はその頃から共和国軍内部に知れ渡り、そして今では軍随一の強戦士として、帝国サイドでさえ恐れられるほどの人になった。それを裏で支えていたのがサイクスであった。アレンを実際に軍に引き入れたのも彼であり、アレンの面倒を見続けてきたのも彼であった。サイクスは、いわばこの世界における軍人アレンが出来上がるまでの過程を支え続けてきた男である。SFGのキャラクター設定は、現実のプレイヤー本人と類似する点がある。まだ高校生ほどの男が、冷静という性格を超えて立ち振る舞っている。基本的にヴァーチャルゲーム内での、本人そのものに関する質問や詮索は敬遠するべきである、と考えられている。しかし、サイクスは心の中でずっと、この男は現実ではどのような人間なのだろうか、と気になり続けていた。
あの一件が発生するまで、それは分からないままではあるが。
「ですがまぁ、あの彼に期待するしかないという、現行の政府や軍内部も脆いものですが」
「確かにそうだ。あいつと同等の実力を持つ者に、フューリーという男がいる。だが、あいつはフューリーとも違う姿を持っている」
「我々も駒は揃っていますね。もっとも、それがどこへ向かおうとしているのかは、俺たちさえ分かっていないのでしょうが」
フェルナーは少し笑いながら、そう返した。威勢の良く元気なフェルナーであるが、この場においては笑みを持ちつつも冷静さを持っていた。同じようにして、サイクスも冷静で居続けていた。確かに、現状の共和国軍はその勢力を支えるプレイヤーやNPCの質がとても高く、士気も旺盛である。アレンを筆頭に、多くの将兵が前線で活躍を続けている。その時、サイクスは思った。我々の駒が出揃っているからこそ、帝国はあのような手段に出たのだろうか、と。
―誰でも良い!!止めてくれ!!!
たった一度の動作が、今までの思い出、その印象さえも破壊してしまう。サイクスは、あの時の映像が自分の「一人の人間」としての生涯の中で、どれほど衝撃的であったかを把握していた。自分事でなくとも、その姿は鮮明に残り続けている。真実を知った後の出来事であるからだ。帝国は、あのような手段を使わなければ、共和国軍とまともに戦えなくなってしまっているのだろうか、と疑問にも思う。決してそうではないのだろうが、そうなると帝国の思惑が段々怪しく思えてくる。その意図するところに、深い闇があるのではないか、と。
「次の戦いに勝てば、都市惑星エルミア…ですか」
「勝てば、な。負ければ艦隊を失うことになる。そうなれば、ドーミア星を奪還される危険性もある」
「ですな。ここでも、キーマンはアレンですか?」
「いやそうとは限らない。ただ…」
…この戦いは、多くの犠牲が伴う…今も昔も変わらないにせよ、この戦いには他には無い重圧がある。
「…重圧、か」
そうして二人は、遠くの海に広がる星々を眺めた。近くで光っているように見えて、実は途方もない時間の先に存在している光。SFGの世界観でさえ収録できていない、無数の星々は今何をし、何を迎えているのだろうか。もしそこに知能を持った生物がいたとすれば、自分たちをどのように思い見ていただろうか。だが、今はそんなことよりも、目の前に広がりつつある『赤色星団』における、重くのしかかる戦いを乗り越えることが必要であった。
その後、ユラ司令官の指示のもと、作戦会議が開かれる。時が来るその瞬間は近づいていた。
「皆知っての通り、赤色星団はアルファ星系回廊に続く、難所だ」
会議に集まった上級階級を持つ兵士たち。ユラを筆頭に説明をはじめ、それを聞くアレンやフューリー、サイクスやケーンバークといった面子。皆それぞれ司令室に映し出された周辺宙域のマップを目で確認していた。アレンの持ち帰った情報の中に、赤色星団という宙域の存在は明らかにされていたが、正直なところマップは空白だらけで、安全な航路などは一切記されていない。そもそも、星団内部の雲海を通過するということを考えれば、安全な場所などどこにもないのかもしれない。
「回廊ほど狭いということは無いだろうが、同じようにしてレーダーは使い物にならない。有視界での戦闘が、基本になるだろうね。そして、こんな場所に敵がわざわざ布陣しているということは、策はあるだろうし、敵はどうあっても勝たなければならない状況だ、ということだ」
「追い詰められているんでしょうか…」
「恐らく、もしここを抜かれてしまえば、都市惑星を守る艦隊に自信がないか、生産が間に合っていないんだろうね。戦力均衡を破ることになれば、こちらが有利になる」
話を聞いている最中、サイクスは静かにアレンの方を見た。アレンは話を聞いているのだろうが、その目線は下を向いていた。ただ真剣な、というよりも険しい表情を浮かべながら、考え事をしているようにも見えた。一つ確実に言えることと言えば、話しかけづらい姿であるということであった。アレンはこれから予想される星団での戦いでも、戦闘指揮を任されている。彼の手腕は敵機を一度の戦闘で数十機落とすほどのものだと内部では思われていて、その驚異的な強さはもはや軍人という職に就いているプレイヤーであれば、誰もが知っている。使える人をとことん使うというのが基本的なやり方で、それが勝利をもたらす要因であるのなら、継続的に行う。彼はそうした手段の一つとなっていた。無論、サイクスとしてもこれは十分に考えなければならない内容であると把握していたが、上の人間にはこのことが伝わるとは思えなかった。伝わっていれば、今まで幾度戦闘を回避することが出来ただろうか。
「最終目標は、まだ定まっていない。けれど、今は目の前の戦闘を乗り越えるしかない。もちろん…皆で」
赤色星団内部。
「ベテルギウスより入電!熱源反応を感知、その数算出不能」
「閣下、いよいよですな…」
「ああ…それと見て、間違いないだろう。回線を開け」
ゾレル少将が、隣にいたレムラ参謀長にそのことを伝えると、レムラは艦橋の機械類の集まる方へ行き、自らの手で味方通信回線を開く操作を行った。既にこの星団内部に布陣している艦隊に向けて、ゾレルの声が行き渡る。星団内部の影響上、ハッキリとした通信を取ることは出来なかったが、声として認識するには充分であった。艦隊総司令官、ゾレルは一呼吸を置き、そして話し始める。
「…全乗組員に告げる。ここまで来たからには、もはや避けられるものではない。これが、我々の生きた現実であり、選んだ道だ。持てる力をすべて使い、全力で奴らを討つ…」
覚悟を示せ…!
後に広く伝えられることになる、『赤色星団の戦い』。
名将同士、決して相容れることのない両軍が、再び激突しようとしている。
Space Fantasy Game
第90話 ―嵐の、前―




