第80話
「…!?」
その時だった。一発の大きな音が部屋いっぱいに響き渡った。何度も反響し、そのハッキリとした音が脳を刺激する。いつも聞きなれたような音にも思えたが、それはこのゲームの中では珍しいものであった。やや遠い位置から発せられた音。そこに、もう一人の影を見る。
「これはこれは…おかしいとは思っていたが、まさかこんなところに鼠が入り込んでいたとはな。私のキーを使って」
ドアが開き、光が室内へと入ってくる。後ろからこちらへ向かって照らされる光のせいで、その影がいったい誰なのかが分からなかったが、男の声が自分からその証を言い放ったために、彼はすぐにそれが誰なのかが分かった。一発の響き渡った大きな音は、その後姿かたちを誰の目にも見せることなく、実体は彼の右腕を直撃した。聞き慣れているような音でも、想像とは違っていた。それは、実弾を用いた拳銃による射撃だったのだ。思わず彼は一瞬驚いたような表情を見せた。このSF世界の中でも実弾を使う拳銃が実装されていたのか、と。このSFGには武器は豊富に存在し、更に鍛冶といったように自分で作ることも可能なので、幅広く再現することが出来る。だが、ブラスターがとにかくコストも扱いも殆どのプレイヤーに親しみのあるものなので、実弾装備を予想するものは少ない。
「まぁ、恐らくは通風口から偶然侵入した部屋が俺の部屋だったのだろう。良かったじゃないか、貴重な情報を手に入れられて」
「…」
彼の腕は現実世界と似たように出血エフェクトが表示されている。無論痛みなどは緩和されるが、行動が不自由になるということは現実と何ら変わりはない。左手で撃たれた部分を押さえる。弾丸はまだ腕の中に残り続けていた。次いで鋭い目線のまま、彼は彼女の方向を見る。彼女は突然現れたその男と、その現状に動揺しているようだった。もう一人の彼女、帝国側に加担する彼女の表情には見えない。
「…共和国の英雄、いや救世主か」
「そんな称号はどうでもいい」
「そうだろう。だがな、帝国ではお前の存在はとても邪魔なんだよ。色んな意味を含んでな」
―色んな意味を含んでな。
彼の脳内でその言葉が繰り返される。強い口調にあざ笑うかのような表情。
「良い機会だ、教えてやる。上直々の命令でな、今お前には帝国政府からの捕獲命令が下っている。かつて、NPCたちが誘拐されたあの事件のように、今度は嘘偽りも無い、本当の人間に対してな」
「もう一つの世界で人間を捕らえることで、システムの操作を出来ない状態にし、現実と同じように拘束をするという、あれか」
「そうだ。元の世界へ戻る方法は限られる。現実の体が異常な状態になるか、あるいは運営が気付くかだ」
「…だが、そういった欠陥が浮き彫りになった今でも、ゲームサイドは修正を入れない。明白だな」
光に照らされた影が部屋の中へ入ってきて、徐々にその顔が明らかとなっていく。右目に黒い眼帯をつけた長身のその男。もはやこの場はプレイヤーかNPCか、など関係ない。自分が危険な状態にある中でも、彼はこの世界での自分の役目を見失ってはいなかった。その男、ロンメルは拳銃を構えながら二人の近くまでやってくる。
「…アレン」
―お前は違う意味で、死を迎える。その時は確実に来る。
「…」
「だがその前に、お前の姿を上の方に見せないとな」
ロンメル大佐がそういうと、自分の手に持っていた拳銃のマガジンを抜き取り、中からすべての弾薬を外す。そして胸のポケットに入ってあった別の弾丸をマガジン内に入れ、再び拳銃に装填する。今度はそれを思いっきりチェーンの方に投げた。突然黒い物体が接近してくるのに反応したが、体はそれに追い付かなかった。掌で掴もうとしたそれを弾き、地面に鉄の塊が鳴らす音が響き渡る。
「チェーン。それでお前の友人を撃て」
「…」
「出来るだろう?今のお前なら」
…。
一方。彼からの映像が送られている度に、それを解析したり情報を集めるのに専念している本部。彼が偵察行動に出た後、すぐにある程度の軍を進軍させ、時間に合わせて攻撃をすることが出来るように準備をしていた。が、彼が部屋で謎の男性に撃たれたその時から、司令部は慌ただしくなっていた。
「どうした、ケン」
「これを見て下さい!」
ケーンバーク少佐は、すぐに司令官とサイクスを呼び、野戦用に構えてある司令部でその映像をリアルタイムで撮影した。その映像には、光が照らされていてよく見えないが、画面中央には何やら拳銃のようなものを持った人影が、左側には彼が先日接敵した女性が映っていた。それを見て、サイクスは自分の右手を顎元に置く。ユラも表情一つ変えないまま、その様子を見ていた。彼らのやり取りは何か情報を得られるようなものであるかどうか、ケンは同時にそこまで考えながら、その様子を伺っていた。
「…サイクス。生産基地側の進軍エリアには、航空戦力の滑走可能な場所があったね」
「はい。既にその先まで陸戦部隊は進めていますが、戦艦や戦闘艇などはそのエリアに留まっています」
「すぐに各方面隊と連絡を」
「…?」
サイクスには、司令官が意図するところがすぐに理解できた。元々この作戦は彼の回収を待たないつもりで、攻撃開始まで彼が情報を集め続けるというものであった。ユラはアレンの危機を把握し、現状彼を巻き込んでの攻撃作戦となるが、彼を救出するための作戦も同時に行うことを即興で決めた。確かに各方面隊とも攻撃の準備は進めているが、奇襲作戦に近い形となる。
「…近距離の戦闘になる」
「…はっ。各方面航空部隊へ連絡、攻撃開始だ。直ちに出撃し、基地または隣接する施設への攻撃を始める。離陸した後でA,B,C隊に分け、それぞれの攻撃目標を定める。情報偵察艦も離陸し、管制にあたれ」
サイクスが自分の頭の中で指示されたことと状況とを瞬時に把握し、無線回線を通じて即座に指示を飛ばした。待機中の情報解析等を担当する偵察艦の内部にアラーとが鳴り響き、現状いる乗組員のみで出撃用意が迅速に行われる。一方で爆撃の中心ともなる戦闘艇部隊にも、直ちに出撃準備が命令された。それぞれ待機していた場所から自分たちの機体へと猛スピードで走って行く。その後ろについていくように整備班の人も走って行く。サイクスからの指示をすべて伝達してから1分も経たないうちに、パイロットたちは機体のコックピットへ乗り込む。すぐにエンジンを始動し、発進できる状態を整える。攻撃開始までの時間の余裕はない。待機していた場所から轟音が鳴り響く。
「サイクス、旗艦もすぐに発進させる。いつでも出られるように、頼む」
「了解です!」
たとえどれだけ基地への攻撃作戦を開始できる位置に進んでいても、基地までの距離はまだ遠く時間もかかる。それまでの時間彼を守り切れるかどうかなど、司令部には一切わからない。しかし、もし本当に彼が帝国側に捕らわれたとすれば、それは見過ごすことは出来ない事態とも呼べる。彼がもたらしてくれた情報のおかげで、戦闘艇部隊が爆撃を行うポイントも指示することが出来るのだから。
「最も先に到着する部隊は何だ」
「チャーリー部隊です。到着までおよそ70分」
「攻撃ポイントの割り出し、急げ!」
攻撃部隊が動き出した後、司令部の多くは旗艦へと移動し、新たに録画された情報を集めつつ分析を始めている。同じタイミングで、アレンはあの部屋で追い詰められている。
「…」
「撃て、チェーン。この男は、お前の敵だぞ」
背中から下半身に向かって冷たい汗が流れていくのがよく分かる。普通の拳銃で撃たれたほうが、死亡判定でセーブポイントへ戻るという点では良い。デスペナルティは適用されるが、この場合はそのようなものに構っている場合ではない。だが目的が彼を捕らえることでハッキリとしているので、彼は手出ししないだろう。彼女の持っている拳銃を取りさえしなければ。
その時だった。突然彼女が息を荒くした。苦しそうにか細い声をあげながら、拳銃を向ける手を自分の頭にやり、頭痛を鎮める目的なのか、両手を頭で支えて震えた。その光景を見て、彼は分かった。チェーンの言うリペアというものが、完全なものでないことを。そして、自分の力で何とか彼女を救い出したいという思いが、再び強くなった。
「くっ…この女が…!!」
ロンメルが動き出した、その時だった。彼は瞬時に所持していたブラスターを取り出し、彼女のほうへ向かうロンメルに向けた。ロンメルは一瞬だけ反応が遅れたが、その光景に気付いて大急ぎで彼女の方へ飛び込んだ。彼はロンメルに向けてブラスターを放つ一方、反対側の手でタッチパネル式携帯電話を操作し始めた。システムとは全く別のもの。潜入捜査に役立つだろうと言われ、渡された装備の一つ。携帯型爆弾を、機械のほうへ思いっきり投げた。現実で所持する携帯であれば絶対にこのようなことはしないが、彼はこれを逃げ出すための策に使用した。地面を高速で擦りながら見えた表面のタイマーは、わずかに10秒。
次の瞬間、彼はブラスターではなく、彼女の方に向かった。
「なっ、なに…!?」
短い時間で起爆カウントが刻まれた携帯電話が、機械のすぐ傍で爆発する。彼はその小型の爆弾がどの程度の威力かは知らなかった。だが、次の瞬間起こった爆発と機械を巻き込んだ誘爆は、自分たちまでも危険にさらす可能性のあるほどの強力なものであった。彼が彼女に向かって飛び込み、ロンメルが彼女の持っていた拳銃を奪い取ろうとする間に、爆発は発生する。彼は爆発の勢いを背中に強烈に受け、ロンメルは爆風を真正面から受け、拳銃を取れないまま壁に打ち付けられる。立て続けに爆発が幾度も起こり、基地内部に警報が鳴り響く。
爆風から彼女を庇い、救い出したように思えた、この一瞬であった。
…。
Space Fantasy Game
第80話 ―命懸けの、救出―




