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田舎育ちの俺が王都に出てきたら、守りたい想いが強さになった  作者: 蒼月あおい
第三章

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第49話 骸の回廊

 四層の空気は、どこかひんやりと重たかった。

 アルスたちは足音を立てぬよう息を潜め、慎重に歩を進めていた。

 灯りに照らされた回廊には、かつての建造物の名残があった。

 だが壁には古びた血の跡がこびりつき、長い年月を経た腐臭まで染みついているように見えた。


「……何か、嫌な感じがするね」


 フィアナが呟く。声はか細く、まるでこの空間の静けさを壊すのを恐れているかのようだった。

 アルスは前を見据えながら小さく頷いた。


「気を抜くな。前回と同じとは限らない。……油断すれば命を落とす」


 しばらく進むと、ふと壁の模様が変化していることにフィアナが気付いた。


「……あれ? この模様、さっきと違う……」


 彼女の視線の先で、壁の装飾がいつの間にか歪み、彫り込まれた紋様が――骸骨の形を成していた。

 無数の骸骨が、壁一面に並び、無表情のままこちらを見つめている。

 フィアナの肩がわずかに震える。


「……壁が、骸骨……?」


 セレナが弓を構え、目を細めた。


「……これはただの装飾や彫刻じゃないわね」


 ミリアも頷き、胸の前でランタンを握りしめる。


「はい……迷える魂がいるような……そんな感じです」


 壁の骸骨たちは、不気味な沈黙の中でこちらを見つめていた。

 空洞の眼窩に溜まった闇が、まるで生者の体温を探しているように揺らめいて見える。

 次の瞬間にでも、壁そのものが這い出してきそうだった。


 緊張が走る中、アルスは剣を抜き、低く命じた。


「陣形を維持したまま進む。……フィアナ、周囲の反応を頼む」

「了解っ」


 次の瞬間――。


 カラン……カラン……


 壁の中から音がした。金属が擦れるような音。

 フィアナが小さく息を呑む。


「え……! 何?」


 骸骨の彫刻が一つ、二つと壁から抜け出し、地面に落ちた。

 バラバラに崩れた骨が、まるで糸に引かれるように組み上がり、やがて形を成していく。

 それは一体、二体……やがて八体のスケルトンが列を成し、錆びた剣や槍を構えていた。


 アルスはすぐに判断する。


「通常のスケルトンだ。ミリア、浄化は温存。強化を頼む!」

「はいっ! ――ルミナ・グラティア!」


 ミリアの杖から放たれた光が四人を包み、武器に淡い金の輝きを宿す。

 続けて詠唱が響いた。


「ルミナ・フォルティス! 加護を与えん!」


 温かな力が身体を満たし、心の迷いすら薄れていくのをアルスは感じた。

 セレナが矢を番え、試しに一矢放つ。

 光の矢がスケルトンの肩を掠めただけで、骨にひびが走った。


「効いてる……! 今のうちに押しましょう!」


 アルスが一歩踏み出し、スケルトンの剣を受け止める。

 鋭い金属音。

 受け流した勢いで薙ぎ払うと、二体が一度に倒れた。


「っ――! 隙を作るな、続けて押してくれ!」


 フィアナは左右に跳び、短剣を閃かせてスケルトンの脚を狙う。


「動きを止める!」


 フィアナの短剣がスケルトンの脚を砕き、動きの鈍った敵にセレナの矢が突き刺さる。

 ミリアは詠唱を止めず、加護を維持したまま光のベールを展開する。

 淡い光が揺らめく中、アルスの剣が再び閃いた。

 骨の粉が舞い、次々と骸が崩れ落ちる。


 やがて、八体のスケルトンはすべて倒れ、回廊には静寂が戻った。

 アルスは深く息を吐く。


「……終わったか」


 セレナも弓を下ろし、肩の力を抜く。

 だがその静けさの奥で、まだ何かが息を潜めているような気配だけが消えなかった。

 次の瞬間、背後でフィアナの悲鳴が上がる。


「――っ、あぁぁっ!!」


 鋭い痛みが背中を裂き、彼女はたまらず膝をついた。

 血の気が引くような声に、全員が振り向く。


「フィアナちゃん!」

「フィアナっ!」


 ミリアとアルス、セレナが叫ぶ。

 ミリアがすぐに駆け寄り、両手を傷口にかざす。


「ヒール!……お願い! 早くっ!」


 淡金の光が傷口を包み、血の流れが一時的に止まる。だが、フィアナの顔は青白く、痛みと精神的なダメージで体全体が震えている。


「…ああっ……!……どこか…ら……来たの……? み……見えない……敵が……」


 フィアナの意識が途切れ、力なく頭が揺れる。


「フィアナちゃん! だめっ! 起きて!」


 ミリアがヒールをしながら叫んだ。

 アルスとセレナが即座に警戒態勢を取る。

 だが、周囲には何もいない。風も止まり、音すらしない。


 その時――。


 ヒュッ……!


 空気が裂ける音が響き、セレナの背後へ鎌が迫る。

 アルスが本能的に動き、剣でその一撃を受け止めた。


「ぐっ……!」


 鈍い衝撃が腕を伝う。火花が散り、黒い鎌の刃が弾かれた。

 アルス自身にも、どうやって受け止めたのかわからなかった。

 考えるより先に体が動き、気づけばセレナの前で剣を構えていたのだ。


「アルス、どうやって!? あんなに離れていたのに……!」


 セレナの驚愕が混じった声が響く。

 だがアルスは答えられない。ただ、守らなければと思った瞬間、全身が勝手に踏み込んでいた。

 そして今もなお、見えない“何か”がすぐ近くにいるという確信だけが残っていた。


 見えない斬撃が続けざまに襲いかかる。

 アルスは半ば本能だけでそれを受け、弾き、必死に軌道を逸らした。

 数度目の衝突で火花が散った瞬間、ようやく半透明の影が揺らめく。

 人の形をしているのに輪郭は曖昧で、次の瞬間には霧のように溶けて消えた。


 ミリアの顔が蒼ざめた。


「……まさか――スペクター・リーパー!」


 セレナが息を呑む。


「霊体系……!」


 ミリアが早口で告げる。


「暗殺者の魂が霊化した存在です。音も立てず、奇襲してきます。弱点は音と光、そして浄化の祈りです!」


 ミリアが杖を掲げる。


「ライト!」


 強烈な光が回廊を照らし、壁や天井に反射する。

 その光の中で、スペクター・リーパーの姿が淡く浮かび上がった。

 ぼんやりとした半透明の人影――黒い鎌を握るその手が、確かにそこにある。


 ミリアは急いでフィアナを抱き寄せ、ポーションを取り出す。


「フィアナちゃん、飲んで……!」


 だが唇は動かず、液体が零れ落ちる。

 一瞬だけためらいが走る。

 だが躊躇している暇はなかった。ミリアはフィアナの唇に自らの口を重ね、口移しでポーションを流し込んだ。


 喉がわずかに動き、フィアナの掠れるような声が漏れる。


「……ん……あ……うっ……」

「フィアナちゃん!……っ、息があります……!」


 ミリアが泣きながら言う。

 アルスとセレナは二人で前に出る。


「ミリア、祈りを始めろ。こっちは持たせる!」

「分かりました……!」


 セレナが矢を放ち、アルスが前進する。

 リーパーの鎌が風を切り、何度もアルスの体を裂こうとするが、そのたびに剣で弾き返す。

 セレナの矢が当たるたび、リーパーの霊体が揺らぎ、形が崩れていく。

 だが、決定打には至らない。


 ミリアが静かに目を閉じ、両手を組む。


「――光満ちる琥珀の御座に坐します聖き御名よ。

 この地に染みつきし穢れを拭い、闇を断ち切りたまえ。

 死の鎖に囚われし者どもを解き放ち、安らぎへと導きたまえ。

 我が声は微かにして脆くとも、願いはただ一つ――御身の清き光をここに顕現せよ――」


 光が床に広がり、淡い紋様が描かれる。

 アルスとセレナはその祈りを守るように、リーパーと正面からぶつかった。


 金属ではなく、魂と魂が擦れ合うような重い衝撃。

 アルスの腕に痺れが走りながらも、歯を食いしばって踏み込む。


「――ここで、終わらせる!」

「――聖光は降り注ぎ、穢れし骸を今こそ浄めん!」


 ミリアの詠唱が最高潮に達した瞬間、眩い光が爆ぜた。

 スペクター・リーパーの形が崩れ、苦悶の叫びを上げながら消え失せる。


 静寂。

 光の粒が回廊を漂い、誰もが息を整える。


「……終わった、のか?」


 アルスの問いに、ミリアが小さく頷いた。


「はい……魂は、ようやく安らかになりました……」


 その声は、哀しみを滲ませながらも確かに安堵に満ちていた。


 アルスはフィアナの顔色を確かめ、そっと手を差し伸べる。傷はすでに塞がっていたが、瞳の奥には戦いの恐怖と精神的な疲弊が色濃く残っている。

 セレナもそっと彼女の肩に手を置き、優しく微笑んだ。


「無理はさせられないわ……戻るのが良いわね」


 ミリアも頷き、杖を軽く振って最後の加護をかける。

 三人は互いに目を合わせ、静かに地上への撤退を決めた。

 これ以上進めば、次に失うのは命かもしれない――誰もがそれを理解していた。


 四層の冷たい空気と薄暗い回廊を後にしながら、アルスは背中の軽い体温を確かめるように、フィアナを背負って慎重に足を運んだ。

 戦いは終わったはずなのに、心にはなお緊張の余韻がこびりついていた。

 それでも――仲間と共に無事に帰還できるという事実だけが、確かに胸を温めていた。

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