姉妹覚醒3
ルリシオンはフォルトたちと別れ、西に向かった。
そして視線の先には、土煙が舞っている。
まだ姿は見られないが、魔獣どもが走っているのだろう。進路上になるこの場で待機していれば、わざわざ近づかなくても接敵できるか。
そう考えて歩みを止めると、後方に大きな魔力を探知した。
(あらあ? 支援は要らないと言ったはずだけどお)
身内だけは大切にする魔人。
フォルトの要らぬお節介は、本音で言えば嬉しい。だが魔族の名家ローゼンクロイツ家の令嬢として、その優しさに甘えるわけにはいかない。
ともあれ見学ぐらいなら構わないので、誰が来たかを確認する。
「あれはカーミラじゃなくて……」
空を見上げると、褐色肌の女性が向かってきていた。
捕獲や運搬が得意な大罪の悪魔で、すでに仕事を終えたようだ。ならば支援ではなく、別の目的があるのかもしれない。
何にせよ、魔獣どもと戦うまで時間がある。
ルリシオンが大きく手を振ると、マモンは速度を落として降下してきた。
「よう! まだ始めてなかったか」
「まだ遠いわよお。それでマモンは、なぜ私のところに来たのかしらあ? 見学をしたところで、面白いものは見られないわよお」
「邪魔はしねえよ。猿以外の魔獣を捕獲できればいいぜ」
マモンから話を聞くと、どうやら捕獲する魔獣の種類が足りないそうだ。各種魔獣を二頭ずつ捕獲することが、フォルトからの命令だった。
それに納得したルリシオンは、ふと考え込んだ。
確かに支援は必要なかったが、魔獣どもの数が多い。また試練の主旨は、討伐対象の発見と討伐である。
つまりマンティコアと対峙して、自分の力で討伐すれば良い。
他の魔獣は邪魔なだけ。まとめて討伐しても意味はないのだ。
(私は、お姉ちゃんよりも融通が利くしねえ)
姉のマリアンデールであれば、確実にマモンを追い返すだろう。しかしながら妹のルリシオンのほうが、物事を柔軟に考えられた。
大罪の悪魔を送ってもらえたのなら、邪魔者の排除に使わないと損である。
「あはっ! なら、先に捕獲しちゃっていいわよお」
「そうかい? ルリが戦っている最中に捕獲するのは面倒だからねぇ。そう言ってもらえると助かるよ」
「相手が人間なら譲らないけどねえ。格下の魔獣を討伐しても楽しくないわよお。マンティコアさえ残してもらえれば構わないわあ」
「んじゃ! お言葉に甘えて、サクサクと捕獲しようかねぇ」
魔獣の群れは、ルリシオンが視認できるところまで来ていた。
目を細めて確認すると、二十頭以上はいるだろうか。あちらも二人を発見したようで、生意気にも威圧を込めた咆哮を上げている。
そしてマモンは頭をかきながら、右手を前に突き出した。
魔法かスキルか。
小声のため聞き取れなかったが、中空に無数の魔法陣が浮かんだ。とはいえそれも一瞬のことで、魔法陣が砕け散って地面に霧散していった。
「もしかして失敗したのかしらあ?」
「まさか。捕獲の準備はできたよ。直接戦闘だとサタンに負けるけど、あたいは搦め手が得意分野だからねぇ。まぁ見てればわかるさ」
「そう」と言葉を発したルリシオンは、マモンの隣に移動する。
魔獣の群れはもう目の前まで来ているので、最悪は自分が迎撃するつもりだった。魔法だと間に合いそうもないが、とっておきのスキルを保持している。
そして牙をむいた魔獣の群れが、二人に攻撃を仕かけようとした瞬間。
高々に右手を上げたマモンがパチンと指を鳴らすと、魔獣たちの踏み込んだ地面がぽっかりと消失した。
「「ギャオン!」」
「あはっ!」
マモンが作りだした何個もの落とし穴に、すべての魔獣が落ちていった。
搦め手とはよく言ったもので、ルリシオンは感嘆の声を挙げる。
落とし穴はそれほど深くないが、ジャンプしても地上まで届かない。壁は奇麗な切断面を見せており、魔獣どもは登ってこれないようだ。
中型魔獣の群れを、いとも簡単に捕獲している。
「まぁ穴は深くねぇからな。死んでねぇと思うぜ」
「今のは魔法? それともスキルかしらあ?」
「原初魔法だぜ。聞いたことねぇか?」
マモンが使ったのは、【ヒデュン・トラップ/隠された罠】という魔法。効果としては、脳裏に描いた罠を隠して設置できる。
これは術式魔法ではなく、原初の魔法だった。
世界の創生時代に主流となった魔法だが、すでに失われて久しい。長命種でも知る者はおらず、大罪の悪魔のような特殊存在にしか使えない。
または……。
「原初? 知らないわねえ」
「そっか。まぁ今でも使える奴らは、神々や竜種ぐらいじゃねぇかな? 教えられるもんじゃねぇから、習得は無理だと思うぜ」
「そう。ならいいわ」
「とりあえず、屋敷に持ち帰る魔獣を選別しちまおう。ルリも落とし穴の中から、マンティコアを探すといいぜ」
マモンが魔獣の選別を開始したので、ルリシオンもマンティコアを探す。
穴の底にはプレーンウルフやブラックタイガー、他にもニードルパンサーがいる。壁に爪を立てたり飛び跳ねているが、無駄な努力と言わざるを得ない。
そして数個の落とし穴を順番に回ると、老人の顔をした魔獣を発見した。
「この落とし穴にいたわあ。プレーンウルフと一緒よお」
「そいつなら他の穴にもいるから、全部殺していいぜ」
「はあい! 燃やしちゃうわねえ」
満面の笑みを浮かべたルリシオンは、マンティコアが落ちた穴の前に立つ。
そして、とっておきのスキルを発動させた。
「死になさあい。全力の『炎獄陣』よお!」
「「ギャオオオオッ!」」
ルリシオンの必殺スキルは、自身を中心に何本もの炎柱を発現させた。落とし穴から隙間なく噴き上がる炎柱は青白く、骨すらも残さない圧倒的な熱量である。
マンティコアを含めた魔獣どもが抗えるわけはずもない。断末魔の咆哮とともに、その存在は消し炭になった。
スキルは魔力ではなく精神力を消耗するので、一瞬だけ意識が遠のく。だがそれも束の間、「だから心配には及ばないのよお」と心の中で思う。
火に耐性の無い中型魔獣であれば、一人で討伐できるのだ。
ともあれルリシオンは、限界突破の試練を終えた。
(今回の試練は長かったけど、無事に達成できたようねえ。お姉ちゃんは大丈夫だろうし、フォルトにおねだりができそうだわあ)
今回の限界突破は、姉妹にとって特別だった。
そしてフォルトに対し、とある願いを持っていた。
もちろん身内の願いであれば、何を置いてでも叶えてくれるだろう。しかしながら姉妹のおねだりは、力が伴っていないと駄目だと考えている。
その前提が、いま達成された。
後はマリアンデールとルリシオンの願いを、彼が聞き入れてくれるかどうか。などと思考を巡らせていると、マモンが近づいてきた。
「ほう。いい炎だぜ。消耗は激しそうだがよ」
「目ざといわねえ。全力と言っても倒れるほどじゃないわよお」
「そうかい? 無事に討伐できたようで何よりだぜ」
「マモンのほうはどうなのかしらあ?」
「捕獲まで終わってるぜ。休まなくても構わないなら戻りてぇんだけどよ」
マモンは半透明の縄で、目的の魔獣を引き上げていた。
それも原初魔法らしく、鋼鉄よりも頑丈さがあるようだ。魔獣どもが暴れないように巻かれており、ルリシオンは「便利なものねえ」と感心してしまう。
以降は浮遊魔法を使い、空中に浮かべている。
「フォルトも待っていることだしねえ。でも残った魔獣と落とし穴は、そのままにしていくのかしらあ?」
「はははははっ! まぁ気にすんな。さっさと歩こうぜ」
「あら。空を飛んで、先に帰ってもいいわよお」
「それでもいいけどよ。ルリを置いていくと怒られるぜ」
魔物・魔獣しか棲息していない場所なので、後始末は必要ないか。
マモンは魔獣を運んでいるので、ルリシオンを抱えて飛べない。いや。腰にしがみ付けば飛行できそうだが、さすがに遠慮したいところだ。
とりあえず護衛をしてくれるようなので、甘んじて受けておく。
そして落とし穴から距離が離れたところで、マモンが再び指を鳴らした。と同時に後方で大爆発が起こり、ビックリして振り向く。
「後始末をしたのねえ」
「まあな。あの落とし穴は、自然に修復しねぇからよ」
「ふーん。確かにフォルトの性格だと、穴は塞ぎそうよねえ」
「命令されたわけじゃねぇけど、あたいは主人の一部だしね」
フォルトの大罪で顕現したマモンは、その意を酌む。
変に几帳面なところがある魔人が主人なので、この後始末は頷けた。
道すがらに尋ねると、魔力を凝縮した爆弾を設置したらしい。あの爆発では魔獣どもは生きておらず、落とし穴も塞がっただろう。
まったく、大罪の悪魔はどれも恐ろしい。
そう思ったルリシオンは、愛しの魔人と姉が待つ場所に急ぐのだった。
◇◇◇◇◇
フォルトは寝転んだ状態で、ルリシオンとマモンを迎える。
駄目親父が全開とはいえ、これもカーミラの膝枕が悪い。まさに悪魔的な心地良さで、体を起き上がらせることを拒んでしまう。また自身の悪い手が、アーシャやソフィアの柔らかさを堪能していた。
ブラウニーを召喚して、ベッドを作らせたい気分である。
「こんな場所で寛げるのはフォルトだけよお」
「あ、はは……。無事に目的を果たせたようだな」
「マモンが魔獣を捕獲するついでに終わらせたわあ」
「ついで、か。マモンもご苦労だった」
「いいってことよ。命令どおりに、各種二頭を捕獲しといたぜ」
二人を労ったフォルトは、空に浮いている魔獣どもに視線を向ける。
「グルルル」と唸っているが、魔法的な鎖によって身動きはとれない。傷も無く捕獲しているマモンは、とても有能である。
「俺の一部なのになぜ」と、小一時間ほど問い詰めたい。
そしてルリシオンに視線を戻すと、姉のマリアンデールに抱き着かれていた。お腹に頭を付けてグリグリとしているあたり、どちらが姉か分かったものではない。
そう考えた瞬間……。
「貴方。いま失礼なことを考えなかったかしら?」
「イイエ。尊イナト思ッタダケデス」
「ならいいわ。それと私から、マモンにお願いがあったのだけど?」
「あぁそうだった。マリのほうに、マンティコアが二頭もいたらしい。一頭を捕獲したそうだから、マモンが運んでやってくれ」
「ほう。まぁ余裕はあるからいいぜ」
「カーミラも頼む。屋敷まで運ぶのを手伝ってやれ」
「はあい!」
魔界を通ったほうが早いので、マモンにはカーミラを付ける。二人は空を飛び、そのまま西に彼方に消えていった。
そこでフォルトはソフィアに近寄って、真面目な表情で肩に手を置いた。
「次は、ソフィアの膝枕を堪能したい」
「ど、どうぞ。ですが、顔は上に向けてくださいね」
「あ、はい」
残念ながらフォルトは、お約束の行動を封じられた。しかしながら彼女の膝枕も極上なので、すぐさまイヤらしい表情に変わる。
そしてアーシャが、「ねぇエロオヤジ」と質問を投げかけてきた。
まさにそのとおりなので、快く回答する。
「あたしたちは帰らないの?」
「四人も運べないぞ? カーミラとマモンが戻ってからだな」
「両手にマリ様とルリ様。前後にあたしと、ソフィアさんがぶら下がるのは?」
「寝室ならいいけど……。いや。ちょっと捨てがたい提案だ」
「きゃはっ! 冗談よ、冗談! さすがに落ちるっしょ!」
アーシャは冗談と言っているが、本気に聞こえたのは気のせいか。フォルトの力を間近で見たので、魔人なら可能と思っていそうだ。
そこで話題を変えるように、マリアンデールとルリシオンに声をかけた。
「二人は限界突破をしたのか?」
「マンティコアを討伐した時点で試練は完了よ」
「ほうほう。レベルは?」
「貴方。踏まれたいのかしら?」
「そ、そっち系は勘弁だ! 俺の趣味じゃない!」
姉妹のレベルは気になるが、新しい世界に目覚めたくない。
今も昔もフォルトは、女性から虐待されて興奮するタイプではないのだ。とはいえ踏まれるときは踏まれるので、強く拒絶しても意味はない。
もちろん答えたくないなら、無理に尋ねないのはいつものこと。目的が達成できたのなら、それに越したことはない。
これで、大きな予定の一つが終わったのだから……。
などと考えて一息つくと、ルリシオンが興味深いことを口走った。
「今回の限界突破で覚醒したわよお」
「は? 覚醒とは何だ?」
「フォルトは何もしらないのねえ。覚醒は……」
得意気なルリシオンが、覚醒についての説明を始めた。
何回かの限界突破をすると、ギフトと呼ばれる能力が授けられるらしい。内容としては特別なスキルで、加護的なものが多いそうだ。
これの有無が、「領域の壁」とも言われている。レベルで負けていても、力関係が逆転するほどだった。
「それは凄いな! マリとルリが得たギフトを教えてくれ」
「ふふっ。どうしようかしらね」
「レベルと同じで教えられないのか?」
「迷うわねえ。本当に知りたいのかしらあ?」
「勿体ぶるなあ」
「あはっ! それだけ重要なのよお」
マリアンデールとルリシオンが左右に別れて、フォルトの両隣に座った。次に姉妹は耳元に顔を寄せて、「お願いがあるのだけど」と囁く。
情欲をかき立てる行動で、一瞬にして撃沈してしまう。
ちなみに膝枕中のソフィアは、顔を両手で隠して恥ずかしがっている。アーシャに至っては、興味津々な表情で眺めていた。
(でへでへ。マ、マリまでこんなおねだりをするとは……。背徳感がヤバい。と、とにかく内容を聞かないと……)
「ぜ、善処はする! 簡単な内容で頼むぞ?」
「堪え性が無いわね。ゴニョゴニョ」
「ふんふん」
「だからフォルトは好きよお。ゴニョゴニョ」
「ふんふんふん」
姉妹のおねだりは、もっと前に言われても不思議ではなかった。
それを限界突破のタイミングで伝えるあたり、フォルトのツボを心得ている。達成のご褒美としては最適かもしれない。
ただしカーミラに相談するので、今この場では答えられなかった。
「叶えるのは吝かではないのだが、今は何とも言えないな。悪いが、屋敷に戻ってからでいいか?」
「フォルトだけで決められないのは分かっているわあ」
「急いではいないけど、なるべく早く答えを聞かせなさい!」
「そうしよう。しかし、暇だな」
平原地帯はすばらしい景色が広がるとはいえ、さすがに飽きてきた。カーミラとマモンが戻るまではまだ時間が掛かるので、どうするかを悩む。
するとソフィアが再起動して、フォルトの疑問に答えた。
「で、では魔獣を討伐しませんか? マリさんとルリさんは疲れていると思いますので、フォルト様さえよろしければ戦闘経験を積みたいです」
「なら、あたしも! ねぇフォルトさん。駄目かなぁ?」
「ソ、ソフィアとアーシャもおねだりか!」
「ふふっ。フォルト様に守られながら戦ってみたいのです」
「そうよ! 次は実際に、わたしを守ってほしいの!」
「うぐっ! 俺の怠惰は知っているだろうに……。でもまぁ仕方ない、か」
身内は公平に愛する。
そう決めているフォルトは、渋々でも狩りのおねだりを聞き入れた。幽鬼の森に帰りながらであれば、少しは時間短縮ができるだろう。
もちろん自身に前衛は無理なので、数体のリビングアーマーを召喚した。レイスも送還しておらず、上空から支援させるつもりだ。
フォルトらしさが全開でも、ソフィアとアーシャは笑顔を向けてくれた。呆れられると思っていたが、守る方法は何でも良いらしい。
きっと、女心というものかもしれない。
マリアンデールとルリシオンを見ると、ニヤニヤと笑っている。
それには「疲れていないだろ」と思いつつ、四人を連れて、幽鬼の森に向かい歩きだすのだった。
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