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遅れてきた狐の嫁入り

クライマックスなんで長めです。

   七・遅れてきた狐の嫁入り


 中空にネコの瞳のような形をした黒い隙間が生まれる。

 そこから声と供に、まるで絵画の貴婦人のような女性と、元気一杯で角のある少女が姿を現す。スキマ妖怪こと八雲紫と、鬼の伊吹萃香だ。


挿絵(By みてみん)


「あーっ! もう始まっちゃってる。ひどーい」

「なんだ。貴方まで来てしまいましたか」

 萃香の姿を見て、天子が僅かに眉を顰める。

「私と紫を除け者なんて酷いじゃん。ちゃんと呼んでよ」

「そうそう。わざわざ除け者にするなんて酷いじゃない。これだから天の輩は好かない」

 率直に表情に不満を現す萃香と、微笑に怒りを滲ませる紫。

 幻想郷でこの二人を知るものならば、僅かな例外を除いてこの二人の不興を買えば無傷どころか命すら危ないと認識している。

 天子はその数少ない例外の一人だ。

「別に参加したければどうぞ。ただし、私に頭を下げるぐらいはしてくださいよ?」

「……へー、結構言うね。でも、その言葉分相応かな?」

「そんなに二対一がお望み?」

 元より喧嘩腰の二人だから、天子の挑発に乗らないわけが無い。

 そもそもこの前あった二度目の神社倒壊は、天子の計画が気に入らない紫が起こしたものだ。

 二度目だからといって、紫が天子の下界に住処を作ろうなどという計画を見逃す道理は無い。

「悪いけど、貴方達二人だからといって引く私じゃありませんよ?」

 一歩も引かずに二人に対して堂々と言いのける。

 天子にとって萃香までは予想外だが、天狗の新聞を見て紫が来るのは想定内だ。

 むしろ、リベンジの良い機会だとすら考えている。

 怯むわけがない。

「……お前は本当に諦めが悪い。まだ地上に住みたいなんて分不相応なことをするなんて」

 紫は目を細めて天子を見つめた。

 その幻想郷の大妖怪の視線に天子は全く臆することなく言葉を返す。

「あら、和すれば寡なきことなく、安ければ傾くことなし。等しく皆で分けるだけじゃない」

「巧言令色鮮し仁。お前の言葉は上っ面だけで仁が無い」

 天子の口元には淡い微笑が漂い。

 対照的に紫の表情から笑みが消え、冷たい眼差しだけが残った。

「ねー、紫。さっさと倒してお酒のもーよー」

「そうね。この天人には先に退場してもらいましょう」

「貴方達、下界の者にそんなことができますかね?」

 新たに好戦的な笑みに変わり天子は宙へ飛び立つ。


 宙にいる三人の下の宴会場は大盛り上がりである。

「咲夜。面白いことになったわね」

「ええ。これは見物ですね」

「全く。これだけの為にあんな芝居するなんて。天人も暇ね」

「おー、こりゃ凄いな。さてさて、皆はどっちに掛ける?」

「私はパス」

「無難に紫かしらねぇ」

「私は当然大穴狙いよ」

「幽々子様、お戯れが過ぎますっ!」

 上の殺伐とした雰囲気は微塵も伝染していない。

 むしろ格好の酒の肴になっている。

 永江衣玖ただ一人を除いて。

「…………私はどうしたらいいのでしょう?」

そんな小さな呟き、当然誰も聞いちゃいなかった。



「お邪魔虫はこの際一掃しちゃいましょうか」

 下での喧騒など全く意に返さず、天子は十メートル程先の紫と萃香に笑いかける。

「能書きはいいからさっさと来な!」

「……ま、そういうことね」

 相手の勝ちを疑わない態度に、より戦意を駆り立てられたのか天子の緋色の瞳が輝く。

「じゃ、お構いなくっ!」

 言葉と同時に天子は片手を眼前に突き出す。

 手の先に十数本の赤い針が生まれ、突き出した手の勢いそのままに紫と萃香に向かって放たれた。

「ほいっと」

 萃香が手の平に作り出した火球を針に投げつけた。

 すると二つはぶつかり爆ぜ、紅い針は全て火球の爆発に飲み込まれる。

 それを見て、立て続けに針を放とうとする天子の眼前に、爆炎の中から数発の光弾が湧き出る。

「おっと」

 天子は即座に腕を引っ込めて身を横に逸らし、ギリギリで回避した。

 しかし、二対一の追撃は終らない。

「これでおーしまい」

 ジャラジャラと鳴る金属音と供に斜め上から鎖が、光弾を回避した天子の位置へ伸びる。

 そして、妖怪の山をも動かすと嘯く萃香の剛力が鎖が捉えたものを即座に引き寄せる。

 そう、これは二対一。

 幻想郷で五本の指に入る二人相手に勝てる道理など無い。

 しかし、

「――あれ?」

 萃香の眼前に現れたのは鎖に縛られた天子ではなく、鎖に縛られた子供ほどもあるしめ縄が巻かれた岩――要石と緋想の剣を振りかぶる天子。

 ――それでも、私ならば勝てる。

 そう天子は信じて疑わない。

「はぁっ!」

 両手が鎖で塞がった萃香に大上段から剣を振りかぶる。

「うわぁ」

 あまり危機感の感じられない声を上げながら、振りかぶられる剣を萃香は呆然と眺める。

(――とった!)

 そう天子は確信した。

「っつ!」

 が、天子は咄嗟に剣で横から飛来する鈍色の針を叩き落とした。

「なんだ。感がいいわね」

 詰まらなそうに紫が呟いた。

 油断も隙も無い。

 きっと剣を降り終える数瞬前に針は天子を打ち落としていただろう。

「今度はこっちだ」

 紫に振り向いた天子が慌てて身を屈める。

 天子の頭上スレスレを要石が風きり音と供に通過した。

「くっ!」

 天子が剣を強く握りしめるとそれに応え、緋想の剣が四方八方に先ほどの紅い針を放った。

「うわ、危ない」

 萃香はそれを軽々と避け、紫の隣に下がる。

 それを仕切り直しの好機と天子も判断し、僅かに後退し二人から距離をとった。

 そして一時の膠着が生まれた。



「さーて、さてさてさて。賭けるなら今のうちだよ!」

 何時の間にか下では魔理沙主催で賭け事が始まっている。

 掲げられた木の板に載っているオッズは十対一。

 どちらが一か言うまでもないだろう。

 幻想郷の住人と言えども賭け事になると正直だ。

「そこの天人のお連れさんは賭けないのか? 天子に賭ければ大儲け出来るかもしれないぜ?」

「…………」

 衣玖は驚きを通り越して呆れてしまった。

 ここまで下界が適当で、陽気で、暢気なのかと。

 立場上怒るべき霊夢も、参加費としてお賽銭を払うという交換条件で黙認している。

 よくよく見れば天女の一部も嬉々として参加していた。

「あんたはどっちに勝って欲しいんだ?」

「……どうなんでしょう」

 そもそも天子が行っている行為は天界からすれば不祥事の類だ。勝てばそれがより拡大する。

 しかし、総領の娘である天子が痛めつけられるというのも、止められたともいえる自分の責任が発生する。

 どちらを取っても衣玖にとって良い結果にはならない。

「おいおい、自分がやりたいこともわからんのか」

 衣玖のどっちつかずの態度を見て、魔理沙が溜め息を漏らす。

「……いいか? 一番後悔するのは何も決めず、何もやらなかった自分だぜ」

 魔理沙には相応しい言葉なのだが、この場で言ってもやや説得力に欠ける。

「ということで。さ、賭けるんだ」

 まして、これを言いたいが為の言葉ならなお更だ。

 差し出された、お金が放りこまれている帽子を衣玖はぼんやりと見つめる。

(やりたい事……か)

 言われてみれば今回自分からやったことは何一つ無い。

 天子にひたすら引っ張りまわされただけだ。

 でも今ならもしかして……。

「私は――」

 衣玖は強く手を握り締めた。



 二対一の攻防が再開され、数分。

 当初互角に見えた勝負も、じりじりと天子が押される流れになっていた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 二対一という状況に加え、地震を操る天子にとって空中戦は厳しいものだった。

「ふぅ。……堕ちろっ!」

 しかし、天子の意気は全く折れない。

 呼吸を整え、すぐさま攻勢に転じる。

 目の前に生み出した要石から紅い数条もの紅い光線が萃香と紫の二人に向かって放たれる。

 が、もう初見では無い光線は軽々と二人に交わされ、上下から熱球と青色の光弾が天子に迫る。

「っと」

 後ろに後退するも、二つの弾同士がぶつかり、生まれた激しい光に天子が思わず目をつぶる。

「隙ありっ!」

「!?」

 気付けば、身の丈を超える巨岩が僅か数メートルまで迫っている。

 とっさに要石を盾にするも押さえきれず、要石ごと突き飛ばされる。

「う、ぐぅ……」

「さーて、これで終了かしら。逝け、魍魎『二重黒死蝶』」

 紫の左右で隙間が生まれ、そこからそれぞれ無数の赤と青色の蝶飛び出し、天子の周囲を覆い尽くすように迫る。

「あ、くぅ」

 なんとか体勢を立て直すも、天子にもう逃げ場は残されていなかった。

 天子の瞳に二色の蝶だけが映る。

「無様に華と散れ」

 号令と供に蝶は速度を増し、天子を覆い尽くさんと肉薄する。

「気符『無念無想の境地』!」

 蝶の群れがその姿を包む数瞬前に天子が叫ぶが、蝶は天子に辿り着くやいなや紫色の閃光と供に爆散する。

「なーんだ。もう終わりか」

 それを見て萃香がつまらなそうに呟く。

 しかし、その隙さえも紫は見せなかった。

「――駄目よ。天人はやっぱり諦めが悪いみたいね」

「へ?」

 閃光の中から天子が虹色に輝く剣を片手に握り、踊り出る。

 体のあちこちから小さい赤い稲妻が立ち上り、服は煤けてはいるが、その表情からダメージによる痛みは感じられない。

「それは何?」

 紫が傘で天子を指すと、その先からを幾条もの光線が立て続けに奔る。

「はああぁぁっ!」

 天子は避けるどころか、その光弾に向かい真っ直ぐ空を翔る。

 一本目は天子の頭上を。

 二本目は辛うじて、天子の肩上を通り過ぎる。

 三本目にしてついに光線が天子を貫く。

「く、っつ……はあ!」

 が、それでも天子は止まらない。

 また、光線が身体を貫くも今度は瞬きさえせずに突き進む。

 視線の先に紫を見据えて。

 最後の光線の中を抜けて、紫の眼前に躍り出る。

「その気質の前に跪かせろ! 気符『天啓気象の剣』!!」

 大きく体ごとそらして振りかぶり、剣に力を込め叫ぶ。

 すると振りかぶられた剣に紅い気質――力が集まり、より巨大な身の丈ほどの紅い剣を模した。

 それを眼前に紫が天子を睨みつけ、その紫を見て天子が笑う。

「其の身に刻みつけろっ!」

 怒声とも取れる大声と供にその強大な剣が振り下ろされる。

 今度こそ確実にしとめられる、そう天子は確信した。

 が、

「そうはいかないんだな」

 剣が紫までわずか数十センチで止まる。

 巨大な緋想の剣は萃香が両手で掴んだ鎖に阻まれていた。

「な、ら、まとめて……!」

 更なる力を刀に込めるも剣はピクリともしない。

「残念。そんな貧弱な力じゃ鬼には敵わないよ。鬼符『ミッシングパワー』!」

 瞬時に萃香の体が膨れ上がり、天子を剣ごと弾いた。

「わっ、とと」

 再び、萃香と紫から距離が開く。

「……ふ、く」

 空中に辛うじて立った天子の口から隠し様の無い疲労が零れる。

 無念夢想の境地は身体を一時的に強化し、痛みを軽減するだけのもので、十分にダメージは受けている。

 それに比べて紫と萃香には疲弊は無いとも言いきれないが、天子の攻撃はほとんど届いていない。



 地上の大多数から歓声が上がる。

 衣玖はそれを見て、きゅっと袖を握り締めた。

 しかし、足は前に出ない。

(やはり、このまま見ていた方が……)

 すると、ただ立ち尽くす衣玖の裾が後ろからゆっくりと引かれて、ビクリと衣玖が身体を振るわせた。

「ひゃっ! ……確か冥界の主の西行寺――」

 振り向いた衣玖に幽々子が柔和な笑みを浮かべる。

「幽々子でいいわ。それより行かなくていいの?」

「え? なんでそれを……」

 ズバリと自分の迷いを突かれて衣玖は驚く。

「そんなにそわそわしてれば誰でも分かるわ」

「……そうですか?」

「ええ」

 幽々子のやわらかい笑みを浮かべた表情を見ると、不思議と衣玖はなんとなくそうなんだと納得してしまった。

「さーて、行くならばそろそろよ」

「でも、私は……」

 どうしても後々を考えると衣玖は言葉を濁らせてしまう。

「ふふふ、貴方はきっと心の中ではもう決めているわ。後はあの子を信じるだけよ」

「……」

 全てを分かっているかのように幽々子は笑う。

 捉えどころの無い彼女を信じてもいいのだろうか……そう考えると衣玖は踏み切れない。

「もう、漂ってるだけは飽きたでしょう? さあ、これからの貴方を選びなさい」

「……」

「沈黙も選択になるわ」

「そう、ですね」

 衣玖は一人、ゆっくりと頷いた。


「もういい加減堕ちてよー」

「……っ!」

 紫と萃香の弾幕が交互に天子を襲う。

 それを皮一枚切らせて、なんとか躱し続ける。

 しかし辛うじて、反撃を試みても意外に良い二人のコンビネーションと老練な技術に不発に終っている。

「いい加減生き恥をさらすのは止めなさい。努力は認めるわ」

 まるで醜い者をみるように紫は目を細める。

「まだ、まだぁ!」

 『努力』というまるで子供を相手にしているかのような言葉。

 今の天子にとってこれ以上無い侮辱だ。

「あー、澄ました天人も鼻につくけど……しつこいのも駄目ね」

 それを分かっていて、紫は天子にはっきりとした嘲笑を送る。

 天子の緋色の瞳が怒りに燃え、真っ直ぐ紫に向かい、剣を握って突っ込む。

「ふふふ、さようなら。幻巣『飛光虫ネスト』」

 紫の背後に無数の隙間が生まれ、そこから光る小さな『何か』が天子に向かって音も無く飛び立つ。

「ぁ……」

 剣で弾くことも叶わないほどの刹那の内に一つの白い閃光が頬を切り裂いた。

 さらに新しい弾が一挙に装填されるかのように、小さな白い光が隙間から一つ一つ、無数に灯った。

「くっ!」

 隙間から無数の白い閃光が天子を切り裂き、貫こうと飛び立つ。

 天子の眼前まで迫る。

「させません! 雷符『エレキテルの龍宮』!」

 が、その刹那の叫びと供に、天に掲げた指から青白く輝く稲光が生まれ頭上で拡散し、まるで檻のように天子と衣玖を包み込む。

 衣玖の強烈な稲妻の檻はなんなく無数の閃光を全て弾いた。

「い……衣玖?」

「はい。なんでしょう、総領娘様」

 衣玖に抱きかかえられるように支えられ、その腕の中から戸惑いの視線を衣玖に投げかける。

「あ、貴方。なんで助けに来たのよ」

「いや、総領娘様が苦戦なさっているようなので」

 いつもどおりの涼しい顔で衣玖は答えた。

「……私が勝ったら困るくせに」

「放っておいても大問題です」

「それは……」

 いつもの天子とは比べ物にならないくらい天子は気弱だ。

「ふふ。だったら、楽しんでみたいじゃないですか。――天子様みたいに」

 それも含めて、衣玖は笑った。

「……」

 それを見て天子は黙って俯いた。

 それでも衣玖は分かっていた。

 この人は私に教えてくれたように必ず、やってくれると。

「…………そうね。貴方のおかげで十分あいつらに勝てるわ」

「それは良かった」

「行くわよ」

「了解です」

 衣玖と天子は供に紫と萃香を向いて不敵に笑った。

「紫。もう面倒だから本気でいくよ?」

「そうね。さっさと止めを刺しましょうか」

 先ほどとは変わり、萃香と紫の顔から嘲笑が消え、瞳に深く強い意志の光が煌めいた。


「総領娘様。一応言っておきますが、私にはどちらか片方でも荷が重いです」

「でしょうね。でも大丈夫。私が纏めて倒すから。……貴方は時間稼ぎと誘導さえしてくれればいい。私は上にいるから」

「……はい。わかりました」

 それでも衣玖は、紫と萃香の二人を自分の意図どおりするのは荷が重いと分かっている。

 しかし、逆にそれさえすれば横にいる少女は十二分に力を発揮し勝てる。

あの幻想郷で名だたる二人に。

 そんな思わず頬が緩んでしまうような事が、この少女と一緒にいれば待っている。

 そう思えば、断ることなどできるはずがない。

「では、参ります」

 天子の目の前に身を進め、二人の視線を真っ向に受ける。

 ゾクリと背筋に何かが走るが、気にせず二人に微笑んで返す。

「飛び入り参加で失礼。そして、さようなら」

 言うや否や両手を突き出し、青白い稲妻を二人に向かって奔らせた。

「うわ、早い!」

 辛うじて萃香が避け、紫が回避を諦め傘を開き稲光を凌ぐ。

「まだまだいきますよ!」

 衣玖は相手の二人に攻撃の隙間を与えないように間断なく、稲妻を打っていく。

「それじゃ、よろしく」 

 そう言ってさらに高度を上げていく天子を狙わせないように牽制を優先し、多少の被弾も厭わない。

(途中から参加した私が一番体力があるから、ここは粘らないと……)

 天子の意図はさっぱり分からないが、それでも自分はその仕事を真っ当するしかない。

 大技は打たず、衣玖はひたすら稲妻で牽制し続けた。

 すると空を飛翔し続け、回避運動しかしない天子を追うのは諦めたのか、紫と萃香の二人は明確に衣玖を狙いだした。

(よし!)

 とりあえずの時間稼ぎはできているといっていい。

 ただ、より危険が増したことも事実だ。

 それでもひたすら回避と牽制に衣玖は徹する。

「いい加減にしてよ!」

「っ!」

 萃香の熱球の熱が髪を焦がし、紫の光弾が容赦なく衣玖の身を削る。

 徐々に追いやられる形で天子を残して高度を下げて行く。

 衣玖は自分が失敗していないことを確信するが、いつ自分が持たなくなるかを考えると気が気でない。

「追い詰めたね。それ以上下がるのは無理でしょ」

 萃香に言われて下を見れば、宴会から十メートルほどまで下がっていた。

 確かにこれ以上下がってしまえば、下界の被害は免れない。

 それを確信し、衣玖はもうここまでだと決めた。

「喰らうがいい! 龍魚『龍宮の使い』遊泳弾!」

 頭上で羽衣が合わさり、そこから大量の青白い人の頭ほどの大きさの球が生まれる。

 それは衣玖を中心として、円を描いて遊泳するかのように回りながらその円を大きくしていく。

「強い力は感じるけど、さっきと違って速度は全然だね」

「萃香、決めるわよ」

 二人は円を描く球の隙間を難なく潜り抜け、衣玖に対し同時に止めとなる一撃を繰り出す。

「喰らえ、元鬼玉!」

「飛べ、幻想卍傘」

 人ほどもある熱球と回転しながらせまる光の刃。

 どちらも躱せないことはない。

 でも、私にはやらなければいけないことがある。

 そう衣玖は瞬時に決意を固めた。

 衣玖は其の目で特大の熱球と鋭い閃光がわが身に迫るのをはっきりと確認し、

「――よし。天子、後は任せました。光星『光龍の吐息』」

 笑みを浮かべ、全ての力を振り絞った。

 無防備な衣玖が爆発に包み込まれる寸前に、頭上に掲げられた指先の上に、人を軽々と飲み込むほど巨大な雲のような雷の球が生まれた。

 それは、衣玖が地上に落ちていっても消えず、徐々に上空に上がっていく。

「駄目だ。紫、上がるしかない」

「ええ、そうね」

 下から迫る巨大な雷雲を避け、二人が高度を上げる。

 片方を倒した安心感からか、二人の顔には余裕さえ感じられた。

 しかし、上の天子を見つけ、その表情が凍りつく。

「いらっしゃい。衣玖は完璧に成し遂げてくれたみたいね」

 天子の手元で剣がグルグルと回転し、周囲から紅い霧のようなもの――気質を集めている。

 それは下の二人からでもはっきりとわかるほど異常な濃密さだ。

 天子が先ほどから空を飛び回っていたのは気質を集める為だったのは明らかだった。

 そして二人は気付く。

 雷雲の左右を先ほどの雷球が飛び交い、下から雷雲がせり上げる。

 ――もう逃げ場は無い。

「こうなったら……萃香。行くわよ」

「……うん」

 瞬時にそれしかないことを紫は判断し、すぐさま上空の天子目掛けて二人は飛び掛る。

「遅いわ。我が掌に天道あり。然るに天道の下に跪け! ラストスペル『全人類の緋想天』!!!」

 集めた膨大な気質の全てを二人に向かってそのまま解き放った。

 天子の僅か数メートル先まで接近するも、紫と萃香の二人は紅い力そのものの流れに飲み込まれた。

 その怒涛の力の奔流は二人を飲み込んでもまだ収まらず、神社を囲む森の一角に大きな道を作った。

「……私の勝ちね」

 剣が手元にもどり、その光景を見た天子が勝利の笑みを浮かべた。

 そして、片手を挙げ下界に勝利を示そうとした。

 が、

「残念。惜しかったね」

 頭部への強い衝撃が痛みになるまえに、天子の記憶は途絶えた。


 

 天界の音楽とは似ても似つかない、騒々しい音楽が天子の目を覚まさせた。

「あ、起きられましたか?」

「……」

 衣玖の問いに答えず、起き上がって回りを見渡す。

 どうやら自分は衣玖に付き添われて本殿の先で寝ていて、そこから境内での宴会をながめているという事を天子は理解した

 さらにその招待した者に混じってに萃香と紫のいるのを見つけた。

「……衣玖。何があったか教えなさい」

「えーと、それがですね。負けちゃいました」

 振り向いて聞いた天子に困ったような表情を見せた後、衣玖はそう答えた。

 衣玖が言うには、天子の背後に突然姿を現した萃香が一撃の下に天子を倒したらしい。ちなみに萃香の瞬間移動は紫の能力を使ったらしいと廻りから聞いたそうだ。

「…………そっか」

「あれ、怒ったりしないんですか?」

 意外にも天子の反応が淡白なのに衣玖少し驚いた。

 衣玖にとって天子は手のかかる子供のようなものだからだ。

「まさか。貴方が十二分に役目を果たしてくれたのは知っているわ。あれで負けたのなら私が原因でしょ」

「あ、はい」 

「それよりも問題は事後処理ね」

 天子は境内の紫の方を見て眉を顰めた。

 しかし、先ほどまでいた場所にその姿は見当たらない。

「……どこにいったのかしら」

「あら、呼んだ?」

 気付けば目の前に捜し求めた本人が立っていた。

「それが私の負けた原因?」

「いえいえ。貴方が悔やむべきのは全て己が慢心だと思うけど?」

 紫ははっきりとした嘲笑を天子に送った。

「……でしょうね。で、私を許す条件は?」

 しかし、あっさりと天子が認めたのでつまらなそうに顔を顰めたが、直ぐに気をとり直して、紫は天子に言い渡した。

「そうね。なら、貴方はとりあえず地上に下りないことを約束してもらいましょうか」

 もっともな条件だ。

 何故ならこの条件一つで、これ以降、絶対に天子が地上に関わることができなくなるからだ。

「……この宴は?」

「駄目ね。さっさと立ち去りなさい」

 僅かな妥協も無く、ピシャリと言い切られる。

「そんな。これは総領娘様が開いたもの――」

 見かねて、衣玖が紫に話しかけるも、

「悪いけど、貴方とは話してないわ」

 その言葉も一考だにされず、遮られる。

「じゃあ、さっさと」

「あらあら、別にそれぐらい良いじゃない」

 諦めて天子が腰を上げかけた時、丁度幽々子が話しに割って入った。

「幽々子。何のつもり?」

 不機嫌そうな視線を話しに割って入った幽々子に向ける。

 その視線を真っ向から受けても表情に波風一つ正さず、幽々子は答える。

「あっちの意見を纏めたのよ。紫、貴方意外だれも怒ってなんかいないわ」

 チラリと境内の方に目を向ける。

 天子がつられて見ると、こちらに手を振っているのがちらほら見えた。

 アリスに魔理沙に霊夢、そしてレミリアまでこちらに視線を向けている。

 少なくとも、天子が誘った幻想郷の住人達は天子の追放を望んでいないということらしい。

「……それだけじゃ引けないわ」

 それでも、紫は引かない。

 むしろ、決闘紛いのことまでやったのだから当然ではある。

「そうね。なら、こうしましょう。『天人はこれから地上でどのような建物も建てることはできない』 これでどう?」

 一瞬紫が逡巡するも、 

「どうでもいいじゃん。さっさと呑もーよー」

 先ほどの仲間である萃香からの言葉が聞えてついに頷いた。

「いいわ。ただし、芸の一つぐらいみせなさい」

 意地悪っぽく付け加える辺りに、未練が見える。

 しかし、そんな安い挑発には天子は乗らなかった。

「……わかったわ。飛び切りのを見せてあげる」

 天子は言うや否や、空に飛び上がった。

 緋想の剣を取り出し、空に掲げると周囲に紅い煙のような光が漂い始める。

「なんとかまだ気質は残ってるわね……まぁ見たことあるのもいるけどかまわないでしょ」

 剣の先を中心として、徐々に空が黒く染まっていく。

 徐々に広がり、気付けば神社の周囲は夜のように黒く染まり、空の雲さえ消えてしまっていた。

 そして変わりに巨大な赤と緑の光のカーテンが空に現れた。

「……赤気か」

 別名オーロラは天子の気質を現す天気だ。

 つまり、緋想の剣さえあれば天子は自分の気質を空に映すだけでいい。 

 歓声が境内から上がった。

 どうだとばかりに地上に笑みを向ける。

「よーし。もうちょいそのままな」

 歓声が収まると下から魔理沙の大きな声が聞えた。

「?」

 下を見ると何か細長いつつのようなものを用意している。

 なにやら準備が整うと魔理沙は、

「いくぞー」

 当然天子の了解など取らず何かをその筒から空に向かって飛ばした。

 それは大きな音と供に下から迫る……人形!?

 アリスの人形の首を星型に挿げ替えたようなものだと気付くころには、それは爆散した。

「たまやー」

 それを見て、また地上は大盛り上がりになった。

 自分の協力の結末を見て溜め息を零す、アリス以外は。

 まもなくして煤けた天子が地上に戻ると、空も元に戻った。

 するとまた幻想郷の住人達はめいめい好き勝手に呑み始めた。

 賑やかにやかましく、そして楽しげに。

 紫も気が済んだのか、幽々子と二人きりでなにやら話しながら酒を飲み交わしている。

 そして、幾つもできた宴会の輪の一つに楽しそうな天子と衣玖の姿もあった。



「何も言わないで悪かったわね」

 翌日宴会の片付けも済んで、二人で天界へ帰る途中、天子は衣玖に振り向かずにそう言った。

「いえいえ、楽しめましたから十分ですよ」

「……本当に?」

 衣玖の言葉が予想外だったのか、振り返って天子は言った。

「はい。総領娘様といると少なくとも飽きなくていいですね」

 笑って衣玖は言った。

「……。うん。私も衣玖がいてよかった」

「また、良ければ誘ってください」

「…… ええ。絶対にそうするわ」

 天子は思った。

 やはり、衣玖を連れて良かったと。

 上から異変を見ていて、霊夢達の真似をしてみただけだったが予想以上にいいものだとわかった。

 なぜなら――、

「ねえ、衣玖」

「なんでしょう、総領娘様」

「今から、名前で呼びなさい。様付けも禁止よ」

一瞬驚いた顔した後、また優しく微笑んで衣玖が言葉を返す。

「はい。わかりました。天子」

――――初めての本当の友人ができたからだ。


もうちょっとだけ続きます。

ほんとにあとちょっとなんで今日中には投稿します。

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