5話 戦い終えて
魔女との戦いが終わり、その気配も離れてしばらく経ってから――
「……はぁー……!」
安堵と共に大きく息を吐き出したあたしは、その場にぺたりと腰を下ろした。
「あー、怖かったぁ……死ぬかと思ったよ……」
「そんな風には、見えませんでしたが……」
「そう? 正直必死だったよ。魔物ならともかく、魔女と戦うなんて考えたこともなかったからね」
「それは、そうでしょうね……ぐ……!」
背後で、ステラが呻きながらガクリと膝をつく。
「わぁ!? そうだ、ステラの傷! 待ってて、今、治すからね! ……《これを、第一の賜物として、テリオス、そしてアサナトよ。御身らに私は乞い願います。死を遠ざける双神よ。光り輝く癒し手よ。治癒の章、第一節。癒しの光――キュア・ウーンズ》」
少し落ち着いたことで痛みを思い出したのかもしれない。あたしは慌てて彼女に向き直り、祈りを捧げ、治癒の法術を唱える。祈りを省略することもできるが、正式に祈ったほうが効果は高まる。そうして発動した治癒術、青と緑が合わさったような優しい光が患部を中心に広がり、夜闇を淡く染め上げていく。
「ありがとう、ございます……。……不覚を、取りました。致命傷は避けましたが、ここまで手傷を負わされるとは思わず……」
言葉通り、そこまで深い傷はなさそうだ。これなら、低位の法術しか扱えないあたしでも治療できるだろう。
「ステラは、『魔女は全て殺す』って言ってたよね……ってことは、他にも魔女がいるってこと? いつも、こんなに傷だらけになるほどの戦いを……?」
「……他にも魔女がいるのは、事実です。私はこれまでにも幾度か彼女らと遭遇し、討伐してきましたから。ただ……」
「ただ……?」
「あの、デュエッサと名乗った魔女……あそこまで力のある魔女と遭遇したのは、初めてで……ティアさんがいなければ、こちらが逆に殺されていたかもしれません」
あの魔女、そんなに強い相手だったんだ……今さらながらに、そんな危険な魔女に戦いを挑んだ自身の無謀さと、その魔女に目をつけられたという事実が、背筋にひやりとしたものを感じさせて……
「おかげで、助かりました。……本当に、ありがとうございます、ティアさん」
重々しい様子で頭を下げるステラに、あたしは慌てて返答する。
「そんな、助けられたのはむしろあたしのほうで……あ、それとも傷の治療のこと? それなら別に気にしなくても――」
「いえ、それらももちろん感謝していますが、それ以上に――……嬉しかったんです。あの時、あの魔女ではなく、私を信じてくれたことが」
「あ……」
「だから……ありがとうございます」
ふわりと浮かべた彼女の笑顔が眩しくて、頬が赤く染まる。今まで感じたことがない嬉しさが、胸に熱を灯らせる。
「さて、傷もほとんど塞がったようですね。改めてお礼をしたいところですが……」
そう言うと、ステラはその場を立ち上がり、黒剣を鞘に納め、辺りを見渡す。まさか……
「……もう、行っちゃうの? もしかして、あのデュエッサって魔女を追うつもり?」
「……はい。元々私は、あの魔女の気配を追ってこの地にやって来たんです。人々に害をなす魔女を、このまま放ってはおけません。弱っている今のうちに始末しなければ――っと……」
言葉の途中でステラがよろめく。致命傷は避けたと言っていたが傷の数は多く、流した血だって決して少なくないはずだ。あたしも立ち上がり、彼女を制止する。
「まだふらついてるじゃない。そんな状態じゃ、追いつけても返り討ちに遭うだけだよ」
「ですが……」
「『ですが』じゃない。せっかく命を助け合ったのに、すぐにそんな危ない目に遭わせるわけにはいかないよ。せめて今夜一晩はうちに泊まって休むこと。じゃなきゃ行かせないからね」
あたしはもうステラを知った。互いに名乗り合った。だったらもう放ってはおけない。みすみす死地に送り込むなんてできない。
こちらの強硬な主張に、ステラはしばし黙り込む。ややあって返ってきた声は、幾分か落ち着いたものだった。
「……分かり、ました。貴女の、言う通りです。『冒険者は自分の身を護ることが第一』と、母さんたちからもきつく言われていたのですが……冷静さを、欠いていました」
よかった、思いとどまってくれたみたいだ。
「それに、実は私が感じ取れる魔女の気配は、朧気な方角が分かる程度のものでして……こうも夜が更けては、目撃者に聞き込みもできませんからね。大人しく朝を待つことにします」
「うん、それがいいよ」
放っておいたら夜通し歩いて魔女を追うつもりだったのか。結構危なっかしいなこの子……引き留めてよかった。
「ところで、『うちに泊まって』というのは、ティアさんのお家に、ですか?」
「あ、ごめん。うちっていうのは、ステラがさっき泊まろうとしてた宿のこと。あたし、事情があってあそこに間借りしてるんだ。ってわけで――ほら」
ステラに手を差し出し、宿に帰るよう促す。照れているのか少し躊躇しながらではあったが、優しくその手を握り返してくれた彼女を連れて。
あたしは、冒険者の宿〈森の恵み亭〉に向かって、歩き出した。




