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ステラティア ~魔女狩りの剣士とエルフの神官と~  作者: 八月森


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回想4 偽りの謝罪

 そこにいたのは、今にも獅子の魔物に襲われようとしているリィナさん。その奥には血を流して倒れたまま動かないヨランダさんの姿もあった。リィナさんはぼろぼろと涙を流し、時折しゃくりあげながらも、強い怒りを瞳に宿し、その視線を魔物に突き付けていた。


 何があったのかは分からない。けれど何をすべきかは分かる。私は地を蹴り、詠唱する。



「《風の精よ、我が背を押して吹き荒れよ! 旋風疾走――ワールウィンド!》」



 遠距離攻撃魔術ではリィナさんたちや家屋を巻き込む恐れがある。だから私が唱えたのは、自身の背を風で押し流し、移動を加速させる魔術。それによる高速移動の勢いと、全身の『気』を乗せ、リィナさんに迫っていた魔物に全力の突きを喰らわせる。



「グガァウ!?」



 黒剣が魔物の胴体に突き刺さる。即座に引き抜き――



「はぁ!」



 さらなる斬撃を加えたことで、獅子の魔物はその場に倒れた。



「リィナさん! 無事ですか!?」


「ステラ……ステラぁ……! おかーさんが……あたしのせいで、おかーさんが……!」



 リィナさんのせい?



「あたしが花をおかーさんに見せようとしたから……あたしが、アルプをつれてきたから……!」



 そんな台詞を必死に紡ぐリィナさんは、嗚咽(おえつ)を堪え切れずにボロボロと涙をこぼす。昨日まではあんなに笑顔であふれていた彼女が、こんな、こんな悲痛な表情を……私は振り返り、元凶であろう道化の少女を鋭く睨む。



「おや? まだ住人がいたんだね。しかも僕の眷属を倒せる腕前なんて……何者なのかな」


「……貴女こそ、何者ですか。この惨状は、貴女の仕業ですか」



 そう問うと、彼女はニヤリと笑みを浮かべる。



「ふふ、そうだよ。僕がやった。――僕はアルプ。魔女の一人さ」


「魔女……アルプ……」



 その答えに少なからず衝撃を受けつつも、心のどこかでは納得もしていた。つまり、先ほどの轟音と振動の正体、そしてこれまでずっと感じていた嫌な気配は、私と同じ魔女の気配だったのだ、と。それが今、目の前で許されざる非道を働いている。黒剣を握る手に無意識に力がこもる。



「なぜ、こんなことを? ……リィナさんに、何をしたんですか」


「なぜ、と聞かれると少し困るね。僕たち魔女は〝そういう風に〟生まれてくる。本能が、欲求が、他者を傷つけろと囁くのさ」



 それは……身に覚えのある答えだ。魔女として『私』が生まれた時、この胸にあった衝動は、目の前の彼女が語るのと同種のものだった。だとしたら、それは――



「……その囁きに抗って生きることは、やはり難しいのですか」


「? この状況で聞くのがそれかい? でも、そうだね。君たちが食事を我慢するのと同じようなものじゃないかな。難しいだろうね。――あぁ、でも勘違いしないでほしいんだけど」



 魔女――アルプはそこでニタリと、恍惚に満ちた笑みを覗かせる。



「たとえその囁きがなかったとしても、僕らは君たちを(もてあそ)ぶのをやめられない。やめるつもりもない。人も動物も全部僕のおもちゃさ。これは欲求であると同時に……この上ない愉悦でもあるんだから」


「……!」


「リィナくんに何をしたのかと聞いたね? 大したことはしてないよ。僕の魔術で生み出した花をプレゼントしただけ。彼女がその花を母親に見せたタイミングで、花は魔物に変化して母親を襲った。だから彼女は、()()()()()()()()()()と感じているのさ。あぁ、あの時のリィナくんの表情、絶望に染まった顔! 堪らなく美しく、そして滑稽な、本当に素晴らしい芸術品だったよ。君にも見せてあげたかったくらいさ」


(この、魔女は……!)



 喜悦の笑みを浮かべる魔女の醜悪な表情。それを目にした私は、初めて感じる激しい感情に支配されていた。腹の底から煮えたぎる熱が湧き上がり、頭の先まで染め上げられるような――……どうしようもない、怒りの感情に。


 勘違いをしていた。魔女は欲求に縛られて仕方なく蛮行に及んでいるのだと。『私』という前例があるのだから、その欲求をどうにかすることさえできれば、この地で暮らすことも可能なのではないか、と。一瞬でも、そう思ってしまった。


 けれど、そうじゃない。私は例外中の例外だっただけだ。欲求を人為的に解消する方法などない。彼女にそのつもりもない。()()()()()()()()()。言葉巧みに人々を騙し、悪意をもって害をなす。――ただ、己の快楽のために。



「……よく、分かりました。私が間違っていました。魔女アルプ。貴女は、ここで討ち取らなければならない。貴女のような邪悪な魔女は、この地に存在してはいけない……! 《我が手に集え、風の精!》」



 私は地を蹴り、魔女に向かって突進しながら、詠唱を開始した。



「ははっ! 君ごときが僕を裁くとでも!? できるかな!」



 アルプがかざした手から花が二つ生まれ、それが瞬時に獅子の魔物に形を変える。左右から襲い来る獣の爪牙に私は――



「《――切り裂け、旋風! 風刃――スラストエア!》」



 横薙ぎに黒剣を振るう。その一瞬後、剣の軌跡をなぞるように、大きく広がった風の刃が獣たちを両断する。



「な――!?」



 魔女の驚く声。他者を見下す彼女は、私のことも取るに足らない存在としか見ていなかったのだろう。しかし彼女がそんな間抜けな声を上げている間にも、風の刃はそのまま前方へ吹き抜け、魔女本人をも切り裂こうと迫る。



「くっ!?」



 ふわりと上に飛び上がり、風の刃を寸でのところで避ける魔女。その動きは知っている。なぜなら私も魔女なのだから。()()()()()()()()()()()()()


 だから私は彼女の動きに合わせるように跳び上がり、上段から黒剣を振り下ろす。



「はあぁぁあ!」


「ぎ、あ……!?」



 肉を裂く手応え。けれど斬れたのは右腕のみだった。咄嗟に空中を移動して避けられた。……この一撃で、両断するつもりだったのだけど。



「痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い――!」



 アルプが苦痛に叫ぶ。おそらくこれが彼女にとって初めての痛み。なぜなら彼女は生まれたばかり。先刻流れ落ちたばかりの魔女なのだから。全てが初めての経験だ。



「この……! たかが人間が、僕の身体に、傷を……!」



 痛みで集中を切らしたのか、アルプは地上に落下する。私が魔女だということには気づいていないらしい。それならそのほうが都合がいい。もし正体が露見して、リィナさんにあんな目で見られたら、私は――……


 その悲観的な想像を振り払い、私は魔女との間合いを詰めて逆袈裟に斬りかかる。魔女の胸を斜めに切断せんと刃先が走る。しかしこれも寸前で避けられたのか、表面を切り裂くに(とど)まってしまう。魔女はさらに後退し、ふわりとその場で浮かび上がる。



「ぐっ……! 忌々しいが、ここは退こうじゃないか。僕はまだ遊び足りないんだ。こんなところで死ぬつもりは――」



 そんな戯言を吐きながら上昇しようとする魔女に向けて、私は詠唱を開始する。



「《風よ! 吹き荒れてかの者の行く手を阻め! 走り来たり包囲し、その暴威をもって封じ込めよ! 風牢結界――エアプリズン!》」



 魔力を込めた言葉を受けて、幾筋もの風が魔女の周囲を走る。それは次第に球状に形をなし、圧縮され、魔女アルプを内側に閉じ込める。



「な――なんだ、これは! ――ぎっ!?」



 魔女は残っていた左腕で結界に触れ……走り狂う風に弾かれ、痛みに悶える。この風の牢獄は、そう簡単に破れるものじゃない。


 そして私は、さらなる魔術を唱える。



「《……我が手に集え、風の精。渦巻き、(ねじ)れ、研ぎ澄まし、全てを貫く刃となれ――》」



 黒剣〈ローク〉の剣身が淡く光を帯び、その周囲を風が激しく渦巻き、螺旋状に捻れ、小型の竜巻を形成していく。私の激情を表すかのようなこの暴力的な風を〈ローク〉は制御し、周囲に被害が出ないよう出力を絞ってくれている。


 この魔術に込められた凝縮された魔力を見て取ったのか、魔女アルプは……



「待て……待ってくれ。僕が悪かった。リィナくんには謝罪する。もうこんな真似はしないと誓う。だから、この檻を……!」



 人々を、リィナさんを弄び、傷つけ、殺しておいて、自分だけは意地汚く助かろうと? 守る気もない軽薄な誓いを口にして?


 私は噴火しそうな熱い怒りと、それとは正反対に冷え切った心を同時に抱きながら、口を開く。



「……貴女は言いました。『やめられないし、やめるつもりもない』と。たとえここで見逃したとしても、貴女は他の場所で同じことを繰り返すでしょう。そして、私も言ったはずです。『貴女は、ここで討ち取る』と」


「ぐっ……貴様ぁ!」



 虚偽の謝罪を看破された魔女アルプは、怒りに任せて再び風の結界に手を出し、また弾かれる。その球体の結界に〈ローク〉の切っ先を突き付け、私は呪文の末尾を唱えた。



「《螺旋槍――スパイラルエア!》」



 ゴォ!と唸りを上げて、馬上槍ほどの小型の竜巻が上空に放たれ――そして、一瞬で通過していった。軌道上にあった風の結界と……その内側に閉じ込められた一人の魔女の身体を、一直線に貫いて。

ステラの過去回想は次で最後になります。

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