第8話「昔話」
「さて、久しぶりの夕食に舌鼓を打ちつつ楽しい会話でもしよう。フィオラが好きだった勇者様の話なんてどうかな?」
「……勇者の話?」
「そう、勇者様の話だ。世界最大の脅威だった魔王を討伐した、女神様の加護を持って異世界から召喚されたと語られている勇者様の話。忘れているだろうけど、よく勇者様の絵本を読んでくれないと寝ないなんて我儘も言ってたんだよ?」
勇者と言えば、まだ記憶に新しい。絵本にもなっているという事は、現代からしてみれば昔の出来事なのかもしれない。大鎌、というより魔王軍からしてみれば憎い相手となるが、こちら側からすれば世界を救ってくれた人物なのだろう。
ケインは幼子に読み聞かせるような柔らかい口調で語り始める。
「昔々、あるところにこの世を混沌に包もうと悪逆の限りを尽くしていた魔王がおったそうな。その魔王は幾万の魔族を引き連れて、周囲の国を滅ぼした。
人類が絶望に打ちひしがれている所、女神様を祀る神殿で従事していた少女に神託が下った。
『おぉ、魔王を恐れる人類よ。勇者を召喚するのです。その者は不屈の精神を持ち、退魔の剣を握り、無限の魔力でもって人類を救ってくれるでしょう』
神託を受け取った少女は女神様の指示通りに召喚の儀式を行うと、なんと異世界から召喚された少年が舞い降りたのです。
勇者は様々な苦難を乗り越えました。人を惑わす森、魔獣ばかりの山、地獄に続くと言われる谷を越え、ついには魔族の住む大地へ辿り着きました。
勇者は聖剣を握り、3人の仲間達。聖女様、騎士様、魔法使い様と共にとうとう魔王に手をかけました。その戦いは語るのも絶するほど熾烈なものとなっていたのです。
そして、とうとう勇者の一撃が魔王に届き、魔王は倒れました。
こうして人類には再び平和が戻り、勇者は幸せに暮らしましたとさ。ちゃんちゃん」
よく読み聞かせていたという絵本をいまだに覚えているらしく、淀みなく語ったケイン。
絵本だからだろうか、詳しい事はほとんどわからなかったが勇者は魔王を倒したという事は分かった。
やはり、魔王様は負けてしまったのだ。
「何か思い出せたかい? 本当によく読んであげたからね。未だに覚えているよ」
懐かしむような表情で見つめてくる。何も思い出せないが、知っている事はある。
「絵本の内容は全て真実なのですか? 勇者はこの国で召喚されたということでしょうか」
「絵本は絵本だからね。全て真実とは言い難いけど、大体合ってるよ。勇者もこの国で召喚された。絵本では幸せに暮らしましたと言って終わってるけど、まだ続きがあるんだ」
「聞かせて下さい」
「いいとも」
勇者はその後、当時の王から魔王討伐の報酬として爵位と王族の直轄領の一部を貰ったそうだ。仲間だった聖女と結婚をして、子供を生み、その血筋は今でも続いているらしい。
騎士は元々貴族出身だったそうだが、次男だった為、領主にはなっていないそうだ。生涯騎士を続けていたそうで、アルカン王国初のソードマスターに選ばれた。
魔法使いの方は魔法を研究するために魔塔という物を作って、世の中をより良いものにするために様々な魔法を生み出した。死後は賢者の称号を与えられ、この国の技術を100年進めたとも言われている。
「そんな訳で、彼らの貢献によってこの国は他国に比べて相当に栄えていると言える。勇者の国、魔王を退治した国、伝説の騎士の国、賢者がいる国、女神の加護を受けた国。呼び名は様々だけど、間違いなく他国よりは住みやすいだろうね」
「……魔王討伐があったのは、どれくらい前の話なのでしょう。100年くらいですか?」
魔王討伐の面々は全員死んでいるという話だから、恐らく10、20年前という事は無いだろう。しかし、魔王様と対峙して誰も死ななかったという事は、よほど運が良かったのか、それ相応の実力を持っていたのか。
「今から大体300年くらい前の話だね。今となっては当時を知る人はいないから、歴史上の出来事として教科書にものってるよ」
「教科書にもなっているという事は、絵本だけでなく詳細な歴史書などもあるのでしょうか?」
「やけに興味津々だね。やっぱり勇者様の話は気になるのかい?」
「そうですね。興味は惹かれます。架空の物語ではないという所が特に」
「それじゃぁ、後で色々教えてあげるよ。続きは夕食を食べ終わってからにしよう」
「わかりました」