第八十話 友達との恋バナ
「光剣寺君って、ゲーム結構強いんだね」
俺の目の前の席に座っているカオルが話し掛けてきた。
スマホの画面を上から覗き込んでいる。
「別に、何回かやってたら自然とコツを覚えたってだけ」
視線を合わせず、画面を操作しながら答える。
丁度敵を倒したところだ。
「でも凄かったよ。この前みんなでゲーセン行った時とか、こっちがドン引きするくらい連勝してたじゃん」
「それ褒めてんの貶してんの、どっちなの?」
「うん、正直テクニカルすぎて逆にキモかった」
「やっぱりお前貶してんだろ」
俺はスマホをポケットに入れ、改めてカオルとの会話をする態勢をとった。
「そういえば、マルコはどうした?」
辺りを見回すが、眼鏡を掛けた女子生徒は・・・・・・何人かいる。
が、どれもマルコではなかった。
「マルコなら部活の朝練で来るのが少し遅れるってさ」
「ああ、成程な」
カオルとマルコと仲良くなって、数日経った頃に初めて知った事実だ。
マルコはテニス部に所属しているらしい。
どうやら高校に入ってからテニスに興味を持つようになり入部したそうだ。
なぜ興味を持ったかと聞いたら、「最近テニス漫画を読んだから」だそうだ。
「じゃあ逆に聞くけど、ユイはどうしたの?さっきから全然見掛けてないんだけど・・・・」
「あいつか?あいつならラブレター渡してきた男子を振りに行くとか言ってたな」
「ふーん、そう。相変わらず中学の時からモテモテよね」
カオルは机に伏せて気だるげな態度を取りだした。
「露骨だな」
「そりゃあさ、わたしだってモテたいしー、毎日のように告白されたいしー、そんで毎回振りたいしー」
口を尖らせブツブツと呟く。
「結局どうしたいんだよ?」
「ミツキだって憧れない?ハーレム主人公って奴に」
「いや全然、寧ろ嫌いな部類だな」
「ああそう」
カオルは湿気のせいか、いつもより元気がないを声で返事をした。
自分の机に顔を蹲る様子を見て、何となく視線を窓の外に向けた。
曇天の空が広がり、太陽の光のほとんどを遮断している。
グラウンドは濡れておらず、まだ雨は降っていないようだ。
その代わり午後から夕方にかけて降ると、今朝のニュースで言っていた。
教室の中にいても、ジメジメした湿気は肌を伝って感じてくる。
夏服に衣替えをしていなければ、今頃ブレザーの長袖の中で湿気が籠って気持ち悪かっただろう。
もう季節は六月、梅雨の時期だ。
それが明けると、次は本格的に夏が始まり、猛暑に苛まれる日々が始まるのだろう。
考えただけで溜息が出そうだ。
「あ、マルコだ」
カオルの声に反応して、教室の方に視線を向ける。
入り口で二人の女子生徒が中に入ってきた。
学生鞄とテニスのラケットのケースを携えている。
丸眼鏡を掛けた控えめな容姿をしている彼女こそがマルコだ。
もう片方は金髪ツインテールが特徴的な容姿となっている。
そんな二人が肩を並べて歩く光景は、アンバランスなようで意外にも嚙み合っているような組み合わせに見えた。
金髪ツインテールはマルコに軽く手を振ると、とある女子生徒二人組の方に歩み寄った。
三つ編み御団子ヘアの少女と、制服を着崩し豊満な胸の谷間を曝したツインテールギャルがそこにいた。
ツインテールギャルの方は知っている。
猫被りギャル女王・・・・・・お嬢様、早乙女エリだ。
一瞬彼女と目が合ったが、すぐに目を逸らした。
俺は近付いてきたマルコの方に視線を向ける。
「おはよう」と挨拶を交わすと、早速俺たちの話に加わった。
「いやー朝から疲れたわー。ちょーだりーわ」
そう言って、隣の席から椅子を出し、俺の机に野垂れかかるように座った。
「そうか、でも今日はまだこれからだぞ」
マルコが机を占領したため、必然的に仰け反る態勢になってしまう。
この時、「ユイは?」と聞かれたので、カオルに話したように同じ回答をした。
「モテる女は辛いよ、って?」
「あいつは自分がモテてることを鼻にかけるような奴じゃないと思うぞ」
仮にそうだとしたら、今までのユイの見方が変わってしまうことになるが。
「じゃあ光剣寺君は自分がモテたいとか考えたことあるの?」
先程と同じ回答をしようとすると、
「なんか今まで考えたことないってさ」
と、カオルが代わりに答えた。
「え、それって女に興味ないってこと?つまり、ホモ?」
「違う」
変な勘違いをされそうになったので、即答した。
「ただ今はそういう恋愛とかに興味がないってだけだ。ただでさえ人付き合いが苦手なのに、彼女欲しいとか甚だしいだろ?」
「ふーん、じゃあある程度人付き合いに慣れたら彼女作ろうと考えてる訳?」
「どうだろうな。その時なってからじゃないと分かんねぇな。だいたい彼女欲しいって言っても、恋愛感情を持たないと意味ねぇ気がするし」
「じゃあ、わたしたちのことは?」
「微塵も感じないな」
「即答乙」
「まあ、わたしらも全然意識してないけどね」
友達になって一週間くらいは経つが、まさかこんなに早く馴れ合うようになるとは思いもしなかった。
ユイの友達だからというのもあるかもしれないが、『中学時代に同級生だった』ということが影響しているのかもしれない。
「でも、ユイはどうだろうね~」
カオルが意味深にそう呟いた。
「どうって、あいつも同じじゃねぇの?」
俺が聞き返すと、二人は顔を見合わせて呆れたような表情を浮かべた。
「光剣寺君はどうしてそう思うの?」
マルコが尋ねてきた。
俺は周囲を見回し誰も聞いていないことを確認すると、二人に顔を寄せて小声で返答することにした。
「お前らは知っていると思うけど、俺とあいつって三年くらい一緒の家に住んでんだろ?母親もいて兄貴もいて、なんか家族の一員みたいになってる訳だ。まあ、一時的ではあるけど」
ここまでの説明の途中で、二人は眉を顰めていた。
「だから、兄妹みたいな関係に近いかな?俺とユイは。一人っ子だからよく分からねぇけど・・・・・・」
正直、ユイのことを妹みたいだと思ったことがあるかと聞かれれば、記憶にある限りないと答えるだろう。
特に中学時代は、家に居ても赤の他人だと思っていたからだ。
時には煩わしく、時には妬ましく、目障りな女だと思っていたこともある。
しかし、それから関わっていく内に尊敬と期待を持つようになり、最終的には自分にとって大切な存在になっていた。
だが、それは恋愛とは程遠い感情だと認識している。
云わば憧れだ。
「とにかく、俺はユイのことを恋愛対象として意識したことはねぇし、仮にあいつに彼氏ができたとしても応援するつもりだよ」
まあ、俺との仲に一々突っ掛かってくるような独占欲が強い奴は好ましく思わないが。
説明し終えると、二人はまた呆れた表情を浮かべ溜息までついていた。
「・・・・な、なんだよ、その反応」
たじろぐ俺を他所に、カオルは節々に言葉を発した。
「いや、なんというか・・・・・・つまんないなって」
「はあ!?」
勢いよく立ち上がりそうになったが、下手に注目されたくないので堪えた。
「何で?どこが?俺別にあいつのこと友達としか思ってないって言っただけなのに、何でそんな反応されてんの!?」
小声で話すと、二人は訝しむような目で各々言葉を続けた。
「なんか普通過ぎるのよね。女友達のことを恋愛対象とは見てないとか、好きな人ができたら応援したいとか。まともそうなこと言って面白くない」
「それってさ、今は大して意識してないけど時間が経つにつれて段々好きになる奴が初期の頃にずっと言っている典型的な発言じゃん。ありがち過ぎるし、どうせ心変わりするだろうって思うから草生えるんだけど」
「・・・・・・お前らな。何を期待しているか分からないけど、所詮は創作物の中の話だろ?最初から最後まで考え方が変わらないっていうことだって、ある訳だろ?」
「「あ~またつまんね~こと言ってる~」」
「・・・・・・」
最早、何を言っても『つまらない』で一蹴されてしまうだろう。
だから、話題を変えようとした。
教室の引き戸が開く音がし、また誰かが教室の中に入ってきた。
俺たちはそれに反応するように振り向くと、見覚えのある少女がいた。
細身の体型に、色白の肌。
シルクのような銀色の髪やルビーのような透き通った瞳が美しく輝く。
童顔であり、まるで西洋人形を思わせるような美少女。
一応、クォーターで四分の三が日本人だが、その血筋が全く反映されていないような見た目となっている。
数多の男たちに告白され続けているのも納得がいく。
時島ユイ。
俺を含めた三人にとっての友達である。
ユイは若干疲れたような表情を浮かべながら、こちらに近付いてきた。
そして、俺たちの前に立つと、
「おはよ・・・・・・」
「早速だが、ミツキ!相談したいことが・・・・・・」
と、二人の少女がほぼ同時に発言し、ほぼ同時に中断した。
ここで、俺たちはもう一人の少女の存在に気付くことになる。
小柄で、ぱっと見で小学生と勘違いしてしまう程幼い容姿をしている。
そのため、制服が少し大きく見え、サイズが僅かに合っていないことが分かる。
ショートボブで童顔のため、ランドセルを背負っていても何も違和感を覚えないだろう。
しかし、中身は違う。
見た目と相反して態度はデカい上に、狡猾で常識から逸脱した行動を平気でやってのける非常に厄介な人格を持っている。
誰かが止めに入らなければ、絶対とんでもないことをやらかしかねない。
そんな小さなトラブルメーカーの名は、黒鉄マキナ。
一応、俺と協力関係になっている(基本はマキナの方が頼ってばかりいる状況だが)人物だ。
普段なら周りを気にせず、一方的に自分の要件を話し出す彼女だが、今日はどこか様子がおかしい。
ついさっきまで教室中に響くくらいの大声を出していたのに、突然黙り込んでしまったのだ。
隣に立っているユイを見るや否や、目を泳がせてどこか居心地が悪そうにしている。
そして、軽く頭を下げると、そそくさと教室を出て行った。
一瞬だが、ユイが呼び止めようとする声が聞こえた。
「何だったの、今の?」
「さあ」
何も知らないカオルとマルコは口々にそう呟く。
しかし、当事者であり事情を知っている俺は察していた。
ユイの方を見ると、複雑な気持ちを抱いていることが表情から伺える。
伝えたいことがあるのに伝えられない。
そんなもどかしさを抱いている様子だった。
それはマキナも同じに見えた。
「ちっと、席外すわ。あいつ俺に用があるみたいだったし、大した内容じゃねぇと思うからさっさと終わらせて来るわ」
俺は三人に対してそう告げて、教室を出た。