幕間1−4 何でもない日常
今回はギャグ回です。
俺は男とか女とか、そういうことを深く考えたことはなかった。
一括りに『人間』、誰かと話す時はそういう認識で接している。
特に相手が女だからといって、照れたり恥ずかしがったりと、特別緊張する訳でもない。
まあ単に相手に興味がないってだけかもしれない。
もしかすると、女と長年同居している内に慣れてしまったかもしれない。
将又、思春期を乗り過ごして、感覚が小学校のままで止まっているのかもしれない。
元を辿れば、俺自身に異性という概念が存在しないのかもしれない。
いずれにせよ、こういう体質であるため、恋をしたこと経験など皆無だ。
だからといって、特に気にしていない。
今は恋人よりも友達が欲しい。
そういう考えを抱きながら、俺は今日という一日を過ごしている。
そして現在、友達三人とショッピングモールに来ていた。
とある平日、俺を加えたユイ、カオル、マルコの三人で弁当を食べている時のこと。
週末に駅前にあるスイーツ店に行こうという話になったのだ。
なんでもそこの店のフルーツタピオカが有名だとかで、SNSで流行っているようだ。
俺は今まで友達と外出したことがなかったため期待を寄せていた。
実を言うと、昨日の夜は楽しみ過ぎてなかなか寝付けなかったくらいだ。
ただタピオカを飲むだけのはずなのに、なぜか心の内から湧き上がるものを感じる。
それ程までに友達付き合いを望んでいたのかと改めて実感した。
そして俺は一人、化粧品店の外でスマホゲームをして立っていた。
理由は他の三人が化粧品を見たいと言い出して、店に入っていってしまったからだ。
なんとなく予想はしていた。
女三人に男一人だけのメンバーで行くとなると、必ず男の方は女の買い物に付き合わされることになると。
だから、突然そんなことを言い出されても憤りを覚えることはなかった。
それに一回「ミツキも一緒に見る?」と誘われたが、断っているから文句の言いようがない。
ほんの数分だけと言っていたが、もうかれこれ三十分は経過している。
流石に待つのも飽きてきた。
俺は近くの自販機で缶コーヒーを買った。
ベンチに腰掛け、缶を口に付けて傾けると、温かくてほろ苦い味が広がった。
「うまっ」
一人そんなことを呟きながら、俺は空を見上げた。
天気予報では一日中晴れで、洗濯物が乾きやすいと言っていたことを思い出す。
その言葉の通り、雲一つない快晴だった。
平和だなぁ・・・・・・・・。
そう感じてしまう程、周りの音が際立っていた。
代わりに風の音や鳥の鳴き声、微かな人の声が聞こえる。
それが今という平凡な空間を創り上げていく。
悪くない気分だ。
「ごめーん、遅くなっちゃって!」
ふと声を掛けられたので、我に返る。
見ると、ユイたちが買い物袋を提げて、店から出てきた。
「ごめん、つい夢中になっちゃって時間長引いちゃった・・・・」
ユイが申し訳なさそうに手を合わせて謝ってきた。
「ああ、別にいいよ、気にしてないし。ほら、買い物も済んだことだし、タピオカ飲みに行こう?」
俺が宥めていると、ユイの後ろにいたカオルとマルコが顔を合わせた。
「あー、それなんだけど・・・・その前に寄りたい店があるんだよね・・・・」
カオルは意味深な表情で、次の寄り道を提案してきた。
できれば、俺も一緒に見て回れるような場所であってほしい。
「えっと、ここから近くにある洋服店なんだけど、結構旬なコーデが揃っているようなお店なの」
マルコが取り出したスマホをスクロールしながら、俺に見せてきた。
写真にはおしゃれな外装の建物が映し出されていた。
「ここに行きたいのか?」
訊くと、カオルとマルコが頷いた。
「いいよ、別に」
二つ返事で提案を了承した。
化粧品に関しては知識がないため、何が良くて何が悪いのか分からず話が合わないと思って、一緒に見て回らなかった。
服なら知識の有無よりもセンスが重視され、「これ似合うかな?」と聞かれても客観的な意見を言える。
自分のセンスが他の三人に合っているかどうかはさておきだが。
「よし、そうと決まれば行きますか!」
カオルが先導すると、俺たちはその後ろを付いて行った。
「・・・・・・・・まあ、女性ものの服を選ぶだろうとは思ってたけどさぁ」
溜息交じりに呟く俺を他所に、カオルとマルコはノリノリで洋服を選んでいる。
そして、マルコがノンスリーブのワンピースを手に取ると、それを俺の方に重ねてきた。
「これとか似合うんじゃない?」
「似合うんじゃない?・・・・じゃねぇよっ!よりにもよって、着るの俺かよ!」
周りの人の迷惑にならない程度の声量でツッコミを入れた。
「え、何?ひょっとして、俺に着せるためにわざわざ店に寄ったの?」
「そうじゃなかったら、何?文句ある?」
カオルは淡々と言いながら、茶髪ロングヘアのウィッグを持ってきた。
「いや何でそんなもんがあるんだよ!?もしかしてここってそういう店なのか?」
困惑しながら周囲を見渡す。
やはりどう見ても普通のおしゃれな服屋にしか見えなかった。
そして、ユイはというと、状況を理解しきれていないのか呆然と立ち尽くしていた。
「そもそも何で俺が女装しなきゃいけないんだよ?」
ボヤキにも問い掛けにも捉えられるが、生憎その両方だ。
すると、カオルがハンガーに掛けられた洋服を交互に見比べながら答えた。
「光剣寺君ってさ、顔立ちが整っているじゃん?中性的っていうのかな?とにかく、可愛い顔で細身の体系だから、案外似合うかなって?」
だからって、半ば強引過ぎないか?
「前に一回女装しているところ見たことあるから、多分大丈夫だと思うけど」
「・・・・・・・・・・ん?」
俺は今のマルコの独り言を聞き逃さなかった。
「えっと・・・・・・それはどういう・・・・・・・・」
「いやほら、中学の時の文化祭で女装してたでしょ?ステージに乱入してあのゲス部長をボコボコにしてたじゃん」
「・・・・・・・・あ」
俺は途端に顔中が熱くなるのを感じた。
顔を両手で押さえ、視界を隠す。
恥ずかしさで周りを直視できなくなっていた。
「いつから?」
「「最初から」」
カオルとマルコが声を合わせて答える。
そのことをユイに尋ねたら、同じ回答をされた。
「最初は何のことかさっぱり分からなかったけど、でもよく見たらミツキだなーって・・・・」
「~~~~~~っ」
ヤバい。
恥ずかしさを通り越して、死にたい気分になった。
あれだけバレないように、癖とか振る舞いとか変えたのに。
マキナからわざわざ変声機まで借りて、こっぱずかしい喋り方をしたのに。
格好以外にも気を付けたのに。
「何でバレた?」
「「「・・・・女の勘?」」」
あ、そりゃぁ敵わねぇわ。
なぜかそれで納得してしまった。
「・・・・・・だったら、尚更嫌なんだけど」
指の隙間から覗かせながら睨みつけた。
言うまでもないが、俺は私生活で女装する趣味はない。
あの時は必要に迫られたからそうしただけで、本当は気が進まなかった。
あれから大分時間が経ったからといって、その気持ちが変化することはなかった。
ただ単に嫌なのだ。
「そっか~、それは残念だね」
「ちょっと勿体ない気がするけど仕方ないね」
あれ?やけに潔いな・・・・・・。
普段の彼女たちなら一度断っても相手が根負けするまで説得しようとするのに、今回はあっさり引き下がってしまった。
まあ今回といっても前回もなかった訳だし、二人の押しが強いところも基本ユイ相手にしか見せたことがない。
もしかして、ユイの時だけなのか?
僅かに不信感は残ったが、張り詰めた緊張は解れようとしていた。
「仕方ない。じゃあ代わりにユイにはこれを着てもらおうかな」
そう言って、カオルはメイド服を取り出した。
「「え?」」
俺、そして突然指名されたユイがほぼ同時に驚愕の声を漏らす。
諦めたかと思っていたら今度はユイを巻き込むという切り替えの早さに呆れ果てたが、それよりもそのメイド服のデザインの方が驚きだった。
腹部の布がなく、スカートの丈もやけに短いデザインで、白いニーハイソックスが付いていた。
「それならこれとかこれとかもありかも」
マルコはバニーガールの衣装とチャイナドレスを手に持っていた。
「だから何でそんなのが置いてあるんだよ!?ホントこの店のジャンルって何なんだよ!」
もう頭の中が可笑しくなりそうだ。
「・・・・えっと、もしかして、今出てきた服をわたしが着るってこと・・・・なの?」
引きつった表情で恐る恐る問い掛けるユイ。
その答えを「もちろん!」と満面の笑みを浮かべて答えた。
「いやー、折角店に来たのに試着せずに帰るのって、失礼じゃない?」
「そうそう、光剣寺君が着てくれないっていうから、仕方なく、だからね」
最後の方、俺への当て付けのように聞こえた。
どんだけ俺に女装してほしかったんだよ。
呆れて反論する気になれなかった。
「・・・・という訳で、ユイ。これ全部持って試着室にレッツゴーッ!」
カオルとマルコは五着くらいの服を手に提げて、ユイに渡してきた。
よく見るとさり気なく増えているし、どれも際どい物ばかりだ。
正直、これ全部を着ることを想像すると、背筋がぞっとするな。
そして、真横にいるユイに視線を向けると、心底嫌そうな表情を浮かべていた。
まあそれもそうだろう。
俺ですら、あのいかがわしい服を着ることを想像して嫌悪感を覚えたのだから、ユイが思わないはずがない。
いくらお人好しな性格だからといっても流石に限度があるということだ。
「断れそうか?」
顔を近付け、小声で話を続ける。
「それができるなら、今までだってちゃんと断ってるよ」
「お前あいつらに弱み握られてんの?」
「いや・・・・そういう訳じゃないんだけど・・・・・・」
ユイのあやふやな態度から察するに、単に断れないというだけなのだろう。
弱みとして俺が思いつく限りなら、同居していることくらいしかない。
しかし、弱みという程他者に強烈な影響力がある訳でもないし、第一あの二人が言いふらすとも考えにくい。
となると、ユイの気の弱さに付け込まれているか、俺が知らない彼女の秘密があるのかもしれない。
今は詮索しない方がいいだろう。
「一つ聞いていいか?」
「何?」
「もし俺が女装を承諾するとして、ユイはその際どい服を着なくて済むのか?」
「まあ、もともとが光剣寺君に女装をさせるっていうのが本来の目的だし、正直ユイは妥協って感じなのよね」
クソみたいな発言を躊躇いもなく口にするカオル。
何でこいつら友達になれたんだろうな?
俺自身もその内の一人だから何も言えないけど。
本当はこの場からユイを連れて逃げ出したいところだが、その場凌ぎにしかならないだろう。
後で何されるか分かったものじゃない。
・・・・・・・・これ友達に対して考えることじゃねぇな。
俺はしばらく考えた。
女装することを承諾して、恥ずかしい思いをするか。
女装をすることを拒否して、友達が破廉恥な格好をさせてしまうのか。
いや、考えるまでもない。
自ずと答えは出ていた。
俺は覚悟を決め、決断をした。
「・・・・はぁ、分かったよ。着ればいいんだろ着れば」
結局、俺が女装をする選択を選ぶことになった。
「え?この手に持っている服を?」
マルコがニヤニヤしながら訊いてきた。
「いや、普通のな。普通の」
流石に露出度の高い服は無理だ。
だから念を押すことにした。
俺は何着か服を貰うと、試着室に入った。
着ると決めた後でもブツブツ文句を言いながら着替える。
そして、それが終わるとカーテンを開けた。
「ほら、着替えたぞ。なんか文句あるか?」
全身から火照るような熱さを感じる。
要は恥ずかしいのだ。
しかし、表情に出してはならない。
絶対からかわれるからだ。
「なんというか・・・・こう近くで見るとやっぱり・・・・ね」
「うん、なんか凄くいけないことしてる気分になるというか・・・・」
カオルとマルコが頬を赤らめて口々にコメントをする。
その隣にいるユイは同じく顔を真っ赤にさせて、口をあんぐりしたまま固まっていた。
いや、お前らが照れるのかよ。
俺はそんな彼女たちの反応が気になって、改めて自分の格好を確認してみる。
白いブラウスに花柄のスカートと可愛らしい服装になっている。
普通の服装にしてほしいと念を押した甲斐はあった。
だが着ているの男だ。
「なあ、そろそろいいか?足元スースーして気持ち悪いんだが・・・・」
俺は今スカートを履いている。
人生二度目の経験だ。
ウィッグを付けているがどうも慣れない。
髪を切っていない時期もあったが、ロングヘアにしたことはなかったので違和感がする。
特に後ろと両サイドが邪魔だった。
パシャッ
ん、あれ?今誰か撮ったよな?
徐にスマホを構えているユイの方を見た。
「ごめん、無意識で撮っちゃった。あまりにも可愛くて、その・・・・ついね」
そう言う彼女の身体は細かく震えていた。
「どうしよう、ミツキ。なんだかわたし、もっとミツキの可愛い姿を見たくて、可愛い服を探して着せたい衝動に駆られているんだけど・・・・・・可笑しい、かな?」
「率直に言えば、過去三年間一緒にいて衝撃的な発言をしているよ、お前。今にも友達が変な性癖に目覚めそうになっていると思うと、恐怖で身震いが止まらねぇわ」
俺は両腕を抱えて身構えた。
「じゃ、じゃあせめて可愛く・・・・可愛い喋り方をしてみてくれない?一回でいいから、ね?ね?」
ヤバい、手遅れかもしれない。
目が血走っているし、はぁはぁと呼吸も乱れているし、正に変態のそれだった。
横に二人もその様子を見て幻滅している。
まるで立場が逆転していた。
何なんだ、このカオスな状況は。
まともに取り合うのがバカらしくなってきた。
もういいや、早く終わらせよう。
抵抗することを諦め、感情を殺し、全力でやろうと決めた瞬間だ。
俺、もといわたしはその場でスカートを翻しながら一回転してみせた。
両手の人差し指を頬に当て、ニコリと満面の笑みを浮かべた。
「こんにちは、わたし光剣寺ミツキです。ちょっと不器用で怖いと思われがちだけどぉ~、精一杯友達作り頑張ってます♪みんなよろしくね♡」
「「「か゛わ゛い゛い゛~~~っ!!!!」」」
ユイたちは幸せそうな表情を浮かべて悶えた。
何度もスマホで撮影をし、その度にポーズを取っていった。
「いいよいいよ、ミツキちゃん!次これ着てみようか?」
「きゃわわ♡」
「メ、メイド服に猫耳とかもありかな・・・・」
「にゃんにゃん♪」
「きゃ~っ!ミツキ~、もっとこっち向いて~!」
「キラッ☆」
「「「あ゛ざ゛と゛か゛わ゛い゛い゛~~~~~~っ!!!!」」」
「はいこれ、オレンジとレモンのミックスタピオカ」
顔を上げると、目の前にストローが刺さった透明な容器があった。
中身は輪切りのオレンジとレモンが一切れずつとタピオカが浮いているジュースだった。
ユイから手渡しされたが、声を発する気になれず無言で受け取った。
ストローの先に口を付けて吸うと、冷たい液体が口の中に流れてきた。
ほんのり甘酸っぱく、同じ柑橘類だからか相性が良い。
タピオカも弾力があって触感が良かった。
これにより口の中は潤ったが、まだ乾いたままのところがある。
それは俺の心だ。
「そのー・・・・・・ごめんなさい、調子に乗ってました」
ユイは深々と頭を下げた。
背後にいるカオルとマルコもよそよそしい態度で落ち着かない様子だった。
「・・・・・・別にいいよ。俺自身がやり過ぎたところもあるし、ぶっちゃけ自業自得なところもあるし・・・・・・」
話している自分でも分かるくらい声に覇気がない。
そして、ついさっきまでのことを思い返して、再び頭を抱えてしまう。
「何であんなことしたんだ・・・・・・」
もしかすると、今日は人生の中で最大の黒歴史になってしまったかもしれない。
何であんな、あんな・・・・・・・・・・。
「・・・・・・あのねミツキ、実はこの後ゲーセン行こうって話になったんだよね。ほら、ミツキってゲーム得意じゃん?だからその・・・・・・えっと・・・・」
目の前ユイが一生懸命俺を励まそうとしている。
その瞳には涙が浮かび上がっていた。
「・・・・・・・・まあ、そうだな。過ぎ去ったことを気にしても仕方ないし、気分転換には丁度いいかな」
ベンチから立ち上がり、なんとか笑顔を作った。
まだ煮え切らないところもあるが、なんだかこっちが悪い気分になってしまう。
あの時のユイは突発的な感情の昂りか何かだと理解しておこう。
出来れば、それでまた被害を受けることは二度とごめんだが。
その後、俺たちは近くのゲーセンで暗くなるまで遊んだ。
クレーンゲームしたり、メダルゲームをしたり、レーシングゲームをしたりして残りの時間を過ごした。
カオルが、俺がアーケードゲームをしているところを見たいと言い出したこともあった。
また調子に乗って十五連勝した時には、他の三人がドン引きしていたのも印象的だ。
最後に四人で、プリントシール機で写真を撮ったが、デザインのことでバタついたこともあった。
何はともあれ今日という一日は忘れないだろう。
いろんな意味で。
そして、この他愛ないありふれた日常を当たり前にしたいと思った。
いかがでしたか?
次回からは第四章がスタートします!
お楽しみに!




