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第七十五話 路地裏の密会

 高層ビルが並び立つ街。

 路地裏には一部のマニアしか立ち寄らない老舗がある。

 その一つが、今俺の目の前にある喫茶店だ。



 レンガ造りの二階建てで、シンプルな見た目になっている。

 看板には『喫茶店バー』と書いてあった。

 思わず「どっちだよ?」とツッコミを入れたくなるような名前だ。



 扉を開くと、馴染みのあるベルの音が鳴る。


「いらっしゃいませ」


 店員の女性が声を掛けてきた。

 それから早乙女と言葉を続けようとすると、すぐに理解したようで席へ案内してくれた。



 その間周囲を見回したが、客は少なくがらんとしていた。

 確認できて、スーツを着た中年男性とカップルらしき男女のみ。

 二階に上がれば、まだいるかもしれないと期待したが、こちらはもっと酷かった。

 なぜなら、俺と待ち合わせをしていた少女一人しかいなかったからだ。


「ごゆっくりどうぞ」


 そう言って店員が立ち去ると、俺とエリだけになった。



「・・・・成程、何でお前がここに呼び出したのか理解できたわ」


 物静かな空間から放たれる緊張を覚える。


「それで?要件っていうのは何だ?」


 大体察しは付いているが、敢えて聞いてみることにした。



 今日のエリのツインテールではなく、髪を下ろしている。

 服装も最初にあった頃のお嬢様の時のものになっていた。

 紅茶を優雅に嗜む姿は、正に高貴な令嬢の風格を醸し出していた。

 ここまでは、だ。



 ティーカップを皿の上に置くと、テーブルに頬杖を突いたのだ。

 そして、溜息交じりに言葉を発する。


「ホントはさぁ、このゴールデンウィークは友達と遊ぶ約束してたのよ。でも、うちの統制係が暴走するわ魔物が現れるわその後の書類作業わで、もうてんやわんや。お陰で約束断っちゃって、マジどうしてくれんのって、話よ」


 もううんざりと言わんばかり、愚痴を溢していった。

 話し方はいつも通りだった。



 正直、そんなことを俺に言われても困る。

 どちらかというと被害者の立場なような気がするが。


「・・・・・・まさかお前、愚痴を聞いてもらうためにわざわざ俺を呼んだのか?」

「はあ?違うし。何で貴重な連休の最終日に、あんたを喫茶店に呼び出して愚痴を聞いてもらわないといけないの?」

「逆に貴重な連休の最終日に、お前の愚痴なんか聞きたくねぇんだけどな」


 すると、エリは目を細めて睨んできた。


「・・・・じゃあ俺を呼び出した本当の目的は何?」


 このままでは話が進まないと思い、改めて聞き返すことにした。

 彼女の生意気な態度に苛立ちを覚えるが、ここは我慢をする。



 エリもそれを理解したような反応を見せると、傍らに置いてある鞄に手を突っ込んだ。

 中からA4サイズの封筒を引っ張り出し、俺の方へ差し出してきた。

 僅かに厚みがあり、紐で封されていた。


「予定が急遽キャンセルになって暇になったのよ。だから暇つぶしがてら調べておいたわ」


 鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 その反応はまるでツンデレみたいだった。



 俺は促されるまま、封筒を手に取り丁寧に開封した。

 見た目通り中身の資料も束になって入っていた。

 内容に目を通していく。


 名前、黒鉄マキナ・・・・性別、女・・・・年齢、十五・・・・生年月日・・・・・・


「なあ、エリ」

「これ、何だ?」

「何って、あいつに関する全ての情報に決まってんじゃん?ホント、全部集めるのに苦労したんだからさ」


 何も悪びれる様子がない。

 正気なのか、こいつ?



「いやいや全部って・・・・・・、諸あいつの個人情報じゃねぇか。一応お前主任だろ?これコンプライアンス的にまずくねぇか?」

「へー、あんたもそういうところ気にしたりするんだー・・・・・・てかさ、その主任に対してタメで口利いてる奴に言われたくないんだけど」


 気の抜けた声でそう言いながら、紅茶を口にした。


「お前なぁ・・・・・・」


 あまりにも突拍子もない提案に、呆れて溜め息を吐いてしまう。



「あんたこれが欲しかったんじゃないの?」

「いや、まあ・・・・そうだが」

「それとも何、あいつのこと何も知らないままで会いに行こうとしてたの?何するか知らないけど、何も知らない癖にって一蹴されたら終わりじゃない」

「・・・・・・」


 そう言われると、何も言い返すことができない。

 エリの言う通り、マキナのことを何も知らないで向き合おうだなんて無理な話だ。

 自分が何を言おうと、表面だけの薄っぺらな戯言になってしまう。

 それでは意味がない。



「それにあいつだって、他人の個人情報を好き勝手に見て回ってんのよ?逆に自分のこと詮索されても、文句を言える立場じゃないと思うんだけど、あんたもそうなんじゃない?」


 そう言われると心当たりがある。

 何日か前にゲームセンターで会った時も、俺の身辺を勝手に調査していた。

 言葉で説明していた以外にも、恐らくいろいろな手を使っていたと思う。

 中学時代に彼女の行動を見たから確信が持てる。



「・・・・・・分かった。ありがたく受け取っておくよ」


 よく考えれば、自分も瓦礫を漁ってマキナのPCの中身を見ようとしていた。

 中身は空っぽに近かったが、それでもやったことは事実だ

 だから、今更気にする必要もなかった。


「つっても、生年月日とか年齢とか、情報としては大して必要には思えないんだが・・・・」

「まあそうね。だってそれ全部出鱈目だし」

「なら何で俺に提供しようとした?」


 情報が出鱈目では、何一つ役に立たないではないか・・・・・・



 ・・・・・・ん?


 不意に呟いたエリの発言により、自分の中で疑問が生じた。


「おい、今この資料を出鱈目って言ったよな?」


 立ち上がり顔を近付け、その事実に関して問い詰める。

 エリは顔を引きつりながら答えた。


「え、ええそうよ。因みに黒鉄マキナってのも偽名よ」


 衝撃的な事実だった。

 そして、自分が得体のしれない何かだということも理解した。



 でも、それでも、後に引こうとは考えなかった。

 向き合うと決めたから。

 逃げて、今度こそ取り返しのつかない過ちを犯してしまうかもしれないと思ったから。


 もう間違い続けるのもうんざりなんだよ!



「・・・・・・分かった。この資料に記載されている情報が嘘だとして、あいつの過去について教えてくれないか?」


 椅子に座り改めてこちらの要求を提案する。

 結局、こっちから頼む羽目になってしまった。

 もしかすると、最初からそうするつもりだったのかもしれない。



 すると、エリは満足そうに不敵な笑みを浮かべた。


「言っておくけど、ここからは幹部を含めたほんの少数の人間しか知らない情報だから。もし、あんたが他人にばらすような真似をしたら、記憶を消されるか殺されるか・・・・・・」


 脅し文句を言ってきたが、全く怖くなかった。

 寧ろ、今更感がした。


「俺がそんなのでビビると思うか?」


 逆に笑ってやった。


「お前らがどうしようが勝手だが、俺の気に入らないことをしたら容赦なく潰す!」


 そして、自分の意思を伝えた。



 エリは一瞬笑みが消えるが、すぐに苦笑して言葉を続けた。


「あんたって、ホントに生意気」


 そう言い、ティーカップに入った紅茶を飲み干す。

 一呼吸置き、言葉を続ける。


「でも、だから面白いと思ったのかもね」


 そして、エリは俺の目を見て口を開く。


「五年、いや六年前のことかな・・・・・・」

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