第六十一話 静かな町の日没
駅のホームを抜けると、そこは何とも殺風景な田舎の町だった。
理由としては、人が少なかったというのが一番だろう。
俺たちが住んでいた未来市と比較して、明らかに違った風景が広がっていた。
「もしかして、また結界に巻き込まれちゃった?」
真横にいるユイが不安を募らせた言葉を漏らす。
そう思うのも無理はない。
俺もそうではなかと一瞬疑ってしまったからだ。
「いや、結界は張られてないな。現に人はいる訳だし」
俺は駅から出てくる中年のサラリーマンに視線を向けた。
額に滲んだ汗をハンカチで拭っている。
「少なくとも、あいつは俺たち以外の人間を巻き込まないらしいからな。まあ、ここはそういう場所ってことだな」
我ながら皮肉めいた発言だと思う。
この町の住人が聞いたら、間違いなく睨まれるだろう。
いや、睨まれているか。
近くにいた五十代くらいのおばさんが目を細めてこちらを見ている。
「取り敢えず、今日の宿を探すぞ」
そう言って、俺は町の方へと足を動かした。
「あ、待って」
その後ろをユイが追いかける。
町の中に入っても、印象は変わることはなかった。
周囲を見回しても、建物は一階建てのものが多く、二階より高い建物は殆どない。
古い建物ばかりで真新しい建物は少ない。
人がいないだけで、寂しく感じてしまう。
活気に溢れていないことは明白だった。
ただ、全く魅力がないという訳ではない。
だからこそ、都会にはない美しいものが際立って見えるのだ。
山々の隙間から覗かせる夕日。
どこまでも広がる広大な田んぼ。
そよ風に揺れる草木。
電車の車窓からも見ることはできたが、ガラス越しで見るよりも鮮明で美しい。
余計な雑音はなく、自然の音のみが、耳元を優しく奏でる。
土っぽい香りも、どこか懐かしささえ感じていた。
額縁では収められない巨大なアートがそこにあるのだ。
「なあ、ユイ」
「ん?」
「お前こういう場所に来たことあるか?」
特に深い意味はないが、なんとなく聞きたくなったので聞いてみることにした。
「んんん、ないかな。わたし旅行でもこういう場所来たことないから、今結構新鮮なんだよね」
「そうか」
「ミツキは?」
「俺もねぇな。小さい頃山とか森とかで遊んでたことあるけど、こういう田舎の町に来たことは一度もない」
俺たちが住んでいる未来市にも自然が全くない訳ではない。
山も森も一応はある。
ただ、都市の一部という感覚がどうしても残っていて、今感じているような純粋な自然はない。
人によって管理されているような感覚が露骨になっている気がする。
それが悪いという訳ではないが、どうしても違和感を覚えてしまう。
「そうなんだ」
短く返答するユイ。
そんな彼女の様子が気になり、視線を向けてみる。
見慣れない景色に若干戸惑っている様子で、首を左右に振りながら落ち着きがなかった。
「大丈夫か?」
心配になり一応声を掛けてみることにした。
「え、・・・・・・うん大丈夫」
反応が少し遅い。
それに、『大丈夫』と聞かれたら大丈夫でなくても『大丈夫』と答えてしまう。
気を遣われていると感じて、逆に気を遣おうとする。
だからこそ、無茶をさせるべきではないのだと思う。
特にユイは、そういうところ配慮しなければならない。
俺は周囲を見回し、休めるような場所がないか探していると、酒屋の近くにある自販機に目が留まった。
「あそこで休憩するか」
そう言って指を差すと、ユイはその方向を見た。
すると、目を細めてこちらをじっと睨んできた。
「お酒は飲んじゃダメだよ」
「店の方じゃなくて、自販機の方だ」
誤解を解くと、俺は酒屋の方に足を運んだ。
もちろん、酒を買うつもりはない。
二台ある赤と青の自販機の前に立ち、何枚か硬貨を投入した。
普段は電子マネーで購入しているが、生憎鞄ごと置いて来てしまっている。
だから、硬貨を使うのは少し珍しさを感じた。
「どれにするか?」
後ろに立っているユイに注文を問うと、
「お茶でいい」
と、返されたのでお茶と炭酸飲料を選んだ。
ベンチに座り、ペットボトルの蓋を捻る。
プシュッと炭酸が抜ける音がし、蓋を外して飲み口を口に付ける。
上に傾けると、炭酸の刺激が口内を刺激し、乾いた喉を潤してくれた。
それから半分程飲み干したところで、ユイの方に視線を向ける。
ペットボトルをほぼ水平方向に傾けて、チビチビと飲んでいた。
「やっぱ落ち着けねぇか?」
俺の問いに対し、飲み口から口を話したユイが小さく頷く。
「まあ、絶対に安全だとは言い切れねぇけど、その時に備えて身体を労わった方がいいぞ」
現に身体を酷使して、力尽きたことがある。
それで何度もピンチになったことか、正直思い出したくもない。
「・・・・・・」
暫く無言が続いた。
炭酸飲料を少しずつ飲みながら、濃い影に覆われた景色をぼーと眺めていた。
夕日は殆ど山に隠れていて、光が徐々に届かなくなっている。
空の色も暗くなり、小さな星がポツポツと見えるようになっていた。
そして、ペットボトルの中身が空になり、近くのごみ箱に捨てようと立ち上がった。
「あの子、どうしてわたしを殺そうとしているのかな?」
突然、ユイが口を開いたのだ
その発言に反応して、思わず振り返ってしまう。
「魔物を呼び寄せるとか言っているけど、全然心当たりがないし、もしそれが本当なら、わたしは・・・・・・」
「ユイ!」
俺はペットボトルを投げ捨て、華奢な肩に両手を掴んだ。
「お前が魔物を呼び寄せている?そんな訳あるか!ふざけんな!」
内に秘めた感情が波打ち、思わず声を荒げてしまう。
「お前、前に言ったよな?誰かの力になりたいって、誰かを守りたいって、そう言ったよな?」
以前、みらいフォレストパークでユイの覚悟をちゃんと聞いた時のことだ。
最後まで突き放そうとした俺を、最後まで傍にいると答えてくれた時、自分が他者に必要とされていることを実感した。
今でもその時の記憶は心に深く刻み込まれている。
「まさか、あの時言ったことウソなのか?」
「そんな訳ないじゃん!」
今度はユイが大声を上げた。
が、すぐに小声に戻ってしまう。
「そんな訳ない、と思いたい。でも・・・・」
俯いて、顔が見えなくなってしまう。
それでもどんな表情をしているか、なんとなく察していた。
「・・・・・・怖いのよ。自分が知らない間に誰かを傷付けているかもしれないって思うと、不安で怖いのよ」
声を振らわせて、今にも泣きそうになっていた。
「・・・・・・」
その姿は嘗ての自分と重なって見えた。
三年前、大量に魔物が出現した日の後のこと。
気が付くと病室にいて、一部の記憶が欠落している状態だった。
後から聞かされた話では、出現した魔物の殆どは俺が殲滅したという。
だが、全く覚えていなかった。
だから、不安だった。
自分が知らない間に自分は何をしたのか。
問いかけても何も答えてくれない。
それどころか口々のこう呼ぶ人も多かった。
『化け物』と_____。
「・・・・・・俺は、お前を信じたい」
そう言って、地面に転がったペットボトルを拾い上げた。
「え?」
突然の言葉にユイは戸惑った様子で見てくる。
「そうじゃねぇと、わざわざこんなところまで来て助けたりしねぇよ」
そんなユイを他所に、ペットボトルをごみ箱に入れた。
「それ以上でもそれ以下でもない。ただそれだけの理由だ」
俺は再度、ユイの隣に座る。
「もし心配だっていうなら、直接会った時に理由を訊け。それで納得するかしないかはさておき、訳も分からず命を狙われるのはマシだろ?」
「・・・・・・」
ユイは目を逸らすと、またすぐに目を合わせてきた。
「分かった。もう逃げない」
その表情からは不安は一切ない。
どうやら覚悟が決まったようだ。
「ま、俺もあいつにいろいろ訊きたいことがあるしな」
ある程度休めたので、一旦立ち上がって背伸びをする。
「そろそろ宿探し再開しようって考えてるけど、もう行けるか?」
確認すると、
「大丈夫、もう十分休めたから」
と、答えて立ち上がった。
顔には生気を感じられる。
本当に大丈夫なようだ。
「じゃあ、行くか。日が暮れる前に」
「うん」
そして、俺たちは酒屋を後にした。
「なあ、ユイ」
「なに?」
「・・・・・・」
「?」
「いや、後で話す。結構長くなりそうだからな」
「そう」
それから十分程歩いたところで、小さなビジネスホテルを見つけた。